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裂界の帰還者  作者: 霞山 大和
遭遇偏
6/33

6話目

書けば書くほど、あの設定が矛盾するとか、なかなか難しいですね。プロットもうちょい書けばよかった。

 ラボの中は相変わらず明るすぎた。基地全体が薄暗いせいで余計に目が痛い。

「……ここだけ電力使いすぎだろ」

「必要経費だよ」

 博士は解体途中のライジュウを弄りながら軽く答えた。白衣には血痕。手元にはマガ濃度測定器やら、見たこともない器具やらが並んでいる。普通の人間なら近づくだけで嫌悪感を覚えそうな空間だ。

「で、改めて報告か?」

「うん。特に経立個体について詳しく聞きたい」

「教官に提出する内容と同じだぞ」

「私は私で聞きたいんだよ」

 ハヤテは近くの机に腰掛ける。博士は咎めなかった。代わりに、解体していたライジュウの頭部を持ち上げる。

「まず確認だ。君が感じた違和感は?」

「能力強化の範囲、それと駆け引き」

 即答だった。

「身体能力だけじゃない。攻撃のタイミングが妙だった」

「妙?」

「こっちの動きを理解してる感じだ。死角狙いもそうだし、右の剣が塞がるタイミングを狙ってた」

「ああ、なるほど」

 博士は楽しそうに笑った。嫌な笑い方だ。

「んー、知能が伸びているかな?やっぱり、身体強化だけではないと」

「やっぱり、ってことは想定済みか?」

「仮説段階ではね」

 博士はライジュウの頭を机に戻す。

「経立――学術的には“経年進化個体”。ふるだちは長く生存したマガツキが変質した存在だ」

「新人の座学でも習うな」

「教本では“能力の強化”とされているね」

「実際違うのか?」

「違うとは言わない。ただ、足りない」

 博士はモニターを操作する。画面に古い討伐記録が映し出された。

「経立が確認された地域では、周辺マガツキの行動が活発化する傾向がある」

「群れを作るのも?」

「確認例は少ないがね。今回の件は非常に興味深い」

「嬉しそうに言うなよ」

「嬉しいとも。未知は人類を前に進める」

 そう言って笑う顔は、やはり胡散臭い。だが同時に、本気だった。ハヤテはため息を吐く。

「……で?経立って結局なんなんだ」

「長生きしたマガツキだよ」

「さっきと変わらん。雑」

「事実さ」

 博士は悪びれもしない。

「マガツキは共食いをする。同種ですら争う。そんな環境で長期間生存した個体だ。当然、強い」

「自然淘汰の化け物版か」

「近いね」

 博士は椅子に腰掛ける。

「厄介なのはそこじゃない。経立が存在すると、周辺のマガツキ発生率が上がる」

「……増えるのか」

「活性化、と言うべきかな。縄張り争いも増えるし、行動範囲も広がる」

「最悪じゃねぇか」

「実際最悪だよ」

 軽い口調で返され、ハヤテは顔をしかめた。博士はふと真顔になる。

「だから各拠点は経立を嫌う」

 モニターに日本地図が表示される。点在する光点。

「今、人類が生存圏を維持できているのは、“安全地帯”があるからだ」

「神社とか寺とかの話か」

「そう」

 博士が頷く。

「古い宗教施設は比較的マガの侵食が弱い。理由は不明だがね」

「結界とか言われてるやつか」

「非科学的で私は嫌いな呼び方だけど、現象としては事実だ」

 地図上の光点の多くが、寺社仏閣の位置と重なっていた。

「だから人類はそこを中心に壁を築いた。街を作った。拠点化した」

「逆に新設拠点は脆い、と」

「維持コストも高い。だから地方ごとに点在する形になっている」

「海外は?」

「知らない」

 博士はあっさり言った。

「正確には、確認する手段がない。通信網は死んだ。海路も空路もほぼ壊滅。今の日本は孤島みたいなものさ」

「終わってんな」

「終わりかけている、かな」

 博士は少しだけ笑った。

「まだ滅んではいない」

 その言葉には妙な熱があった。ハヤテは少し視線を逸らす。こういう時の博士は苦手だ。冗談めかした態度のくせに、本気で人類の未来を信じている。

「で、マガツキの話は?」

「おや、興味あるのかい?」

「命懸けで戦ってる相手くらい知っときたい」

「優秀だ」

 博士は満足げに頷く。

「だが残念。分かっていることは少ない」

「おい」

「本当に少ないんだよ」

 博士は肩を竦めた。

「発生原因は不明。発生条件も曖昧。マガという物質そのものも、未解明部分が多い」

「感情がどうとかは?」

「一般論だね」

 博士が鼻で笑う。

「負の感情から発生する、という説だ」

「違うのか?」

「私は懐疑的だ。そもそも感情がどうなれば発生する?地面から生えてくるのか、空気中に急に現れる?どれも現実的じゃない」

「確かにな。でも、通説の根拠くらいはあるだろ?それはどう否定するんだ?」

 博士は少し黙った。それから、解体台のライジュウを見ながら口を開く。

「もしマガツキが本当に人類への悪意から生まれた存在なら――大神の拠点は真っ先に滅んでいる」

「……」

「人類最大の生存圏。人口密度も高い。感情も集まる。なら最優先で襲われるべきだ」

「でも実際は違う」

「そう」

 博士はお頷いた。

「襲撃はある。だが、執拗ではない」

「じゃあ目的は別にある?」

「少なくとも、人類抹殺そのものではないと私は考えている」

 ラボに僅かな沈黙が落ちる。

 機械音だけが響いていた。

「……博士、お前さ」

「うん?」

「何か知ってるだろ」

 その言葉に、博士は一瞬だけ目を細めた。だが次の瞬間には、いつもの胡散臭い笑みに戻る。

「さあ、どうかな」

「絶対隠してる顔だろそれ」

「研究者には秘密が付き物なんだよ」

「碌でもねぇ」

「褒め言葉として受け取っておこう」

 博士は立ち上がる。そして解体台のライジュウを軽く叩いた。

「とはいえ、君のおかげで面白いデータが取れた」

「人を素材みたいに言うな」

「安心したまえ。君は貴重品だ」

「余計怖ぇよ」

 博士は笑う。

「君が生きて帰ってきた。素晴らしいじゃないか」

「またそれか」

「人はまだ怪物に負けていない」

 赤いモニターの光が、博士の横顔を照らす。

「私はね、人類を信じているんだよ」

 その言葉だけは、冗談には聞こえなかった。

ありがとうございました!

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