108、セルさんと宿屋の朝食
「オモチ、おはよう。先に入っていれば良かったんだよ? まぁ、店の前で待っている気はしたけどな」
セルさんは、白いシャツを着ていた。いつもは、黒っぽい服装だから、ちょっと意外な感じがする。
「おはようございます。店に入ってしまうと、同時に朝食を食べられないかと思って、待ってました」
「ふっ、そうか。そういえば、食べ方を見学するとか言っていたな。俺からすれば、アース星の和食を箸で食べる方が、圧倒的に難しいと思うぜ」
セルさんは、話しながら、食堂に入っていく。やっぱり、すぐに先に行っちゃうよね。
店員さんに案内されて、私達は窓際の席に座った。中庭の向こうには、私が泊まっている部屋が見える。
「オモチ、今日は、どう過ごすんだ?」
「あっ、質問で返してしまいますが、セルさんは、今日は予定があったんですか?」
「ん? 俺は、再測定の可能性に備えて、3日間は予定入れてない。オモチが帰る日も、俺がラグ塔に送り届けるから、心配するな」
「時間厳守のメールが来ていました。予約は完了したみたいです」
「見ても構わないか?」
私は携帯機のメールを開いて、セルさんに見せた。
「最終日の夜7時までに、ラグ塔の飛行船発着場か。これも、嫌な文章だな。アース星方面への飛行船の最終便を調べたが、夜7時だったはずだ」
「えっ? じゃあ、ギリギリ夜7時に行ったら、間に合わないってことですか?」
「あぁ。搭乗手続きに、小一時間はかかる。飛行船発着場の手前にある受付ゲートに、6時までに行っておかないと間に合わない。あー、夕方は、他方面への発着が重なる時間だから、混んでいるか。5時には行かないとダメだな」
「私は30分前までに行けばいいと、考えていました。全然間に合わないですね」
「搭乗前には、携帯機の返却や、残金の精算、それに身体の返却など、いろいろな手続きがあるからな。俺達なら、小一時間だが、オモチの場合は、もう少し時間に余裕がある方がいい」
「あっ、身体の返却……。すっかり忘れてました」
「ククッ、中身は成人してるんだろ? 見た目は未成年だけどな」
何度か言っていたことを、セルさんは覚えてくれている。私が口を開きかけたとき、朝食が運ばれてきた。
「遅くなりました。今朝は、ロッコロッコ星の聖都の料理です。ごゆっくりどうぞ」
顔馴染みになっているホール係のお姉さんは、私が一人じゃないことに、少し驚いたみたい。だけど、すぐに営業スマイルを浮かべている。
「へぇ、品数が多いな。この固まってるやつは、特に珍しいぜ」
セルさんは、ナイフとフォークを持った。ロッコロッコ星の人以外はナイフとフォークを使うって聞いた気がするけど、セルさんも使うのね。
私は細長いパンを手に持ち、セルさんの動きを見ていた。私が見ているのが面白いらしく、セルさんはニヤニヤしてる。
トレイには、大小の深皿が4つ。オレンジ、黄色、ピンク、緑、どれも蛍光色。さすがに特徴は覚えた。
オレンジ色のゼリーみたいなのは、かなり弾力がある肉料理。黄色は謎なのよね。硬いけどミルクっぽくて、口に入れるとすぐに溶けて無くなる。
セルさんが珍しいと言ったのは、どちらだろう?
緑色は、まるでスライムのように伸びるスープ。パンに絡めて食べる。これは、他の店でも扱ってるみたい。スープなのに、スプーンではすくえない。
ピンク色は、パンが刺さる硬さ。パンを刺して食べるデザートだと思う。冷たくて甘いから、アイスっぽいのかな。
まず最初にセルさんは、それぞれの皿にフォークを付けて、硬さを確認していた。そして緑色以外は、ナイフとフォークで切ってる。あっ、緑色には細長いパンを次々に刺してる。
「オモチも、やってみな。黄色は珍しいよ。これは、アース星にはないから、上手く説明できないが、祝いの席では必須の料理なんだよ」
「黄色は、謎料理だと思ってました。硬いのに、口に入れるとすぐに溶けてしまうから」
私は、セルさんの真似をして、緑色にパンを突き刺し、それ以外は、ナイフとフォークで、カットしていく。切っても、すぐにくっつくように見えるけど、フォークを刺すと、切った形が維持されてる。
「ふっ、そうなのか? しかし、オモチは必死だな」
「急いでいる日に、ロッコロッコ星の料理だったときは、焦りました。さすがに色を覚えたから、どれがパンが折れるかは、わかってますけど」
「ん? あぁ、この店は色を定めてるのか。緑色が常にスープだとは限らないぜ? 俺達は、パンに魔力を纏わせて、どの料理も食えるけどな」
そうなの? ナイフとフォークを使ってくれたのは、私に真似させるため? でも、最初に硬さをチェックすることは学習したよ。でも……。
もうこの知識を使う機会がないと思うと、胸がズキンと痛んだ。
「ふっ、オモチが必死な顔をして、俺の真似をするのが面白くて、ちょっとふざけてみたが、こうやって切ってから食べるのも、悪くないな」
ふざけてたの? 私がパッと顔をあげると、セルさんはクスクスと笑った。いつも通りの大人なセルさんだ。彼が私に依存しているようには、見えない。私を必要としているなんて……。
私は、ロッコロッコ星の料理を食べることに集中した。測定アプリの測定方法のことは、いったん忘れよう。
「そういえば、測定アプリの測定方法は何だったんだ? サリィさんに言われて、問い合わせをしたんだろう?」
「えっ? あー、はい」
どうしよう。本人に話すべきこと?
「あー、悪い。知られたくないよな。俺としては、オモチにどう思われていたのか、少し気になっただけだ」
セルさんは、まさか自分達が測定されていたなんて、思いもしないよね。うん、これは、話せない。




