48、店のサプライズで
デザートを食べ終えた頃、私は違和感を感じた。この店に入ってくるお客さんはいるけど、出て行く人がいない。席を立ったお客さんも、店員さんに何が言われて、席に戻っている。
「ラムネさん、そろそろ行きましょうか」
「ちょっと待って。まだ、いいじゃない。たぶん、これからサプライズがあるんだよ。店員さんも引き止めてるでしょ?」
「これからサプライズ?」
紅茶のポットを持って、店員さんがテーブルを回っている。何かが始まるのかな。
あっ、『月の世界の王子様』のテーマ曲が流れてきた。ゲームとは少し違って、ピアノ演奏のような音。だけど、店内にはピアノはない。
キャーッ!
音楽に反応して、お客さんが騒ぎ始めた。でも、何かが始まったわけでもない。この音楽がサプライズなのかな。確かに綺麗な音色だけど。
曲が終わる頃、店の扉が開く音がした。私の席からでは見えないけど、またお客さんが来たみたい。
キャーッ!!
ん? 次の曲に変わったら、また歓声が聞こえた。音楽を聴く態度じゃないよね。次の曲も『月の世界の王子様』の中で使われていた曲だった。生演奏という響きでもない。
「こんにちは! カイルです。俺達のコンセプトカフェに来てくれて、ありがとう!」
えっ? カイル? ちょっと待って! 見えないよ。
「皆様、席を立たないでください。カイル王子が、順にお席を回ります。少し遅れていますが、レオン王子も来ますよ」
レオンも!? すごいサプライズじゃない。立つなと言われても、皆が立つから、全然見えない。
カイル攻略ルートは、一番最初にクリアしたのよね。二次元は、素朴な優しい王子様って感じだった。
ルナシティのコンビニみたいな店で、カイル攻略ルートを実演してしまったことを思い出し、少し恥ずかしくなってきた。
「なかなか来ないですね。皆が立つから見えないし」
テンションの上がった私がそう話しかけたけど、ラムネさんは静かで、何だか暗い表情に見えた。知らないゲームだから、つまらないのかも。
「えっ? あ、ごめん。オモチさん、何だっけ?」
騒がしいから聞こえなかったのかな。
「この席だと、見えないなって思って」
「そうね。でも、回ってくるんじゃない? オモチさんの言うことを聞いて、帰れば良かったかな」
「騒がしいから、気分が悪くなったんですか。それなら、出ましょうか」
「今は、もう動けないでしょ。攻略キャラのファンサービスが終わったら、すぐに帰ろう」
ラムネさんの表情が、一瞬、こわばったように見えた。その直後、マントが見えた。あの色は、カイルのマントね。王子の衣装を着ているみたい。
「おっ、ラムネちゃんがいるじゃない。フレンドさん?」
カイルが来た! 3次元のカイルは、かなり大人に見える。そっか、ゲームの制作から5年以上経てば、雰囲気も変わるよね。ラムネさんは、知り合いだったんだ。だけど、彼女は、頷いただけで返事をしない。
「はい、フレンドです。カイル王子」
「おぉっ! かわいいね。今の俺も王子に見える? ゲームと違って可愛さが足りないって、言われるんだよ」
「ゲームより大人だと思いました」
「だよねー。ラムネちゃんのフレンドなら、俺もフレンド登録してあげるよ」
ギャーッ!
周りからすごい悲鳴が聞こえた。さすがに怖すぎる。
「他のファンの人がコワイから……えっ?」
ギャーッ!!
周りの悲鳴がひどくなった。その理由はきっと……。
「カイル! オモチは俺のフレンドなんだから、ダメ!」
私、後ろから誰かに抱きつかれてる。ちょっと待って、誰? 振り返ってみると、目の前に、ドアップの美形がいた。しかも、ほっぺにキスされちゃったよ。
「ちょ、誰ですか? なっ、あ、アナタは、王城の使用人さんですよね?」
「俺は、キミのフレンドのレオンだよ」
「う、嘘っ!?」
あのレオンさんが、攻略対象のレオン? あのときはまだ、王城の公演中だったはずだよね? だけど、レオン王子の衣装を着ている。どういうこと!?
「へぇ、知らなかったんだ。可愛いねー。あっ、ラムネちゃんが公演の日に、同郷のフレンドを紹介すると言ってくれてたのって、オモチちゃんのこと?」
何? 公演の日? カイルにそう尋ねられて、ラムネさんは、うつむいている。
「いえ……彼女には何も話してませんから」
「ふぅん、そっかぁ。この後、休憩所においでよ」
休憩所? ラムネさんは、カイルと親しいの?
カイル王子とレオン王子は、次のテーブルに進んで行った。二人とも結構なスキンシップをしてる。これが、コンセプトカフェでのファンサービスなのかな。
「ラムネさん、あの、大丈夫ですか」
「大丈夫よ。こういうのって、あまり好きじゃなくて。オモチさんがレオンとフレンドだなんて、驚いたよ」
「あー、はい。攻略対象のレオンだとは知らなかったんですけど……」
「レオンとは、そういう関係なの?」
「そういう関係? ん〜? 何日か前、ルナシティに行ったときに、フレンド登録をしただけですけど?」
私がキョトンとしていたのか、ラムネさんはフッと笑った。なんだか少し嫌な笑い方に見えた。
◇◇◇
サプライズが終わると、次々とお客さんは帰っていく。カイルとレオンを追いかけて行ったのかも。
ラムネさんは、元気がない。私に何かを話そうとしているようだけど、言葉が出てこないみたい。
「そろそろ帰ろっか」
店のお客さんが半分以上が帰った頃、ようやくラムネさんは、立ち上がった。
「あれ? あ、ご馳走様です」
ランチ代を払おうと布財布を出すと、店員さんから、お会計は済んでいると言われた。
「私が払ったんじゃないよ。たぶん、カイルだよ」
ポツンと独り言のように呟いた彼女の表情が暗かったから、私は何も言えなくなった。




