54、ウィルの演技力
「オモチ、次はどこ行く? 俺、酒よりも甘い物が食べたくなった」
「私も、甘い物がいいな」
ウィルに合わせると、彼は少し照れたような笑みを浮かべた。これも演技だよね。すごい演技力。だから、『月の世界の王子様』では、断トツの人気なのか。
「じゃあ、次はスイーツだな」
ウィルは席を立つと、携帯機を取り出し、さっさと会計を済ませてしまった。私はお礼を言いそうになったけど、恋人らしくしなきゃね。
「ウィル、ありがとう。スイーツは私が奢ろうか?」
「え〜? やだね。俺が遠慮してしまう」
「遠慮? するの?」
ウィルは、フッと笑うと、軽く私の背を押し、腰に手を回したけど、すぐに手は離れた。私もあまり気にならないほど一瞬だったのに、店員さん達の視線を集めたような気がした。何かの技?
店を出ると、ウィルは私の肩を抱いて、転移魔法を使った。
◇◇◇
「わぁっ! 綺麗!」
移動した場所は、大きな湖のほとりだった。対岸では、花火が打ち上がるのが見える。ここも、ゲームに登場するけど、夜の湖は違って見える。人は少ない。穴場なのかな。
「珍しいな。花火は、ほんの数分しかやってないんだよ。俺も見たのは、数えるほどしかない」
「そうなの? ラッキーだね」
花火が終わるまでの間、ウィルは、ずっと私の肩を抱いていた。しかもメガネを外しているから、ウィルの綺麗な顔が近くにあって、めちゃくちゃ緊張する。
「オモチ、次は俺のミッションを手伝ってくれないか?」
「どんなミッション? んっ」
えっ? なぜ? 私は、ウィルにキスされてる!
「メモリー3枚」
あっ、そういうことか。私はウィルの腕の中に閉じ込められている。甘い展開かと勘違いしそうになるけど、これはウィルの演技力だ。
私は不思議と、恋人ごっこに冷静だった。ウィルが、女性には恋愛感情を持たないと言っていたからかな。
シエルさんのときは、彼の魅了魔法にかかった影響もあって、少し動揺したけど。あ、あれは求婚されたからかな?
「オモチ、あの店に行くけど、いいか?」
ウィルが指差したのは、レストランに見えた。
「いいか、って何?」
「あの店の中は、記録が残らないエリアだ」
「豹変する人が多い店?」
「ふっ、あぁ。だが、ほとんどは個室だ」
ウィルは、私を試しているの?
「ウィルが、それが良いと思うなら、いいよ」
私は、言葉を選んだ。本当は、信用してもいいのかとか、理由を聞きたかったけど、ここでは内緒話は難しい。
「じゃあ、行こう」
私が軽く頷くと、ウィルは、また私に軽いキスをした。そしてメガネをかけ、フードを深く被った。
◇◇◇
「いらっしゃいませ。個室ですか? ホールですか?」
「個室で頼む」
「ご案内します」
店内は、とても騒がしかった。何というか、乱れてる? あちこちでカップルが……キス以上のことをしてる。
「ケーキセットを2つ。ノーマルで」
個室に入る前に、ウィルは注文した。常連なのかな。
「はーい」
店員さんは注文を打ち込むと、私達が個室に入るのを見届けて、すぐに扉を閉めた。カチッと音がした。防音結界かな。
「ふぅ、楽にしていいよ。ただし、ここには画質の悪い監視カメラはある」
「えっ? 記録に残らないんじゃ?」
「あぁ、携帯機には残らないエリアだが、店の監視カメラがあるんだよ。客はそれを知らないけどな。だから、楽にしていいとは言ったが、態度には気をつけてくれ」
「わかりました。でも、この個室って……」
扉の近くにテーブルがあるけど、奥のスペースが異常に広い。カーペットが敷き詰められている。
「外観はレストランだが、連れ込み宿のようなものだ。個室の様子は、変なグループチャットに流れることもある。すべての個室に監視カメラがあるわけじゃない。チャットに流すと金になる客は、監視カメラ付きの個室に案内される」
それで、ここに来たんだ。
「じゃあ、バトラーさんに見られるかもしれませんね」
「まぁな」
ウィルは、カーペットに何かの魔法を放ったみたい。
「何をしたんですか?」
「ん? 掃除だよ。こういう店の個室のカーペットは、そのままだと寝転ぶ気になれない」
カランコロンと音が鳴った。しばらくすると、カチッと音がして、扉が開いた。
「ケーキセットです。ごゆっくりどうぞ」
店員さんは、テーブルにトレイを置くと、すぐに扉を閉めた。また、カチッと音が鳴る。
「ここのケーキは、まぁまぁ食えるよ」
「さっき、ノーマルって言ってましたね。これで普通なんですか? すごく豪華ですけど」
ウィルは話しながら、ケーキを食べ始めている。
「オモチは、何も知らないんだな。ノーマルは、薬なしってことだよ。何も言わなかったら、飲み物に薬が入る」
「薬? 怪しい薬ですか?」
「あぁ、媚薬だよ」
媚薬?
ウィルは、紅茶にも魔法を使っている。用心深いのね。たぶん、それほどアブナイ薬なのかも。
「この紅茶は、飲まない方がいいな。ノーマルって言ったのに、少し入ってる」
ウィルは、ティーカップに魔法を使った。そして、どこからか出した何かを注いでる。あっ、携帯機の倉庫機能かな。
「俺が常備している紅茶だ。よかったらどうぞ」
「ありがとうございます」
「ケーキを食べ終えたら、そっちに転がるからな」
「えっ? あ、はい」
私の声が、裏返ってしまった。ウィルは、クスッと笑って、紅茶を飲んだ。やっぱり、カッコいいな。
私も、その紅茶を飲んでみた。
「あっ! レモンティ! これって……」
「あぁ、ゲームにも登場したかもな。俺は、紅茶にはうるさいんだよ」
これが本物なのね。ペットボトルのレモンティよりも、茶葉の香りが強い。
ケーキを食べて、紅茶を飲むウィルの表情は、とても穏やかに見えた。シャルルさんも同じだった。役割から解放されるのかな。




