110、葛藤
「ええ〜っ? シャルルさんが、あの謎の美少女ですか? あっ、確か二人いましたよ。昼と夜では、変わるんです」
私は、古い記憶を必死に手繰り寄せる。昼と夜では、アドバイスが変わったりして、ちょっと混乱したっけ。
あれ? セルさんがまた遠い目をしている。私の方を見たときには、目が少し潤んでいるように見えた。
「もう一人は、マリーヌだよ。確か、マリーヌが昼の少女で、シャルルは夜の少女じゃなかったかな」
えっ? マリーヌって……。シャルルさんから以前聞いた名前だ。名前があまり聞かない感じだから、耳に残っていた。セルさんが亡くした恋人の名前。
「シャルルさんは、夜の少女ですか。正確には覚えてないけど、昼と夜では、同じ質問をしても答えが変わることがあったんですよ」
私は、マリーヌさんのことを、口に出すことができなかった。そっか、それで彼は、遠い目をしてたのね。
「あぁ、そうらしいな。そのせいで惑わされるらしい。『聖都ミルズの騎士物語』は、設定がおかしいんだよ。ロッコロッコ星の聖都には、騎士なんていないぜ」
「あっ、魔導士が多いんでしたっけ?」
「聖都には、いろいろな種族が訪れるが、住んでいるのは全員が魔導士だ。ロッコロッコ星との違いを出したかったみたいだけど、脇役の二人はよく文句を言っていたよ」
セルさんと目が合った。彼が必死に耐えているような気がして、私までつらくなってくる。だけど、彼は指摘して欲しいのだと感じた。
「マリーヌさんという方が、セルさんの恋人なんですね」
私の話し方が意外だったのか、彼は少し戸惑っているように見える。でもこの表現が正しい。今も彼の中には、マリーヌさんしかいないもの。
「俺の恋人だったよ。俺がマリーヌを殺したんだ」
そう言って、自虐的な笑みを浮かべた彼は、その場に崩れるように座り込んでしまった。なんだかセルさんが壊れてしまいそうに見える。商店街で涙を隠したときも、彼は泣いていた……。
私は気づいたら、セルさんにキスをしていた。
「ちょ、オモチ! ゲームの恋人になるだろーが」
セルさんは、私の肩を押して、強制的に離した。あっ、忘れてた。3秒は経ってない。それを言おうとしたけど、彼の方が、子猫のような顔をしている。
そうか、こういうことか。彼の測定値が95%だったのを思い出した。彼が私に依存している度合い。私を必要としている。私はセルさんに必要とされている!
「私は、セルさんのことが好きです」
「それは、測定アプリを使って、俺が一番数値が高かったってことだろ? 勘違いするな。オモチは、3日後には帰るじゃないか」
セルさんの話し方がおかしい。私に話しているというより、まるで自分に言い聞かせているような……。
「私のことは、子猫にしか見えませんか?」
「オモチは、迷子の子猫だからな。安心しろ。今の突撃では、ゲームの恋人にはなってない」
「ゲームの恋人になると、マズイですか?」
「そりゃ……ん? そうか、オモチを闇堕ちさる罠があるとすれば、今夜が一番危険か。明日の夜は悪役令嬢が引き取るだろうし、最終日の前夜には仕掛けても無駄だ。そうだな」
セルさんの表情が、いつもの大人に戻ってしまった。さっきの言葉は、彼の心の中で繰り返していた言葉なのかな。
セルさんは、私を帰らせてやりたいって思ってるから、自分の心に蓋をしてる。でも、私が亡き恋人に似ているから、きっと……。
「オモチ、ゲームの恋人になっておくか? その方が、俺も安心できる。オモチを返したくない運営側が何か仕掛けてくるとすれば、確実な方法は一つしかない」
「確実な方法って?」
私は闇堕ちのことが、イマイチわかっていない。この星から出られない理由なんて、よく知らないから、セルさんが何を言っているかわからない。
「いや、それは言えない。しかしそれなら、俺じゃなくて、シエルさんの方が確実か」
「どうして、シエルさんが出てくるの? 私が選んだのは、セルさんなのに」
「まぁ、そうだがな。俺は、信用できないだろ。悪役だし、そもそも……」
セルさんは、何かと葛藤しているみたい。また、さっきの言葉を、頭の中で繰り返してるのかな。
あっ! そうか。
私は、セルさんが何を言っているのか、ようやく気づいた。この星に永住することが闇堕ちで、期限切れ以外で一番多い理由を、シャルルさんから聞いたことを思い出した。
私は、どうしたいの?
セルさんは、立ち上がると携帯機を操作し始めた。誰かに相談してるの? しゃがんでいた私も立ち上がる。
「誰にチャットしてるんですか?」
「ん? あぁ、まぁ、ちょっとな」
「見せて」
「嫌だね。子猫が突撃して来そうな予感がする」
ば、バレてる。
「他の人に、私を押し付けようとしないでよ。セルさんって、すぐに逃げるよね」
「あぁ、逃げるよ」
ダメだ。挑発しても乗ってこない。
「そういえば、シャルルさんが言ってたよ。セルシードは、逃げるって」
「ふぅん、そうか。悪役令嬢の分析力は、基本的に有能だからな」
シャルルさんを出しても無理。ダメだ。完全にあしらわれてる。人生経験の差なのかも。だけど、私は……。
「チッ、二人とも厳しいな」
ん? シエルさんとウィル?
「断られたんですか」
「いや、早い方で夕方遅くだ。サリィさんの権限を使えば、行けるそうだが、緊急事態でなければできないと……当たり前だな。はぁ、俺が冷静になればいいだけのことだ」
セルさんは、自分を信用できないと言っていた。でも、ゲームの恋人は良い作戦だと思ってるから、他の誰かに押し付けて、逃げようとしてる。
彼は、自分を押さえてるから、本音が出てしまうことを恐れてるの? 私が、帰ることを望んでいるから?
「セルさん、私、やっぱ、やめるよ」




