112、コンセプトカフェで派手なランチ
「オモチ、思い出したか?」
セルさんが私の横に並んだとき、声が聞こえていた人達は、セルシードだ! って声を抑えて叫んでいた。だけど、声はかけてこない。近寄ってきたけど、残念そうに通りすぎて行った。
「初めて見るような気分ですよ。さっきの人達って、セルさんのことがわかってたみたい」
「あぁ、この街がメイン舞台になっている乙女ゲームと、俺が攻略対象をしていた18禁のゲームは、ほぼ同じ時期に配信されてたからな」
「でも逃げなくても大丈夫な……あっ、ゲームの恋人だから、声をかけられないのかな」
私がそれに気づくと、セルさんはニヤッと笑った。
「オモチよりも、俺の方が恩恵を受けてるみたいだな。これなら、この街のコラボカフェも行けそうだ。中途半端な時間だが、昼飯にするか」
「そうですね。あっ、昼も、ロッコロッコ星の料理が食べられるのかな。でも、あんな不思議な料理は、乙女ゲームでも見たことないですけど」
「乙女ゲームに出てくるのは、基本的にアース星の料理だからな。急に腹が減ってきたよ。行くぞ、オモチ」
セルさんは、スタスタと歩き始めたけど、すぐに立ち止まって振り返る。そして、右手を自分の腰に当ててる。腕を組まないかというお誘い?
「また、文句を言われると、気づいたんですね」
「あぁ、俺も学習能力はあるからな。30分は覚えてるぜ」
「ええ? たった30分ですか?」
私は、そう言いながら、セルさんの腕を掴んでみた。あっ、つかみ方を直されたよ。手を繋ぐのとは違って、身体の距離が近くなるから、ドキドキがバレてしまいそう。
「オモチが、さっさと腕を組めばいいんだよ」
何だか、セルさんらしくない言葉。こういうスキンシップに慣れてないのかな。いや、慣れすぎてるはずだよね。彼の懺悔を聞いたもの。
◇◇◇
私達は、この街がメイン舞台の『聖都ミルズの騎士物語』のコンセプトカフェに行った。昼食には遅い時間だったけど、わりと混んでる。
席に案内されてすぐ、彼は、Aランチを頼んでいた。よほどお腹が空いているみたい。転移魔法や浮遊魔法を使ってくれたからかな。魔力を使うと、かなり消耗するもんね。
私達は、窓から離れた壁際の席に案内された。ゲームの恋人時間だから、人の多い窓際から離してくれたのかも。
「セルさん、ミッションを見せてください」
「ん? オモチの初日に見せただろ? あのままだよ」
「覚えてないから見たいです」
セルさんは、少し戸惑っているように見えた。でも、私がジーッと顔を見ていると、大きなため息を吐いて、携帯機を操作した。
彼のマンスリーミッションは、主人公を闇堕ちさせろ! というものだった。今、ロッコロッコ星から来た人には、同じミッションが出ていると聞いたっけ。
私の予想通り、ミッションの横には、注あり、とチカチカ光るお知らせが追加されていた。セルさんは、それを見せてくれる気はないだろう。
「もういいだろ?」
「あっ、次は、恋人の画面……」
私がそう言うと、セルさんはフッと笑って、フレンドを開いてくれた。うん、私の顔写真が表示されてる。そして、何かわからないけど、見たことのない点滅もある。
私も携帯機を開いてみたけど、履歴では非表示のセルさんの顔写真が、恋人になると表示されてる。でも、謎の点滅はない。
セルさんの画面にだけある点滅は、きっと、私がアース星から来た主人公だという注意喚起よね。セルさんは、気づかないフリをしてるけど。
「オモチは、何を見比べてるんだ?」
「顔写真が、私のは、あまりにも残念な感じだなって思って。セルさんは、爽やかイケメンですよね。羨ましい」
「ふっ、何が羨ましいんだ? 変なやつだな」
「お待たせしました〜」
やっと、ランチプレートが運ばれてきた。今の時間は、みんな、お茶してるもんね。
「普通の揚げ物ですねー。あれ? 普通じゃない」
トンカツっぽい見た目なのに、ナイフで切ると、中は、ショッキングピンクだった。肉だと思うけど、この蛍光色には、驚かされる。
「ん? 普通のカツじゃないのか? あぁ、色か。俺は、この星に来てしばらくは、料理の色の地味さに、食欲を失ったぜ」
「ええっ? 素材の色じゃ……」
「今では、どちらも気にならなくなったけどな。しかし、声をかけられないのは、楽だな。オモチの作戦のおかげだよ」
セルさんは、私が携帯機の注ありに何も言わなかったからか、携帯機はテーブルに置いたまま、上機嫌で派手なカツを食べている。
看板通りで聞こえてきた話は、たぶん、ただの主人公じゃなくて、アース星から来た主人公を闇堕ちさせるミッションが追加されていたのだと思う。
つまり、定住が決定するアレだよね。
私は、派手なランチを食べながら、どうしようかと考え始めた。この星に残る覚悟はできた。それに、セルさんには、街に留まって欲しい。だけど彼は、あのミッションは、スルーするつもりなのよね。
そして、決定的な問題がある。恋愛経験値の低い私は、どう言えば彼がその気になるか、全くわからない。乙女ゲームだけでなく、前世の知識を総動員しても、よいアイデアが浮かばない。
「ククッ、何だよ、その顔。派手な色のカツと戦っていたのか?」
「へ? あー、変な顔をしてました?」
「あぁ、気まぐれな子猫状態だったぜ。あっ、食後の飲み物は、地味な紅茶だ。よかったな」
普通の紅茶が運ばれてきた。ミルクを入れようとミルクポットからカップに注ぐと……はい?
「セルさん、なぜミルクが青いんですか」
「ん? あー、そういえば、白が多いよな。あはは」
私の顔が変だったのか、セルさんはケラケラと楽しそうに笑った。やっぱり、好きだな。この笑顔。
私達は、日が暮れるまで、たわいもない話をして過ごした。




