【後日談①】シャルルさんの見送り
ミラールが生まれて、ひと月ほどの時が流れた。
アバターから生まれた子は、水槽の中で、翌日には1歳くらいの姿に成長する。その後は、男の子なら、5年程で15歳くらいに成長すると説明を受けた。
だけど、ミラールは、ほんのひと月で、2歳くらいの姿に成長した。セルさんの魔導士としての能力を受け継いでいるため、見た目年齢よりも知能が高いみたい。もう、しゃべってるし、走り回ってる。
男の子を育てる宣言をした私達は、5年間は、この世界の期限付きのミッションは免除されるみたい.だけど、フリーミッションやビンゴはできるんだって。
「オモチ、悪役令嬢の見送りに行くのか?」
「うん、行きたいよ。ミラールは綺麗な女性が大好きだから、連れて行っても泣かないと思うし」
「チビ猫も連れて行くなら、俺も行くしかないな」
「ぼくが、オモチをまもるから、とうさんはこなくていいよ」
「おまえなー、オモチと言うな。母さんだろ」
「オモチは、かわいいから、オモチでいいのっ!」
私は数日前から、なぜかミラールに、オモチと呼ばれるようになっていた。たぶん、セルさんへの対抗心だと思うけど、オモチという音の響きを気に入っているらしい。
それに、セルさんは、ミラールとの口論を楽しんでいるみたい。自分が子供だった頃の遠い記憶がよみがえってくると、毎日のように言ってる。
「じゃあ、3人で行きましょうか。ラグ塔は、子供も入れるみたいだし」
「あぁ、しかし明日引っ越すというのに、今日出発するなんて、シャルルは逃げる気だよな」
「ん? シャルルさんの出発の方が、先に決まってましたよ。そっか、明日からは新しい街ですね」
私達は、総合館にある宿泊施設で、このひと月を過ごした。研究室が管轄する総合館は、小さな町ほどの広さがある。私達が最初に案内されたコテージは、出産用の施設だったけど、この総合館には、アバターに関する様々な施設が点在している。
明日、引っ越す先は、新たに造られた街らしい。総合館が手狭になったからだと聞いている。その意味はよくわからないけど、新しい街は、子供を育てる街だという。女の子は、すぐに急成長して大人になるから、男の子ばかりかな。
「よういができたよ。オモチ、いこっ」
ミラールは、ちょっとオシャレしてるみたい。お気に入りの水色のシャツと青色のハーフパンツ、そして、買ったばかりのこげ茶色のショートブーツね。
「もう着替えたの? ミラール、すごく上手にできるようになったね」
「こどもあつかいは、しないでよっ」
「はーい、わかりました。でも、ミラールはすぐに大人になっちゃうから、子供の時間は貴重なんだよ」
ふふっ、難しい話をすると、サッと横を向いて聞こえないフリをするのね。そんなミラールの知らんぷりに、セルさんは小さなため息を吐く。彼の子供の頃に、そっくりらしい。
「そろそろ行かないとな。また、文句を言われるだろうな」
「でも、もう簡単に会えなくなるから。すごくお世話になったもの」
「あぁ、わかってる」
セルさんは、左手でミラールを抱きかかえると、右手で私の手を握った。そして、転移魔法陣のある中庭へワープすると、魔力を放って、魔法陣を起動した。
◇◇◇
総合館の転移魔法陣からは、行きたいほとんどの場所への直接転移ができるらしい。セルさんは、ラグ塔の飛行船発着場のゲート近くを指定したみたい。
たぶん、転移魔法の着地点じゃないから、周りの人を驚かせちゃったね。
「まぁ! オモチさん、来てくれたのね。しかも、ミラールくんも、ありがとうね」
私達に気づいたシャルルさんが、駆け寄ってきてくれた。
「おい、俺もいるが?」
ふふっ、セルさんは名前を呼ばれなくて、ちょっと拗ねてる? シャルルさんは、チラ見したけど、スルーしてるし。
「シャルルさん、本当にお世話になりました」
「私の方こそ、オモチさんのおかげで、ロッコロッコ星に帰れるのよ。だけど、本当に良かったの? この星に残ると聞いたときは、セルシードを全力で殴ってやろうかと思ったわ」
「私は、ここに居たいと思ったんです。その後の展開が、すごい勢いで次々と起こるから、ミッション完了してからの時間は、あっという間でした」
「そうね。今は、総合館よね? 新しい街に移って、居住者をするのでしょう? 大変だろうけど頑張って。ロッコ族の子供達も、護衛代わりに住むみたいだよ」
「あっ、クリスタルショップへの護衛をしてくれた子供達ですか?」
「ええ、あの子たち以外にも来てるからね。ミラールくんの良い友達になるんじゃないかな。あー、でも、あの子たちは、最終転生者だから、中身は大人だけどね」
「ぼくも、こどもじゃないよっ」
ミラールは、自分の名前に反応したみたい。シャルルさんは、優しい笑みを浮かべてる。
「ミラールくんは、オモチさんによく似てるけど、性格はセルシードかしら? オモチさんは、こんなこと言わないもんね」
シャルルさんにそう言われて、ミラールは困った顔をしてる。いや、葛藤してるのかな。
「ぼくは、じつは、こどもだよ」
「ふふっ、ミラールくんは、性格はセルシードかと思ったけど、素直だから、オモチさんに似てるかな」
シャルルさんは、必死に笑いをこらえてる。ミラールが、真顔で頷いてるからだよね。さすがシャルルさんは、ロッコ族の子供の扱いが上手い。
「シャルル、世話になった」
セルさんも、ちゃんと言えたね。
「ええ、そうね。本当にね。私は忘れないから」
あっ、亡き恋人のことだよね。シャルルさんの親友だもの。シャルルさんは、きっとずっと怒ってる。
「あぁ、わかっている。もう同じことは繰り返さない。その償いのためにも、新しい街に移住するからな」
シャルルさんは、セルさんには冷たい視線を向けていた。怒ってるけど、許しているのだと思う。
「きゃ〜! オモチさんとチビ猫ちゃんだぁ〜。シャルルさん、会いたくなったら、遊びに行くねー」
いつも通りのハイテンションなサリィさんも、シャルルさんの見送りに来たみたい。
「サリィさん、大変お世話になりました」
シャルルさんは、深々と頭を下げている。もしサリィさんが遊びに行ったら、大騒ぎになりそう。ロッコ族はイービー神を信仰してるもんね。
「うんうん、私も、シャルルさんのおかげで楽しかったよ。これからは大変かもだけど、はい、これ、あげる」
サリィさんは、シャルルさんに本のような物を渡した。
「これは、日記帳でしょうか」
「うん、時空を超えても維持される記録帳だよ。ロッコ族の子が持ってたから、たぶん私が、シャルルさんに渡さなきゃいけないんだと思うよ。上書きに必要なんだと思う」
「わかりました。与えられた役割を必ず果たします」
「うんうん、あっ、時間だね。よかった、ギリギリ間に合って。元気でね!」
私達も、シャルルさんに、別れの挨拶をした。シャルルさんは、ゲートの先へと消えていった。
行っちゃったな……。
「オモチさん、私も、新しい街に家を借りることにしたんだよー!」
「ええっ? サリィさんは、ジュエンに居るのでは……」
「うーん、ちょっと飽きちゃった。それに、新しい街の方が楽しそうだもん。20周年の大作には、オモチさん達が移住する街も、いくつかのストーリーで登場するんだって。楽しみだね〜」
あ、なるほど。それが目的なのね。サリィさんが近くにいてくれると、すごく安心できる。
「私達は、明日、引っ越す予定なんですよ」
「そうなのー? オルフルさんは、半年先とか言ってたなー。嘘つきーって言ってやろーっと。あっ、また、チャットするね〜」
オルフルさんの姿が見えると、サリィさんは慌てて逃げたみたい。この二人の関係も気になる。
「ふぅ、相変わらず、嵐のような人だな。俺達も帰るか」
「ええ、ミラールが寝てる間に、引っ越しの準備をしなきゃね」
セルさんは、抱きかかえたミラールが眠っている姿に目を細め、柔らかな笑顔を浮かべると、私の手をぎゅっと握った。




