7話目
ライジュウの頭部から伸びる角を、博士は興味深そうに撫でていた。
「通常個体より発電器官が肥大化している。やはり経立化によって特性そのものが強化されている可能性が高いね」
「その割に嬉しそうだな」
「嬉しいとも。未知の発見だからね」
即答だった。
こいつは本当にこういう男だ。人類が滅びかけていようが、新発見の前では目を輝かせる。
「で、話を戻せよ。報告だろ?」
「そうだね。ただ、新たな仮説を思いついた。検証を兼ねて勉強会はまた次回にしようか」
博士は白衣のポケットから端末を取り出す。
「経立個体の反応が追加で確認された」
「……は?」
「しかも複数だ」
思わず眉間を押さえる。
「おいおい、最近多すぎだろ」
「同感だよ。だから上も少々慌て始めた」
モニターに表示された地図には、赤い点がいくつか浮かんでいた。基地外縁部。旧市街区画。
「今回は偵察兼間引きだ。活性化した地域の調査。大規模作戦ではない」
「なら俺ひとりでいいだろ」
「残念。病み上がりには自由はないよ。今回は合同任務だ」
「……面倒くせぇ」
「そう言うな。君の勉強にもなる」
嫌な予感しかしない。その時、ラボ内に電子音が響いた。
『ハヤテさん、至急第六ゲートへ集合してください』
「タイミング良すぎない?」
「私は何もしていないよ?」
絶対嘘だ。博士はにこにこと笑っている。
「それと、今回のオペレーターはミヤ君だ」
「……大丈夫なのか?」
博士が僅かに首を傾げる。
「何がだい?」
「いや、この前の件」
腹を貫かれ、死にかけた。
あれを自責と捉えていた。人の命重さを理解している人間にとって、それはかなりのトラウマものだ。特に新人なら。
「ああ、なるほど」
博士は納得したように頷いた。
「優しいじゃないか」
「うるせぇ」
「問題ないよ。少なくとも彼女は、自分から同行を希望した」
「……ならいいけど」
「人はそう簡単には壊れない」
博士はそう言って笑った。
「君もそうだろう?」
「俺は参考にならん」
ハヤテはため息を吐きながら立ち上がる。
「んじゃ行ってくる」
「ああ、頼んだよ」
「珍しく真面目だな」
「私はいつだって真面目だとも」
絶対嘘だ。
◆
第六ゲート前。大型搬送車の周囲には既に数人のハンターが集まっていた。
「お、問題児」
「誰がだ」
声を掛けてきたのは、長いライフルを背負った女性だった。灰色の長髪を後ろで束ね、片目だけスコープ型の補助機器を装着している。細身だが、立ち姿には妙な安定感があった。
「腹に穴開けて帰ってきたって聞いたけど?」
「運が悪かった」
「運で腹に空いてたら世話ないわ」
呆れたように肩を竦める。
「アヤメ。今回は狙撃支援担当」
「知ってる」
「そりゃどーも」
アヤメは軽く手を振った。その奥。搬送車の側面にもたれ掛かっている男へ視線が向く。大柄。無造作に伸びた黒髪。背中には、人一人を叩き潰せそうな大剣が背負われている。
そして何より。空気が重い。
「よう」
男が片手を上げた。
「……来てたのか」
「呼ばれたからな」
第1部隊、支部の精鋭を集めたエリート部隊その隊長。
ランク5。シドウ。ハヤテより明確に格上のハンターだ。
「経立反応だってよ」
「最近多いな」
「だな」
シドウは欠伸混じりに返した。緊張感がない。
だが、それが逆に恐ろしい。本当に強い人間は、死地にも慣れている。
『み、皆さん聞こえますか?』
インカムからミヤの声が聞こえた。
『通信、レーダー共に正常です!』
「お、頑張ってる新人」
『アヤメさん!?からかわないでください!』
アヤメが吹き出す。
少し硬かった空気が和らいだ。
「ミヤ」
『は、はい!』
「無理そうなら言えよ」
一瞬、通信越しに沈黙が落ちる。
『……大丈夫です』
少しだけ間があった。ハヤテは小さく息を吐く。
「ならいい」
『ご心配おかけしました』
「別に心配してねぇよ」
『今してましたよね?』
「気のせいだ」
通信越しに小さな笑い声が聞こえた。
「よし、ミヤ。今回はどの辺まで行くんだ?」
『旧市街東ブロックです。最近マガツキの活動増加が確認されています』
ミヤが端末越しに説明を続ける。
『特に経立個体が確認された周辺で、小型から中型マガツキの出現数が増加傾向にあります』
「まぁ、いつものだな」
シドウが搬送車へ乗り込む。
「今回は偵察優先。遭遇したマガツキは適当に潰す」
「雑だなぁ」
「雑なくらいが丁度いい」
ハヤテも車両へ乗り込む。内部は薄暗かった。
鉄板剥き出しの簡素な空間。揺れる照明。外壁には無数の傷跡。何度も死地を往復してきた車両だ。
エンジン音と共に搬送車が動き出す。基地の重いゲートがゆっくり開いていった。
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