56、ウィルとバトラー
「不用品だなんて、どうして……」
「いや、悪い。忘れてくれ」
ウィルは、私から少し離れて、携帯機を触り始めた。開きかけていた彼の心の扉が、パタンと閉まったのだと感じる。
親しい人達に、壊れている、と思われているから、ウィルは自分を不用品だと考えているのかな。そして、その不安から逃げるために、ウィル王子を演じている?
「あー、まだだな。やはり俺の行動は、演技だと思われてしまうらしい」
「何が、まだなんですか?」
「見てみるか?」
ウィルは、チャット画面を見せてくれた。グループチャットらしく、多くの人が次々と書き込んでいる。
このグループチャットには、検索機能もあるみたい。ウィル情報と入れてある。ウィルは、これを見てるから、病んでしまうんじゃないの?
ウィルに関する噂が書かれている。あっ、私との目撃情報もあるみたい。コソコソとアース星の主人公と密会していた、という隠し撮りつきの書き込みがあった。その反応は、ウィルの自作自演だという意見が多い。新たな男の恋人ができたから、カモフラージュしている、か。
「全然、打ち消せてないですね」
「まだ、あのパブの情報しか上がってないためかもしれないけどな。オモチ、次のミッションは何?」
「見てみます」
そう返事をすると、ウィルは私の携帯機を覗き込んできた。たぶん、監視カメラに映らないように、フードで隠してくれてるのね。
【ミッション22】未達成
青く輝く湖を見に行こう!
(残り12日0時間13分)
【ミッション10】恋人を作ろう!
【ミッション11】夕焼けに染まる湖を見に行こう!
【ミッション12】酒場に行こう!
【ミッション13】ショー劇場に行こう!
【ミッション14】看板通りに行こう!
【ミッション15】恋人を作ろう!
【ミッション16】コンセプトカフェに行こう!
【ミッション17】街歩きをしよう!
【ミッション18】静かな公園に行こう!
【ミッション19】異性のフレンドと話そう!
【ミッション20】恋人を作ろう!
【ミッション21】酒場に行こう!
今までに出たことのないミッションだ。青く輝くってことは、夜景じゃなくて、昼間ってこと? あっ、もうすぐ日付が変わる。
「そうきたか。ここからは、サクサク進まないのかもな。時間の指定が入っている」
「昼間の湖なんですね。これなら、私ひとりで達成できそうです」
「ゲームの恋人時間は、15時間以上も残っているよ?」
「明日のチェックアウト時間からチェックイン時間までの間に、行ってみます。人が寄ってこないと思うので」
「そうか。あぁ、そろそろ日付が変わるな。帰ろうか。宿屋は、ジュエンか?」
「はい、宿屋と転移屋は隣接してるので、転移屋から帰れます」
「俺が送るよ。転移屋と隣接するなら、精霊の加護のある宿だな。ジュエンということは、宿屋ノームか?」
「えっ? あ、はい」
「じゃあ、行こう。個室を出たら、恋人ごっこを忘れるなよ?」
そう言うと、ウィルは立ち上がり、個室の扉に携帯機をかざした。カチッと音がした。お会計も終わったみたい。
お礼を言わなきゃと思ったけど、その前に扉が開いた。私、タイミング悪いな。
店を出ると、少し寒いと感じた。
「オモチ、寒くないか?」
「なんとか大丈夫」
「ふっ、それならいい」
ウィルは、私の腕をつかむと、転移魔法を使った。
◇◇◇
「あー、少しズレたな。俺は、転移魔法は苦手なんだよな」
私達が到着したのは、宿屋ノームの近くの看板通りだった。ウィルのポスターの前に、ウィルがいる! 私は、テンションが急上昇したけど、叫ばないように口を押さえる。
「ん? オモチ、何?」
「ウィルのポスターがあるから、なんだかテンションが……」
「ふっ、変な奴だな。日付が変わった。俺から離れるなよ?」
看板通りにいた人達が、豹変したように見えた。私を舐めるように見る目が怖い。携帯機が記録しない時間を待っていたのか。でも、恋人がいるから、近寄って来ないよね?
「オモチ、理解できてるか? 日付が変わると朝までは、ゲームの恋人がいても、ほとんど意味がないよ」
「ええっ? そう、なの?」
「ふっ、やっぱりな」
ウィルは、私の肩を抱いている。それでも、嫌な視線は消えない。そっか、真夜中は絶対に出歩いちゃいけない。
宿屋ノームの入り口まで、ウィルが送ってくれた。
「オモチ、昼12時にロビーに居てくれ」
えっ? 聞き返そうとしたときには、もうウィルは居なかった。明日も会ってくれるの?
私は、ふわふわした気分で、部屋へと向かった。
◇◆◇◆◇
「ウィルさん、遅かったですね」
「まぁな。それで、どんな感じだ?」
ルナシティの王城へ戻ったウィルは、待っていたバトラーと、食事の間へと向かう。
「監視者からは、しばらくの処分保留の連絡をもらいましたよ。他の方へは伝えていませんが」
「そうか。俺が、アース星の主人公を騙したことになっているようだが」
「あぁ、グループチャットでは、そのようですね。アバター族に従わないウィルさんを、陥れたいのでしょう」
「やっぱりな。オモチに矛先が向くことは避けたい」
ウィルの言葉に、バトラーは驚いた表情を見せた。そして、ウィル自身も驚いていた。
「ウィルさんは、主人公が嫌いではなかったのですか」
「大嫌いだ。だが、オモチと話していて、俺はカチンときたんだ。彼女は俺のためを思って言ってくれたのは、わかっているが」
「はい? ウィルさんがファン相手に怒ったのですか?」
「ふっ、あぁ。久しぶりに感情を動かされた。俺にも、心はあったらしい。爺、俺はオモチを星に帰らせてやりたい」
「かしこまりました。ウィルさんの予定を調整しますね」
「あぁ、あと9個だ。俺が、オモチのミッションを終わらせる」




