117、翌朝、ふたりで
「オモチ、おはよう。体は大丈夫か?」
ん? あれ? ここは……。どうして、セルさんの顔が、こんな近くに? ハッ! そ、そうだった。私は……。
「ふっ、寝ぼけてたか。朝から百面相だな」
「セルさん、私……」
彼の軽いキスで、昨夜のことを鮮明に思い出した。頬が熱くなってくる。
「とりあえず、シャワーを浴びて、チェックアウトだな。もうチェックアウト時間を過ぎてるからな」
そう言われて、私は慌てて飛び起き、慌ててシーツにくるまった。私、何も着ないで寝てたんだ。
「朝になると、やはり少し照れ臭いよな。一緒にシャワーを浴びるか」
「へ? ひゃい。あ、はい?」
セルさんは、変な返事をした私をシーツごと抱きかかえて、シャワー室に運んだ。えっ? お姫様抱っこ? 一緒にシャワーするの? ひぇっ!
◇◇◇
「朝飯は、ここでいいか」
チェックアウトして宿屋を出ると、セルさんは、すぐ斜め向かいにある店を指差した。
「はい。和食の店?」
「あぁ、この通りは、乙女ゲームの舞台巡りをする観光客が多いからな。ゲームに登場する店の系列店だ」
そう話しながら、セルさんは、またスタスタと歩いていく。だけど、思い出したらしく、私が追いつくのを待って、私の背に手を当てた。
「私が文句を言う前に、思い出したんですね」
「あぁ、危なかったぜ。今のは、セーフだよな?」
なんだか彼の表情が、昨日よりも若く見えた。悪役も忘れてる感じ。これが本来のセルさんなのかな。
「ギリギリセーフでしたね」
私がそう返すと、照れたような笑み。ちょっと可愛いかも。あぁ、そうか。対等に接してくれてるのかな。いつもは、悪役に徹したり、クールな雰囲気を崩さない彼が、今は、リラックスしているように見える。
今はまだゲームの恋人時間だから、セルさんに気づいても、誰も話しかけてこない。だから余計に、リラックスできるのかも。
「いらっしゃいませ、今の時間はランチバイキングのみの営業となっています。お好きな席にどうぞ」
ランチバイキング? 和食の店で?
「オモチ、料理テーブルの近くに座るぞ」
「そんな目立つ場所に?」
セルさんは、少年のように目を輝かせている。もしかして、大食いなのかな。
料理テーブルの近くの席は、避ける人が多いのか、結構空いている。セルさんは、それを知っていたのかも。
私達は、席取りをした後、トレイを持って料理を取りにいく。ちょっとおかしな和食もあるけど、半分以上は普通の和食かな。筑前煮のような煮物に、パッションピンクの物体が入っているのは、全力で拒否したい。
セルさんは、せっせと料理を皿に盛っている。まるで、フードファイターかと言いたくなる量ね。
「さぁ、食うぞ。オモチも、食っていいからな」
セルさんは、箸を持った。使えるの? あー、使えてないな。箸をまるでフォークのように扱ってる。でも、和食屋で箸を使いたい気持ちは、わかるかも。
「セルさんは、そんなに食べるんですね」
「ん? オモチが食うだろ?」
「私はそんなに、お腹は空いてないですよ。この色の煮物は、ないなー。あっ! 天ぷらの衣が、なぜ青いかな」
私は、セルさんが取り皿にポイポイと入れてくれる料理に、文句ばかり言ってる。というか、私が文句を言いそうな物ばかりを選んでるよね?
あれ? あまりお腹が空いてないのに、食べる手が止まらない。食べてもすぐに胃の中から消えるような気がする。
「セルさん、ここの料理って、すごく消化が速いのですか?」
私がそう尋ねると、セルさんはニッと笑った。何? その意味深な笑みは。
「普通の和食屋だよ。消化が速いと感じるのは、オモチの身体の変化だ。着々と子が育ってる証だからな」
「えっ? あっ……」
私は、頬が熱くなってきた。そうだった。私は、セルさんの子を妊娠してるのよね。
「まだ、見た目の変化はないが、夕方か夜には体型が少し変わってくると思うよ」
「そんなに成長が早いんですか。セルさんは、詳しいんですね」
「悪役は、基本的に、ほとんどの事例を知っていないといけないからな。知識はあるが、それを見守るのは初めてだ。だから俺も、年甲斐もなく、ドキドキしてる」
ん? 亡き恋人が妊娠してたよね? あっ、そうか。アバターじゃなくて、本来の姿で妊娠したんだっけ。魔力の高い人の場合は、アバターが妊娠しても翌日には流れてしまうと、聞いたことがある。だから魔力のない私達が狙われるんだもんね。
セルさんは、皿が空っぽになると、また料理を取りに行ってくれた。こんなに世話焼きな人だっけ? でも変なのばかり、取ってくるよね。わざとやってるのかも。
「だし巻きって、普通は黄色いと思うんですけど」
「ん? 黄色いじゃないか」
「これは、金色じゃないですか。味はだし巻き卵だけど、金属に見えますよ」
「ククッ、ただの黄色い卵は、地味だからだろ」
やっぱり、わざと変なのを取ってきてるよね。というか、セルさんの感覚で美味しそうに見える物なのかな。
「バイキングだからって、あまり食べすぎるのも良くないですよね」
また、セルさんがたくさんの料理を取ってきてくれたから、さすがに気になってきた。
「気にしなくていい。昼間に食べ放題をやっている店は、オモチのような人を応援している。だから、アース星の料理なんだよ」
「えっ? あっ、妊婦用?」
「まぁな。それ限定というわけじゃないが、この通りは、宿屋が多い。だから昼間は、たくさん食べる必要のある客が多いんだよ」
なるほどね。この街だけでなく、この星全体が、そういうスタンスなのかも。
私達は、バイキングの終了時間まで、和食の店で過ごした。どれだけ食べても、すぐに消化されるみたい。
「そろそろ、聖堂の塔に夕焼けを見にいくか。その後は、別の場所に行くからな」




