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115/122

115、上手く言えない

「ん? オモチのお願い? 俺に叶えてやれることなら、言ってみな」


 私を子猫扱いしているセルさんを、誘導することなんて絶対にできない。だから、子猫状態を利用して、ストレートにお願いするしかない。きっと彼は、あの言葉を、自分自身に言い聞かせているもの。


 私が告白しても、彼はそれをまともに受け止めてくれなかった。測定アプリの一番数値が高かっただけだと否定したっけ。そして、勘違いするな、オモチは、3日後には帰るじゃないか、と言っていたのは、自分に言い聞かせている言葉だと思う。



「セルさんなら、叶えられるよ」


 セルさんは、私の様子が変わったことを察したみたい。私が敬語をやめたからか、少し警戒したような気がする。彼にはトラウマがあるからだよね。でも、測定アプリは、たぶん最高値に近い数値だった。彼は、私を必要としていると。


「何だか、オモチは悪だくみをしてるようにも見えるけどな」

 

 あっ、口調が冷たい。やはり警戒してる。たぶん、最後の思い出とか言い出すと考えてるよね。18禁のゲームの攻略対象をしていた彼は、そういうファンに嫌悪感を抱いてると思う。


 彼のトラウマに触れないように、話さなきゃ。



「セルさん、私、帰らないよ」


「は? オモチは、何を言い出すんだ?」


 セルさんは、大きく目を見開いている。激しく動揺してるのだと感じた。


「私、同じ星から来た人に刺されて、死にかけたことがあったでしょ。あの後、案内人のキコリさんが私達に向けて書いた記事を読んだの」


「あぁ、酷い目に遭ったよな。未来から来たロッコ族を始末するための、ナイフの実験に使われたんだったか。案内人の記事というのは?」


「うん。あの件があったからみたいだけど、私は、もう死んだことにされているの。私の家族に、私が事故死したという連絡をしたらしい。今頃は、とっくにお葬式も終わってるよ」


 セルさんは、一瞬、言葉に詰まったみたい。口を開きかけて、すぐに閉じた。私を見るあたたかい眼差しで、今どんな言葉をかければいいかを、必死に考えてくれてるのだと伝わってくる。


「事故死は誤報だと言って帰れば、家族は喜んでくれると思うよ」


「うん。私も喜んでくれると思う。でも、その先のことを考えると、憂鬱になったの」


「元の生活に戻れないのか?」


「わからない。仕事は失くしただろうし、住んでいた部屋も解約して、荷物も処分されてると思う。私が持っていたすべてが無くなってると思うよ。その状態から、一からやり直すことを考えると、憂鬱になるの」


 セルさんは、頷きながら聞いてくれる。私も、話しながら、宇宙船に置いてきた手荷物以外のすべてを失っていることを、実感した。


「それで、帰らないと言い出したのか。だが、この星で使い残したゴールドは、精算して、オモチの故郷のお金で受け取れるはずだ。完全に何もかも失ったわけじゃないよ」


 えっ? お金をもらえる? いやいや、私が言いたいのは、それじゃない。どうすれば、セルさんを説得できるの? でも、やっぱり、素直に話すしかないか。



「セルさん、私の中身はもう31歳なんです」


「ん? アース星の人の寿命は90歳くらいだよな? まだまだ若いじゃないか。失った物を充分に取り戻せる」


「私の友達は、だいたい結婚していて子供もいるの。だけど、私には何もないの。現実逃避をしたくて乙女ゲームに熱中していたのが、ここに来る前の私で……」


 セルさんは、微かに首をかしげた。わからないよね。


「シエルさんがオモチに求婚してるだろ? それに、31歳なら、まだ残りの人生の方が圧倒的に長いじゃないか」


「シエルさんは良い人だけど、違うの。あっ、セルさんに大前提を話してないよね。私は、好きな人と結婚して、普通の暮らしをしたいと思ってた。でも、もう難しいの。私の種族は、30代前半までに子供を生んでる。35歳を過ぎると高齢出産になって、危険を伴うの」


「生殖期間が短い種族なのだな」


「うん、10代で生む人は若過ぎると批判されるから、15年くらいかな。最適な期間は10年もない種族なの」


 私は、一体、何の話をしてるの? 変な方向に……。



「だが、そんなに生殖期間が短いなら、子供のいない人も少なくないんじゃないか?」


 確かにそうなんだよ。少子化が進んでいるもの。いや、そういう話じゃなくて……。


「うん。でも、いろいろと先のことを考えると、つらくなってきたの。それに何より、私は、この星で知り合った人達と、もう会えなくなると考えると、苦しくなるの」


 上手く言えない。でも、ちゃんと言わないと、伝わってない。セルさんは、難しい表情をしてる。きっと、誤解してる。彼は全然わかってない。


「イービー星の人達なら、オモチに会いに来てくれるんじゃないか? だが、メイロ星の奴らは無理か……」


 違うよ! ウィルのことじゃない。


「私は、セルさんと会えなくなるのが、嫌なの!」


「は? 俺?」


「そう! 私は、セルさんのことが好きだから、帰ったら会えなくなるから、たぶん、帰ったら後悔すると気づいたから……」


 セルさんは、信じられないものを見るような目をしていた。どうしよう。やっぱり迷惑なのかな。彼の心の中には、亡き恋人が生き続けてるよね。



 しばらく、彼は何も言わなかった。私も、これ以上、何かを言っても逆効果だと感じる。彼のトラウマや拒絶する心の扉に、鍵をかけるようなことはしたくない。


 長い沈黙……。


 セルさんは、ペットボトルの飲み物を飲んだ。ゴクゴクと鳴らす喉の音が響く。


 さらに、また長い沈黙が続いた。


 そして、私の顔を真っ直ぐに見たセルさんの表情は、少し怖いと感じた。怒ったのかな。どうしよう。



「オモチ、それで、俺へのお願いは何だ?」



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