68、長い療養
「シャルルさん、胸の痛みを何とかしたいです。起き上がれないし、身体を動かせないです」
「ええ、それを尋ねたのよ。大きく二つの選択肢があるわ。その身体を治療するか、もしくは新たなアバターに魂を移すかね」
あっ、そうか。この身体は、本来の私の身体じゃないもんね。いわゆる、この世界での借り物のようなもの。
「どう違うのですか?」
「その身体を治療するには、お金がかかるわ。新たなアバターに魂を移すなら、リタイアとなり、定住が決定してしまうの。聞いている怪我の状態は酷いわ。精霊ノームの加護のある場所で刺されたから、オモチさんは死ななかったのよ。そして今も、精霊ノームの加護の外へは出せない状態よ」
「治療費は高いのですね」
「ええ。治療するなら、アバター専門の治癒魔導士に依頼するのが早いけど、高額になるわ。おそらく、永住が決定するわね。オススメは、薬師に依頼して薬を買うことかな。ただし、すぐに動けるようにはならないわ」
シャルルさんは、携帯機で何かを確認している。あっ、私のミッションの残り日数かな。
「じゃあ、薬師に依頼するしかないですよね」
「ええ、オモチさんが星に帰りたいなら、それしか可能性はないわね。でも、痛い時間が長く続くわよ?」
「私の世界には魔法はないですから、大怪我をすると入院することになるので……あっ、日にちは足りるのでしょうか」
「オモチさんが刺されたのは、一昨日の深夜よ。薬師に依頼すれば、投薬治療で完治するまでに、数日かかると思うわ。だから、治療中に期限切れにはならない。だけど、治療したからといって、同じことが起こらないとは限らないわ」
シャルルさんは、私に永住を選択する方がいいと言っているのかもしれない。でも、あと3つで終わるのに。
「やはり、僕があのとき、恋人になっておけばよかった。ゲームの恋人は、他者を寄せ付けないから、こういう事件を防ぐことができる。僕はそれに気づいたのに……」
シエルさんは、すごく自分を責めていると感じた。
「悪役なら近づけるわよ? それに、オモチさんが刺されたのは記録の残らない時間だから、恋人がいても、ほとんど意味がないわ。ゲームの強制力は弱くなるもの」
シャルルさんがそう指摘すると、シエルさんはハッとした顔をしていた。知らなかったのかな。私はウィルに教えてもらっていたけど。
シャルルさんは、テキパキと、この部屋にいた白いローブ姿の女性に指示をしてくれた。
「オモチさん、薬師を呼んでもらったわ。治療費は定額分は前払いになる。右手は動くかしら? 携帯機はポケットよね?」
「はい、操作は難しいかもしれないけど、右手は動きます」
私がそう答えると、シャルルさんは優しい表情で頷いてくれた。ホッとする。
しばらく待つと、薬師がやってきた。すべてシャルルさんが対応してくれている。私は、薬師が出したトレイに携帯機を置いただけだ。
「オモチさん、アバター修復のための投薬料は、致命傷の場合には、定額で100万Gをいただいています。残金の返金もしくは追加請求は、治療終了後にさせていただきます」
ひぇ! 100万G?
「はい、お願いします」
宿代以外は、ほとんどお金を使ってないから、多少の追加料金がかかっても足りるはず。やはり、お金のかかるイベントが発生するときのために、貯めておいて正解だった。あっ、イベントではないけど……。
「それでは、投薬治療を開始します。まずは、体内に溜まった血を……」
難しい説明が始まったけど、身体を少し動かされたから、痛くて何も理解できなかった。知らないうちに、左腕と右腕の両方に点滴の針のようなものが刺されてる。
「オモチさん、私達は、とりあえず帰るわね。チャットができるようになったら、連絡をくれるかしら」
私は、シャルルさんの方を見て、頷くことが精一杯だった。シエルさんが、すごく辛そうな表情をしていることが気になったけど、再び、体勢を変えられたことで、痛くて何も言えなかった。
◇◆◇◆◇
それから、何日経っただろう?
身体の表面の傷は、綺麗に治っていた。ただ、まだ体内が治ってないらしく、投薬治療は続いている。
起き上がれるようになってからは、地下室ではなく、宿屋の部屋で療養していた。魔法で清掃が入る時間には、地下室で、投薬治療を受けていたから、外には出ていない。
朝食も、食堂で食べられるようになり、地下室で投薬治療中には、昼食も出してくれた。
精霊の加護のある地下室は、いわゆる病院らしい。毎日、何人も運ばれてくる。私がいる昼間に運ばれて来る人は、どんな重症者でも助かっている。
だけど、私が運ばれたときのように深夜だと、地下室に来る前に亡くなることが多いらしい。私は、この宿屋で刺されたから、助かったみたい。
「オモチさん、明日朝には体力も戻りますから、外出しても構いません。ただ、あと2日は、投薬治療が必要です」
私を担当してくれている薬師さんが、トレイを持って来た。追加請求かな。
「はい、あと2日ですか?」
「ええ、お聞きになったかもしれませんが、オモチさんを刺したナイフは、アバターの核となる部分を破壊するための武器です。精霊ノームの加護があったため、アバターの核となる部分は完全には破壊されませんでしたが、大きく破損しました。あと2日で、それを修復します」
「わかりました。追加のお支払いは……」
「今回は、宿屋側の落ち度もありますので、宿屋ノームが一部を負担します。10万Gを返金させてもらうので、携帯機をお願いします」
宿屋が払ってくれるの? 私は、携帯機をトレイに置いた。
「オモチさん、明日、外出される場合は、昼の投薬治療後にしてくださいね」




