120、約束のキス
翌朝、朝食を食べているときに、女性二人が訪ねてきた。昨日の人達とは違うけど、セルさんの態度から、この総合館の人だとわかった。水槽の中で育っている、私達の赤ん坊の様子を見に来たみたい。
アバターから生まれた子は、1歳くらいの姿になるまでは水の中で育つらしく、生まれてからずっと水槽の中で眠っている。中の水は、半分くらいに減っていたから、補充に来てくれたのかな。
「オモチさん、体調はいかがですか?」
「大丈夫です。あの、私は……」
「あぁ、初めてでしたね。先に処置をさせてもらうので、少しお待ちください」
二人の女性は、水槽のある部屋へと入っていく。処置って何? 何か、非常事態なの? 私も彼女達の後ろから、部屋へ入った。
「まぁ、こんなにも減っているなんて、驚きですよ。そうか、男の子だからですね」
何だか不安な話をしながら、一人が手から光を放った。すると、水槽の中にいた赤ん坊が、スーッと水槽から外に出てきた。
赤ん坊は、バチッと目を開けると、キャッキャと笑ってる。ふわふわと飛んでいるのが楽しいのね。
えっ?
赤ん坊は、私に手を伸ばすと、自力で向きを変えて、私の方にふわふわと飛んでくる。私が抱き止めると、嬉しそうに足をバタバタさせた。ちょ、危ないよ。
「やんちゃな子猫だな。そんなに暴れると、オモチの腕の中から落ちそうだぞ」
セルさんが慌てて、バスタオルを持ってきてくれた。だけど、セルさんがバスタオルで包もうとしても、蹴り飛ばしてるよ。
私は落とさないように、必死に近くの椅子に座る。赤ん坊は、私の膝の上に座る姿勢になった。この高さなら、怪我はしないよね。
「ほんと、やんちゃだね。タオルは嫌いなのかな」
「やーっ!」
あっ、返事した! 私にピトッとくっつくと、すぐに、スゥスゥと寝息が聞こえてきた。
「あら、本当に成長の速い子ですね。身体は、1歳ちょっとだけど、知能は2歳くらいかしら。セルシードさんの能力を受け継いでいますね。魔力が高いわ」
「もう反抗期なのか?」
セルさんがちょっと悲しそう。
「アバターから生まれた子は、翌日には1歳の姿になります。女の子なら、その後1〜2年は、身体の成長がないので育成槽で育てることも可能ですが、男の子は、通常の子育てが必要になります。5年程度で15歳くらいの身体に成長します」
「えっ? 5年で15歳ですか」
「男の子が生まれることは少ないので、あまりデータがありませんが、計算上はそうなります。女の子なら、1〜2年後に急成長して大人になるため、特別な子育ては不要ですが」
「男女で、全く違うのですね」
「ええ、基本的に女の子が生まれるように、設計されているはずですが、たまに男の子ができるのですよ。女の子の場合は、母体での妊娠期間が長く、必要な伝達が終わるのですが、男の子の場合は、母親とは性別が異なるため、アバターの伝達事項に限界があるためです」
全然、わからない世界だな。
「では、私達はこれにて失礼します。コテージには、今夜も泊まってもらって大丈夫だそうです」
女性二人は、私が何かを言う前に、忙しそうに出て行った。ちゃんとお礼を言うべきだったかな。
「オモチ、俺も抱っこしてみたい」
セルさんが、赤ん坊にバスタオルをかけてくれた。あっ、ちっちゃな手が、タオルをつかんで投げた! 寝てるんじゃないの?
「この子は、タオルが嫌いみたいですね」
「いや、俺のことをライバル視してるんじゃないか? ロッコ族の習性だ。2〜3歳の頃は、特に同性を嫌うんだよな。俺も、父親を見るとコップを投げていたらしい」
「ふふっ、じゃあ、セルさんに似たんですね。アバターから生まれた子は成長が速いみたいだから、反抗期も短いかな」
「だが、次の反抗期がすぐに来るってことだろ。次は、魔法をぶっ放してくるぞ。あー、名前は、どうしようか」
セルさんは、第二の反抗期は、父親に魔法をぶっ放してたのね。
「すぐに決めなきゃいけないんですか?」
「手続きには名前が必要だからな。その前に、子猫の服だな。服を買うのを忘れてたよ。タンスにリクエストを出すか」
セルさんは、せっせと世話をしてくれる。こんなにマメな人だっけ?
セルさんの携帯機のタンスに届いた服を、私が赤ん坊に着せることになった。
何もかもが小さくて、服を着せるのも難しい。すぐに脱ごうとするし。この子は、裸族なの?
「わぁっ、水色のシャツが似合ってる。かわいいねー」
「む? むぅ」
おっ! 褒めると脱がないんだ。
「靴下は、どっちがかわいいかなー」
二足を手に持ってみると、左の方を指差した。すごい! 生まれたばかりなのに、言葉が理解できてる。
「じゃあ、かわいい靴下にしよっか。よいしょ」
膝に座らせて、靴下をはかせていると、セルさんが目を細めて、こちらを見ていた。あっ、はかない靴下の片方を、ちっちゃな手が掴んで……セルさんに投げたよ。届いてないけど。
「コイツ、めちゃくちゃ反抗期だな。よし、決めた。ミラールにする」
「この子の名前? どういう意味?」
「あぁ、ミラールは、俺の故郷にある険しい山の名前だ。俺の名前も、山の名前から付けられたからな」
「へぇ、山の名前が人の名前になるんですね」
「自然にあるものから付けることが多いかな。だから、同じ名前の友達も、かなりいたよ。そのうち肩書きで呼ばれるようになるから、紛らわしいのは子供のときだけだが」
「同じ名前の友達は、確かに紛らわしいですね。あっ、寝ちゃった」
私の膝の上に座っていたミラールは、もう片方の靴下を握りしめたまま、スゥスゥと眠っていた。これを、また、セルさんに投げるつもりだったのかも。
「オモチ、順番が逆になってしまったが……」
セルさんは、ミラールを起こさないように、そっと近寄ってくる。
「はい、何でしょう?」
「オモチ、これからもずっと、俺と共に生きてくれ。俺は、オモチには帰って欲しくなかった。だから、俺との子が欲しいと言ってくれたときは、本当に嬉しかったんだ」
「セルさん……」
「ふっ、あの夜に言うべきだったよな。あの時はまだ、心の整理ができなかった。だから、賭けたんだよ」
「賭けた?」
「あぁ、アバターから生まれる子は、互いの想いが本気なら、男の子になる。好きだと言ってくれるオモチの想いに、俺が素直な心で応えられるなら、俺もオモチを愛しているなら、男の子が生まれる」
「えっ……」
私の視界は、涙で歪んでいた。
「オモチ、愛している。腕の中のミラールが、俺達の愛の証だ。大切にする。アース星に帰らなかったことを後悔させないと、約束する」
「はい、私も……んっ」
セルさんの約束のキス。
幸せで胸がいっぱいになる。
「やーっ!」
あっ。バチンと目を開けたミラールが、ちっちゃな手で握りしめていた靴下を、セルさんに投げちゃった。
「ミラール! 俺の邪魔をするな」
「やーっ!」
ふふっ。かわいい親子ゲンカが始まっちゃった。
──────── 《完》 ────────
皆様、これにて本編完結です。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
アリ(´・ω・)(´_ _)ガト♪
あと、後日談を2話更新する予定です。
残りわずかですが、よろしくお願いします。




