1-4デルフトの火薬庫
遠くには教会の尖塔が見え、通りには色鮮やかな陶器が並べられた陶器工房が立ち並ぶ。
赤茶色の屋根は柔らかな夕日を受け、赤が際立って見えた。
またオレンジ色の光が、運河の水面に落ち、金色の色を撒いたかのように輝いていた。
アトリエを出てから、ラデリアとヨハネスはデルフトの街を見て回った。
教会、運河、他の画家のアトリエ等、街を案内してもらい、ラデリアの拠点としている宿へ向かっている途中だった。
どうも案内中にヨハネスがラデリアを観察しているようだったが、気にしないことにした。
ふと気づくと、樽を運んでいる荷馬車が一台、分厚い木の扉の前に止まっていた。
男達は、慣れた様子で荷台から樽を降ろしていくが、扱いが雑なのは遠目からでもわかった。
大きな音を立てて運ぶ、樽が転がって、地面に落ちても気にしない。
ラデリアは思わず足を止めた。樽の側面には火薬を示す刻印がある。木の継ぎ目から、黒い粉がわずかにこぼれているのが見えた。
「大丈夫なんですか、あれ」
ラデリアが思わず口にすると、ヨハネスは少し困ったように笑った。
「まあ……戦争終わってから使われることも少なくなったし。いつもこう」
ヨハネスの言葉に、ラデリアは、少し不安を感じた。
宿へ向かう途中、街道が二つに分かれる場所に差し掛かった。
片方は宿へ続く石畳の道、もう片方はヨハネスの家へ向かう通りだった。
「今日はありがとうございました」
ラデリアはヨハネスへお礼を言い、別れて、宿へと向かった。
「…私に何か用ですか?」
比較的治安が良い街だが、それでもゴロツキは居る。
後ろから近づいてくる男の影に気が付いて声を掛けた。
前からも男が二人来るのが見えた。手には短いながらも何かを持っているようだった。
「囲まれましたか」
影がじわりと近づいてくる。
「大声を出しますよ」とラデリアが牽制したが、男たちは足を止める気配はない。
「お嬢ちゃん、金目のものを出しな!」
「はぁ〜、治安は比較的良い街ですが、やはり女性一人では危ないですね」
ラデリアは、ため息をつくと、目を閉じ、息を吸った。
手を伸ばした男の目が一瞬戸惑ったのを見逃さなかった。
「ど、どこいきやがった!」
ラデリアは目の前に居る。だけど見えない。
いや「見えなくなっている」のだ。
数百年生きるエルフラデリアの能力、それは他人の認識を変容させる能力だった。
認識を弱くして姿を見えにくくすることも、認識を変容させて、他者を装うこともできた。
これで人間の社会に溶け込んで、色々なものを見てきた。
「助けてください!!暴漢です!!」
とラデリアは大声を出した。
その声は、狭い石畳の路地に反響し、
まるで何人もの声が重なったかのように響き渡った。
「ちっ!どこから声が、夜警が来るぞ!」
「逃げるぞ!」
ラデリアは、建物の壁の近くに立っていたが、男たちには「認識」されていなかった。
男たちは一目散に逃げて行った。
「やはり、声は武器になりますね。便利です」
彼女は何事もなかったかのように、ローブの裾を整えた。
しばらくして、数人の夜警とヨハネスが来てくれた。
ラデリアは、いつも通りに戻している。
「いや~、怖かったです。叫んだら、逃げて行ってくれて良かった」
にこにこしながら伝えるとヨハネスは安堵したように息を吐いた。
「無茶をするなよ。やはり宿まで送れば良かった」
「もう近いので大丈夫だと思います。……ただ、ありがとうございます」
ラデリア頭を下げた。
人間の社会に溶け込むための“姿”でありながら、
こうして向けられる善意は、やはり温かいとラデリアは思った。




