6話目
書けば書くほど、あの設定が矛盾するとか、なかなか難しいですね。プロットもうちょい書けばよかった。
ラボの中は相変わらず明るすぎた。基地全体が薄暗いせいで余計に目が痛い。
「……ここだけ電力使いすぎだろ」
「必要経費だよ」
博士は解体途中のライジュウを弄りながら軽く答えた。白衣には血痕。手元にはマガ濃度測定器やら、見たこともない器具やらが並んでいる。普通の人間なら近づくだけで嫌悪感を覚えそうな空間だ。
「で、改めて報告か?」
「うん。特に経立個体について詳しく聞きたい」
「教官に提出する内容と同じだぞ」
「私は私で聞きたいんだよ」
ハヤテは近くの机に腰掛ける。博士は咎めなかった。代わりに、解体していたライジュウの頭部を持ち上げる。
「まず確認だ。君が感じた違和感は?」
「能力強化の範囲、それと駆け引き」
即答だった。
「身体能力だけじゃない。攻撃のタイミングが妙だった」
「妙?」
「こっちの動きを理解してる感じだ。死角狙いもそうだし、右の剣が塞がるタイミングを狙ってた」
「ああ、なるほど」
博士は楽しそうに笑った。嫌な笑い方だ。
「んー、知能が伸びているかな?やっぱり、身体強化だけではないと」
「やっぱり、ってことは想定済みか?」
「仮説段階ではね」
博士はライジュウの頭を机に戻す。
「経立――学術的には“経年進化個体”。ふるだちは長く生存したマガツキが変質した存在だ」
「新人の座学でも習うな」
「教本では“能力の強化”とされているね」
「実際違うのか?」
「違うとは言わない。ただ、足りない」
博士はモニターを操作する。画面に古い討伐記録が映し出された。
「経立が確認された地域では、周辺マガツキの行動が活発化する傾向がある」
「群れを作るのも?」
「確認例は少ないがね。今回の件は非常に興味深い」
「嬉しそうに言うなよ」
「嬉しいとも。未知は人類を前に進める」
そう言って笑う顔は、やはり胡散臭い。だが同時に、本気だった。ハヤテはため息を吐く。
「……で?経立って結局なんなんだ」
「長生きしたマガツキだよ」
「さっきと変わらん。雑」
「事実さ」
博士は悪びれもしない。
「マガツキは共食いをする。同種ですら争う。そんな環境で長期間生存した個体だ。当然、強い」
「自然淘汰の化け物版か」
「近いね」
博士は椅子に腰掛ける。
「厄介なのはそこじゃない。経立が存在すると、周辺のマガツキ発生率が上がる」
「……増えるのか」
「活性化、と言うべきかな。縄張り争いも増えるし、行動範囲も広がる」
「最悪じゃねぇか」
「実際最悪だよ」
軽い口調で返され、ハヤテは顔をしかめた。博士はふと真顔になる。
「だから各拠点は経立を嫌う」
モニターに日本地図が表示される。点在する光点。
「今、人類が生存圏を維持できているのは、“安全地帯”があるからだ」
「神社とか寺とかの話か」
「そう」
博士が頷く。
「古い宗教施設は比較的マガの侵食が弱い。理由は不明だがね」
「結界とか言われてるやつか」
「非科学的で私は嫌いな呼び方だけど、現象としては事実だ」
地図上の光点の多くが、寺社仏閣の位置と重なっていた。
「だから人類はそこを中心に壁を築いた。街を作った。拠点化した」
「逆に新設拠点は脆い、と」
「維持コストも高い。だから地方ごとに点在する形になっている」
「海外は?」
「知らない」
博士はあっさり言った。
「正確には、確認する手段がない。通信網は死んだ。海路も空路もほぼ壊滅。今の日本は孤島みたいなものさ」
「終わってんな」
「終わりかけている、かな」
博士は少しだけ笑った。
「まだ滅んではいない」
その言葉には妙な熱があった。ハヤテは少し視線を逸らす。こういう時の博士は苦手だ。冗談めかした態度のくせに、本気で人類の未来を信じている。
「で、マガツキの話は?」
「おや、興味あるのかい?」
「命懸けで戦ってる相手くらい知っときたい」
「優秀だ」
博士は満足げに頷く。
「だが残念。分かっていることは少ない」
「おい」
「本当に少ないんだよ」
博士は肩を竦めた。
「発生原因は不明。発生条件も曖昧。マガという物質そのものも、未解明部分が多い」
「感情がどうとかは?」
「一般論だね」
博士が鼻で笑う。
「負の感情から発生する、という説だ」
「違うのか?」
「私は懐疑的だ。そもそも感情がどうなれば発生する?地面から生えてくるのか、空気中に急に現れる?どれも現実的じゃない」
「確かにな。でも、通説の根拠くらいはあるだろ?それはどう否定するんだ?」
博士は少し黙った。それから、解体台のライジュウを見ながら口を開く。
「もしマガツキが本当に人類への悪意から生まれた存在なら――大神の拠点は真っ先に滅んでいる」
「……」
「人類最大の生存圏。人口密度も高い。感情も集まる。なら最優先で襲われるべきだ」
「でも実際は違う」
「そう」
博士はお頷いた。
「襲撃はある。だが、執拗ではない」
「じゃあ目的は別にある?」
「少なくとも、人類抹殺そのものではないと私は考えている」
ラボに僅かな沈黙が落ちる。
機械音だけが響いていた。
「……博士、お前さ」
「うん?」
「何か知ってるだろ」
その言葉に、博士は一瞬だけ目を細めた。だが次の瞬間には、いつもの胡散臭い笑みに戻る。
「さあ、どうかな」
「絶対隠してる顔だろそれ」
「研究者には秘密が付き物なんだよ」
「碌でもねぇ」
「褒め言葉として受け取っておこう」
博士は立ち上がる。そして解体台のライジュウを軽く叩いた。
「とはいえ、君のおかげで面白いデータが取れた」
「人を素材みたいに言うな」
「安心したまえ。君は貴重品だ」
「余計怖ぇよ」
博士は笑う。
「君が生きて帰ってきた。素晴らしいじゃないか」
「またそれか」
「人はまだ怪物に負けていない」
赤いモニターの光が、博士の横顔を照らす。
「私はね、人類を信じているんだよ」
その言葉だけは、冗談には聞こえなかった。
ありがとうございました!




