115、上手く言えない
「ん? オモチのお願い? 俺に叶えてやれることなら、言ってみな」
私を子猫扱いしているセルさんを、誘導することなんて絶対にできない。だから、子猫状態を利用して、ストレートにお願いするしかない。きっと彼は、あの言葉を、自分自身に言い聞かせているもの。
私が告白しても、彼はそれをまともに受け止めてくれなかった。測定アプリの一番数値が高かっただけだと否定したっけ。そして、勘違いするな、オモチは、3日後には帰るじゃないか、と言っていたのは、自分に言い聞かせている言葉だと思う。
「セルさんなら、叶えられるよ」
セルさんは、私の様子が変わったことを察したみたい。私が敬語をやめたからか、少し警戒したような気がする。彼にはトラウマがあるからだよね。でも、測定アプリは、たぶん最高値に近い数値だった。彼は、私を必要としていると。
「何だか、オモチは悪だくみをしてるようにも見えるけどな」
あっ、口調が冷たい。やはり警戒してる。たぶん、最後の思い出とか言い出すと考えてるよね。18禁のゲームの攻略対象をしていた彼は、そういうファンに嫌悪感を抱いてると思う。
彼のトラウマに触れないように、話さなきゃ。
「セルさん、私、帰らないよ」
「は? オモチは、何を言い出すんだ?」
セルさんは、大きく目を見開いている。激しく動揺してるのだと感じた。
「私、同じ星から来た人に刺されて、死にかけたことがあったでしょ。あの後、案内人のキコリさんが私達に向けて書いた記事を読んだの」
「あぁ、酷い目に遭ったよな。未来から来たロッコ族を始末するための、ナイフの実験に使われたんだったか。案内人の記事というのは?」
「うん。あの件があったからみたいだけど、私は、もう死んだことにされているの。私の家族に、私が事故死したという連絡をしたらしい。今頃は、とっくにお葬式も終わってるよ」
セルさんは、一瞬、言葉に詰まったみたい。口を開きかけて、すぐに閉じた。私を見るあたたかい眼差しで、今どんな言葉をかければいいかを、必死に考えてくれてるのだと伝わってくる。
「事故死は誤報だと言って帰れば、家族は喜んでくれると思うよ」
「うん。私も喜んでくれると思う。でも、その先のことを考えると、憂鬱になったの」
「元の生活に戻れないのか?」
「わからない。仕事は失くしただろうし、住んでいた部屋も解約して、荷物も処分されてると思う。私が持っていたすべてが無くなってると思うよ。その状態から、一からやり直すことを考えると、憂鬱になるの」
セルさんは、頷きながら聞いてくれる。私も、話しながら、宇宙船に置いてきた手荷物以外のすべてを失っていることを、実感した。
「それで、帰らないと言い出したのか。だが、この星で使い残したGは、精算して、オモチの故郷のお金で受け取れるはずだ。完全に何もかも失ったわけじゃないよ」
えっ? お金をもらえる? いやいや、私が言いたいのは、それじゃない。どうすれば、セルさんを説得できるの? でも、やっぱり、素直に話すしかないか。
「セルさん、私の中身はもう31歳なんです」
「ん? アース星の人の寿命は90歳くらいだよな? まだまだ若いじゃないか。失った物を充分に取り戻せる」
「私の友達は、だいたい結婚していて子供もいるの。だけど、私には何もないの。現実逃避をしたくて乙女ゲームに熱中していたのが、ここに来る前の私で……」
セルさんは、微かに首を傾げた。わからないよね。
「シエルさんがオモチに求婚してるだろ? それに、31歳なら、まだ残りの人生の方が圧倒的に長いじゃないか」
「シエルさんは良い人だけど、違うの。あっ、セルさんに大前提を話してないよね。私は、好きな人と結婚して、普通の暮らしをしたいと思ってた。でも、もう難しいの。私の種族は、30代前半までに子供を生んでる。35歳を過ぎると高齢出産になって、危険を伴うの」
「生殖期間が短い種族なのだな」
「うん、10代で生む人は若過ぎると批判されるから、15年くらいかな。最適な期間は10年もない種族なの」
私は、一体、何の話をしてるの? 変な方向に……。
「だが、そんなに生殖期間が短いなら、子供のいない人も少なくないんじゃないか?」
確かにそうなんだよ。少子化が進んでいるもの。いや、そういう話じゃなくて……。
「うん。でも、いろいろと先のことを考えると、つらくなってきたの。それに何より、私は、この星で知り合った人達と、もう会えなくなると考えると、苦しくなるの」
上手く言えない。でも、ちゃんと言わないと、伝わってない。セルさんは、難しい表情をしてる。きっと、誤解してる。彼は全然わかってない。
「イービー星の人達なら、オモチに会いに来てくれるんじゃないか? だが、メイロ星の奴らは無理か……」
違うよ! ウィルのことじゃない。
「私は、セルさんと会えなくなるのが、嫌なの!」
「は? 俺?」
「そう! 私は、セルさんのことが好きだから、帰ったら会えなくなるから、たぶん、帰ったら後悔すると気づいたから……」
セルさんは、信じられないものを見るような目をしていた。どうしよう。やっぱり迷惑なのかな。彼の心の中には、亡き恋人が生き続けてるよね。
しばらく、彼は何も言わなかった。私も、これ以上、何かを言っても逆効果だと感じる。彼のトラウマや拒絶する心の扉に、鍵をかけるようなことはしたくない。
長い沈黙……。
セルさんは、ペットボトルの飲み物を飲んだ。ゴクゴクと鳴らす喉の音が響く。
さらに、また長い沈黙が続いた。
そして、私の顔を真っ直ぐに見たセルさんの表情は、少し怖いと感じた。怒ったのかな。どうしよう。
「オモチ、それで、俺へのお願いは何だ?」




