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57、イラつくウィルと涙

 翌朝、私はいつもと同じように、食堂で豪華な朝食を食べた後、昼前にチェックアウトして、すぐに宿泊予約をした。


 昨夜ウィルが、昼12時にロビーに居てくれ、と言っていたけど、本人が来るとは言っていない。シャルルさんは、恋人ごっこは、昨夜だけで構わないって言ってたもんね。たぶん、その後の経過を、誰かが教えに来てくれるのだと思う。


 次のミッションは自分でできると言ったから、ウィルが来るわけがない。もったいなかったと何度も後悔した。でも、忙しいウィルの時間を、これ以上もらうわけにはいかない。


 親しい人達から、ウィルが壊れていると思われているのは、彼自身が忙しすぎて休めてないからかもしれないな。


 宿屋の時計を見ると、もうすぐ12時になる。ウィルとの恋人時間は、まだ3時間以上残ってる。チェックイン時間までに、できる限りのミッションを進めよう。




「早いな、オモチ。行くぞ」


 ええっ? ロビーのソファに座っていると、目の前に、ウィルが立った。昨夜とは違ってメガネはしてないけど、黒いキャップを被っているから、金色の髪がほとんど隠れている。


「どうして? ウィルさんが……あっ、間違えた」


 さん呼びをすると、ウィルは、指で輪っかを作った。デコピンの用意ね。まだ、恋人ごっこは続いてるの?


「早く行くぞ!」


 ウィルが手を出してる。でも、乙女ゲームのウィル王子ではない。不機嫌そうな顔。今は演技をしてないの?


 私が手を出すと、グイッと引っ張って立ち上がらせてくれた。王子様っぽくない。やっぱり、今の彼はウィル王子を演じてないんだ。



「ウィル、どうして?」


「オモチは何を言ってる? 昨夜ここで待っていろって言ったから、待ってたんじゃないのか?」


「ウィルが来るとは言ってなかったよ。別の人が連絡に来てくれるのかと思ってた」


「は? 俺が来て、嬉しくないのかよ! あ、いや、悪い。オモチと喋ってると、なんだかイラつくんだよな」


 えっ……イラつく? どうしよう。


「ごめん、なさい」


「は? あー、違う。いや、違わねぇか。クソッ、早く行くぞ!」


 私はウィルに手を引かれて、宿屋から出た。そして、街の中を歩いている。ジュエンでは、あまり顔バレしてないみたいだけど、気づく人はいる。たまに、変な悲鳴も聞こえてきた。



「ウィル、今日は仕事は無いの?」


「あるよ。15時から、セントプレスのファン会館で公演がある。その後は、街の中の何ヶ所かのコンセプトカフェを回る。夜0時からは、ショー劇場に出る」


 めちゃくちゃ忙しい!


「そんなに忙しいのに、ジュエンに来てくれて大丈夫なの? あ、変な意味じゃなくて」


「俺が来たいから来ただけだ。文句ある?」


「へ? いえ、別に……」


 機嫌が悪いな。でも、どうして来てくれたんだろう? あっ、噂の打ち消しが失敗したのかも。




 ウィルは、ジュエンの地図も完璧に覚えているみたい。小さいけど澄んだ湖のある公園に着いた。彼が転移魔法を使わないで歩いたのは、姿を見せるためだったのかな。


「青くないな。今日の天気のせいか」


「でも、澄んだ湖は綺麗だよ。あっ、ミッションを見てみるね」


 私は携帯機を出して、ミッションを確認した。うん! 天気が良くなくても、ミッションは達成されていた。



「達成されているな。次は、ショー劇場か。前は、どこのショー劇場に行ったんだ?」


 私の携帯機を覗いたウィルの顔が近すぎて、ドキッとした。でも、ウィルは男性が好きだから、意識しちゃダメ。いや、でも、それは彼自身にもわからないんだっけ。


「前は、フレンドさんが連れて行ってくれたので、場所はわからないけど、転移魔法でしか行けない店だよ」


「そのフレンドって、男?」


「えっと、うん。乙男おとめんゲームのテスト要員をしてるって言ってたけど」


「それって、イービー星の奴か?」


「うん、そうみたい」


 あれ? ウィルが頭を押さえてる。頭痛かな?


「ウィル、体調が悪いなら、もう帰る方が良くないかな? ミッションを手伝ってくれてありがとう。近くの転移屋に……んっ」


 私の言葉は、ウィルの唇で塞がれてしまった。なぜ? 離れたウィルは、苦しそうに見えた。どうしちゃったんだろう?


 私が再び口を開こうとすると、ウィルの胸の中にむぎゅっと顔を押し込められた。そしてそのまま、抱きしめられてる。



「ウィル、どうしたの? 急に……んっ」


 また、唇で言葉を塞がれた。どうして? 私とキスする必要なんてないのに。あっ、メモリー? でも、背景はただの木の幹だよね。


「悪い。わからないんだ。ミッションが終われば星に帰らせてやりたい。それなのに俺は、オモチを帰したくない。ムカつくんだよ。オモチと話しているとイライラする。俺のモノにしたくなる」


 えっ……。顔を上げたら、また、むぎゅっと胸に押し込められた。だけど、見上げたときに一瞬だけ見えたウィルの目には、涙が浮かんでいた。


 なぜ、泣いてるの? やはりウィルは、疲れすぎている? 親しい人達から、壊れてると思われているのは、こういう突然の涙のせいなのかな。



「ウィル、今はゲームの恋人になってるから、そう思わされるのかもしれないよ。アース星の主人公は、魔力がないから、アバターが放つ魅了魔法がちょっと不安定みたいだもん」


「オモチの、そういうところが、ムカつくんだよ!」


 えっ!? なぜ……。涙を拭いたウィルは、まるで小さな子供のような顔をしていた。私は思わず、キャップの上から彼の頭を撫でた。


「よしよしするんじゃねぇ!」


「だって、泣いてるんだもん」


「バカか! おまえは!」


 そんな暴言と彼の行動はズレていた。ウィルが私の左肩に顔を埋めたときに、キャップが地面に落ちた。でも彼は動かない。


 私は、ウィルの綺麗な金髪をそっと撫でた。



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