5話目
ちょっと設定やらを見直したので、誤字や急に飛ぶところは報告ください。直しきれてない場所と思いますので。
医務室の扉が閉まる。
消毒液の匂いが遠ざかり、代わりに油と鉄の臭いが鼻についた。
「……戻ってきたな」
左腕にはまだ包帯が巻かれている。脇腹の傷も塞がりきってはいない。歩ける程度まで回復しただけだ。
本来なら安静。だが、ハンターにそんなものは存在しない。
死んでいなければ復帰可能。数日後には出撃。それがこの世界の基準だ。ポケット端末を確認する。
博士からのメッセージは一文だけ。
『起きたらラボへ来たまえ』
「絶対安静の患者呼びつける内容じゃねぇだろ……」
ため息を吐きながら通路を進む。基地内は薄暗かった。
節電のため、照明は最低限しか生きていない。点滅を繰り返す蛍光灯が、コンクリートの壁を青白く照らしている。
遠くから機械音が響いていた。空調ではない。大型浄化装置の駆動音だ。
マガを含んだ空気を濾過し続ける、安全装置。あれが止まれば、人類は滅亡……と言うほどでは無いが、マガ濃度が高くなればマガツキが発生する。詳しくは学者にでも聞いてくれ。
角を曲がったところで、小さな子供と目が合った。少女は足を止め、じっとこちらを見る。
その後ろにいた母親らしき女性が、慌てて肩を抱き寄せた。
「こら、見ちゃだめ」
「え……?」
「行くわよ」
引っ張られるように去っていく。少女だけが最後までこちらを見ていた。憧れではない。恐怖とも少し違う。化け物を見る目。
「……まあ、そうだよな」
ハンターは人類を守る。
同時に、人間を壊して作られた存在でもある。薬物投与、遺伝子操作、人体改造。
そうしなければマガツキに対抗できなかった。
人類が生き残るために生み出した、人類ではない何か。それがハンターだ。全員がそうではないが、毛嫌いする人も多い。通路脇では、毛布にくるまった避難民たちが眠っている。
基地の居住区画はとっくに限界だった。壁には張り紙。
『配水制限中』『第三区画閉鎖』『外壁補修遅延』
どれも見慣れたものだ。誰も気に留めない。それが日常だから。
食堂前を通る。配給の列ができていた。だが会話はほとんどない。
金属トレイの擦れる音だけが静かに響いている。壁のモニターに本日の配給内容が映されていた。
・栄養粥
・培養蛋白
・ビタミン剤
そしてその下。
『限定:ナポリタン風味』
「まだやってたのか」
思わず呟く。配給係が顔を上げた。
「あ、生きてたんですね」
「第一声それ?」
「ライジュウ相手って聞いたんで」
「失礼だな」
「飲みます?ナポリタン」
赤い缶を掲げられる。
「遠慮しとく」
「結構人気なんですよ」
「何でだよ」
「甘いので」
その返答に、少しだけ黙る。
甘味。それだけで価値になる時代だ。
ふと、食堂の隅に目が向く。砂嵐のまま止まった古いテレビ。
その上には色褪せたポスター。青空、海、笑う家族。
『夏の旅行特集』
「……旅行、か」
今の子供たちは海を知らない。
青空を知らない。
基地の外にあるのは、灰色の世界とマガツキキだけだ。
食堂を抜け、武器整備区画へ向かう。火花が散る。
油の臭い。削られる金属音。
その中で、数人のハンターたちが武器を整備していた。
こちらに気づいた男が笑う。
「お、生還者」
「縁起悪い呼び方すんな」
「腹に穴開けて帰ってくる方が悪い」
乾いた笑いが起きる。誰も元気ではない。
義手の調整をしている女。包帯だらけの男。咳を押し殺している若いハンター。
まともな身体の方が少ない。
「ライジュウは?」
「速かった」
「経立か」
「たぶんな」
空気が少しだけ重くなる。整備していた男がぽつりと漏らした。
「東側の補給路、また潰れたらしいぞ」
「第三外壁も損傷中だ」
「修復材が足りねぇって話だな」
「生存者は?」
「通信途絶」
淡々とした会話。誰も希望を口にしない。希望は、もう贅沢品だ。
「景気悪いな」
「良い話なんて、博士の研究報告くらいだろ」
「それはそれで怖ぇよ」
笑い声が上がる。だが長くは続かない。区画の隅には黒い袋が二つ並んでいた。
誰も見ない。誰も触れない。ただそこにある。明日、自分が入るかもしれない袋だ。
ハヤテは視線を外し、そのまま歩き出した。ラボ区画前。重い隔壁の横には警告表示が並んでいる。
『高濃度マガ汚染注意』『危険区域』『許可なき立ち入り禁止』
そして、その下に雑な字で貼り紙。
『実験動物に餌を与えないでください』
「……俺のことか?」
『違うとも』
天井スピーカーから博士の声が響く。
『君は貴重な観察対象だ』
「余計悪ぃよ」
駆動音を立て、隔壁が開く。ラボの中だけが異様に明るかった。赤く点滅するモニター。
解体途中のライジュウ。積み上がる資料。そして白衣姿の博士。
いつもの胡散臭い笑みを浮かべている。
「やあ、生還おめでとう」
「どうも」
「安心したよ」
「実験動物が死んだら困るもんな」
すると博士は肩を竦め、小さく笑った。
「もちろん困るとも」
軽薄な調子のまま、博士は続ける。
「だがそれ以上に――君は人類の損失だからね」
ハヤテは少しだけ目を細めた。博士はふざけた男だ。胡散臭く、何を考えているか分からない。
だが時折、こういう顔をする。本気で、人類の未来を信じている顔を。博士はライジュウの死骸へ視線を向ける。
「君が生きて帰ってきた。素晴らしいじゃないか」
「何が」
博士は笑った。
「人はまだ、怪物に負けていないという証明だよ」
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