8話目
搬送車が瓦礫を踏み潰しながら旧市街を進んでいく。
窓の外に広がるのは、崩壊した都市だった。
倒れた高層ビル。朽ちた看板。黒く染まった道路。文明の死骸だ。
車内で、ハヤテは腰の武器へ視線を落とした。右腰には見慣れた白銀の剣。
だが左腰にあるのは、以前使っていたエストックではない。やや短めの細剣型。鍔の形状も違う。
「結局、代用品か」
「そりゃ爆散したんだから当たり前でしょ」
向かいに座るアヤメが呆れたように言った。
「整備士、めちゃくちゃ騒いでたわよ。“貴重な武器が!”って」
「俺の心配ゼロじゃねぇか」
「マガツキ化できる武器なんてそう無いもの。それに対してアンタは生きてるじゃない」
それもそうか、と肩を竦める。
武器はマガツキ素材から作られる。特に高出力型は素材も加工技術も希少だ。
同じものを即座に用意できるほど、人類に余裕はない。
「感覚違わない?」
「まぁな。出力も少し落ちる」
「よくそれで前線来るわね」
「慣らしには丁度いい任務だろ」
腕は確かなスナイパーと名実ともに凄腕の大ベテラン。戦力としては過剰だ。
「経立絡みで?」
「戦力を考えれば、差し引いて丁度いい」
「あら、褒められたのかしら?」
アヤメが呆れたように笑う。その奥。搬送車の壁にもたれ掛かっていた男が口を開いた。
「武器ならいい。武器だけならな」
「は?」
「死んでも戦えなんて言われるが、死んだら終わりだ。それ以上はありえない」
シドウだった。空気を重たくするような事をなんでもないように言う。大剣を抱えたまま欠伸をしている。
「縁起悪いこと言うなよ」
「事実だ」
本当にこの男、空気を読まない。
『皆さん聞こえますか? 通信、レーダー共に正常です』
インカムからミヤの声が入る。
「お、今日は随分落ち着いてるな」
『そ、そうですか?』
「前回よりはな」
一瞬だけ沈黙。だがすぐに、
『……頑張ってますので』
少しだけ照れ臭そうな声が返ってきた。ハヤテは小さく笑う。
「上出来だ。ま、無理でも責めねぇよ。キツイ仕事さ」
『はい』
その返事は以前よりしっかりしていた。搬送車が減速する。
窓の外には崩壊した高速道路。傾いたビル群。植物すらまともに育たない黒い地面。人類は生き延びている。だが、世界はもう死んでいた。
『前方二百メートル地点、反応確認』
ミヤの声がインカムへ入る。
『小型三、中型一。進行方向右側の建物内です』
「数は少ないな」
「偵察任務だしな」
シドウが立ち上がる。
「軽く潰して進むぞ」
搬送車が停止した。後部ハッチが開く。
灰色の風が吹き込んだ。
「アヤメ、上取れる?」
「任せて」
彼女は近くの崩壊したビルへワイヤーを撃ち込み、そのまま軽々と飛び上がっていった。
「相変わらず猿みたいな機動力」
「近接脳筋には言われたくない」
通信越しに返事が来る。
ハヤテは双剣を抜いた。右の白銀剣。左の代用品。
微妙な重量差がまだ手に馴染まない。
「……やりづれぇ」
「実戦で慣らせ」
シドウが大剣を肩へ担ぐ。
「死ぬ前には慣れろ。死ぬまでは面倒見てやる」
「励まし方終わってんな」
搬送車から降りる。乾いた風が頬を撫でた。
その瞬間。割れた窓から犬型のマガツキが飛び出してくる。
「ガァッ!!」
ハヤテが一歩前へ出る。だが、それより早く。
「邪魔」
シドウの大剣が横薙ぎに振るわれた。空気が震える。直後、飛び込んできたマガツキの上半身が消えた。
「……ちょ、いや」
思わず目を瞬かせる。斬った、ではない。潰した圧倒的な質量と膂力で。
「相変わらず無茶苦茶だな」
「そうか?」
「武器の分類がおかしいだろ。せめて切れよ」
「死ねば同じだ」
絶対違う。その間にも奥から二体のサルガミが飛び出す。
「そっちは任せた」
「へいへい」
右のサルガミへ接近。振り下ろされる腕を潜り抜け、膝裏を斬る。
体勢が崩れた瞬間、首へ双剣を滑らせた。
だが。
「チッ」
左の剣が僅かに致命傷を逃す。
感覚のズレ。その一瞬でサルガミが暴れた。
銃声。直後、頭部が弾け飛ぶ。
『ナイスフォロー感謝しなさい』
「……悪い、助かった」
『素直でよろしい』
アヤメの笑い声が通信越しに響く。その時だった。
『……待ってください』
ミヤの声色が変わった。
『反応増加。中型反応がさらに五……いえ、七』
「増えすぎだろ」
『しかも動きが変です』
「変?」
『普通なら散開して接近するはずなのに、まとまって動いてます』
嫌な沈黙が落ちた。マガツキは基本的に単純な生き物だ。見つければ襲う。それだけ。だが、今の反応は違う。
「統率されてる?」
『そう見えます』
シドウがゆっくり周囲を見回す。大剣を握る手が僅かに強くなった。
「……来るぞ」
直後。崩れたビルの上から、複数の赤い目がこちらを覗いた。
だが飛び込んでこない。距離を保ったまま、こちらを見ている。
「気持ち悪ぃな」
ハヤテが眉を寄せる。その瞬間。
『上です!!』
ミヤの叫び。反射的に見上げる。崩壊した高架道路の裏側。
そこに、人型の何かが張り付いていた。
細長い手足。黒い身体。
顔の中央を走る、白い一本線。
そしてそれは――こちらを見ていた。
ありがとうございました!




