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裂界の帰還者  作者: 霞山 大和
遭遇偏
5/33

5話目

ちょっと設定やらを見直したので、誤字や急に飛ぶところは報告ください。直しきれてない場所と思いますので。

 医務室の扉が閉まる。

 消毒液の匂いが遠ざかり、代わりに油と鉄の臭いが鼻についた。

「……戻ってきたな」

 左腕にはまだ包帯が巻かれている。脇腹の傷も塞がりきってはいない。歩ける程度まで回復しただけだ。

 本来なら安静。だが、ハンターにそんなものは存在しない。

 死んでいなければ復帰可能。数日後には出撃。それがこの世界の基準だ。ポケット端末を確認する。

 博士からのメッセージは一文だけ。

『起きたらラボへ来たまえ』

「絶対安静の患者呼びつける内容じゃねぇだろ……」

 ため息を吐きながら通路を進む。基地内は薄暗かった。

 節電のため、照明は最低限しか生きていない。点滅を繰り返す蛍光灯が、コンクリートの壁を青白く照らしている。

 遠くから機械音が響いていた。空調ではない。大型浄化装置の駆動音だ。

 マガを含んだ空気を濾過し続ける、安全装置。あれが止まれば、人類は滅亡……と言うほどでは無いが、マガ濃度が高くなればマガツキが発生する。詳しくは学者にでも聞いてくれ。

 角を曲がったところで、小さな子供と目が合った。少女は足を止め、じっとこちらを見る。

 その後ろにいた母親らしき女性が、慌てて肩を抱き寄せた。

「こら、見ちゃだめ」

「え……?」

「行くわよ」

 引っ張られるように去っていく。少女だけが最後までこちらを見ていた。憧れではない。恐怖とも少し違う。化け物を見る目。

「……まあ、そうだよな」

 ハンターは人類を守る。

 同時に、人間を壊して作られた存在でもある。薬物投与、遺伝子操作、人体改造。

 そうしなければマガツキに対抗できなかった。

 人類が生き残るために生み出した、人類ではない何か。それがハンターだ。全員がそうではないが、毛嫌いする人も多い。通路脇では、毛布にくるまった避難民たちが眠っている。

 基地の居住区画はとっくに限界だった。壁には張り紙。

『配水制限中』『第三区画閉鎖』『外壁補修遅延』

 どれも見慣れたものだ。誰も気に留めない。それが日常だから。

 食堂前を通る。配給の列ができていた。だが会話はほとんどない。

 金属トレイの擦れる音だけが静かに響いている。壁のモニターに本日の配給内容が映されていた。

 ・栄養粥

 ・培養蛋白

 ・ビタミン剤

 そしてその下。

『限定:ナポリタン風味』

「まだやってたのか」

 思わず呟く。配給係が顔を上げた。

「あ、生きてたんですね」

「第一声それ?」

「ライジュウ相手って聞いたんで」

「失礼だな」

「飲みます?ナポリタン」

 赤い缶を掲げられる。

「遠慮しとく」

「結構人気なんですよ」

「何でだよ」

「甘いので」

 その返答に、少しだけ黙る。

 甘味。それだけで価値になる時代だ。

 ふと、食堂の隅に目が向く。砂嵐のまま止まった古いテレビ。

 その上には色褪せたポスター。青空、海、笑う家族。

『夏の旅行特集』

「……旅行、か」

 今の子供たちは海を知らない。

 青空を知らない。

 基地の外にあるのは、灰色の世界とマガツキキだけだ。

 食堂を抜け、武器整備区画へ向かう。火花が散る。

油の臭い。削られる金属音。

 その中で、数人のハンターたちが武器を整備していた。

 こちらに気づいた男が笑う。

「お、生還者」

「縁起悪い呼び方すんな」

「腹に穴開けて帰ってくる方が悪い」

 乾いた笑いが起きる。誰も元気ではない。

 義手の調整をしている女。包帯だらけの男。咳を押し殺している若いハンター。

 まともな身体の方が少ない。

「ライジュウは?」

「速かった」

「経立か」

「たぶんな」

 空気が少しだけ重くなる。整備していた男がぽつりと漏らした。

「東側の補給路、また潰れたらしいぞ」

「第三外壁も損傷中だ」

「修復材が足りねぇって話だな」

「生存者は?」

「通信途絶」

 淡々とした会話。誰も希望を口にしない。希望は、もう贅沢品だ。

「景気悪いな」

「良い話なんて、博士の研究報告くらいだろ」

「それはそれで怖ぇよ」

 笑い声が上がる。だが長くは続かない。区画の隅には黒い袋が二つ並んでいた。

 誰も見ない。誰も触れない。ただそこにある。明日、自分が入るかもしれない袋だ。

 ハヤテは視線を外し、そのまま歩き出した。ラボ区画前。重い隔壁の横には警告表示が並んでいる。

『高濃度マガ汚染注意』『危険区域』『許可なき立ち入り禁止』

 そして、その下に雑な字で貼り紙。

『実験動物に餌を与えないでください』

「……俺のことか?」

『違うとも』

 天井スピーカーから博士の声が響く。

『君は貴重な観察対象だ』

「余計悪ぃよ」

 駆動音を立て、隔壁が開く。ラボの中だけが異様に明るかった。赤く点滅するモニター。

 解体途中のライジュウ。積み上がる資料。そして白衣姿の博士。

 いつもの胡散臭い笑みを浮かべている。

「やあ、生還おめでとう」

「どうも」

「安心したよ」

「実験動物が死んだら困るもんな」

 すると博士は肩を竦め、小さく笑った。

「もちろん困るとも」

 軽薄な調子のまま、博士は続ける。

「だがそれ以上に――君は人類の損失だからね」

 ハヤテは少しだけ目を細めた。博士はふざけた男だ。胡散臭く、何を考えているか分からない。

 だが時折、こういう顔をする。本気で、人類の未来を信じている顔を。博士はライジュウの死骸へ視線を向ける。

「君が生きて帰ってきた。素晴らしいじゃないか」

「何が」

 博士は笑った。

「人はまだ、怪物に負けていないという証明だよ」

ありがとうございます!日々PVが増えているのを見て嬉しく思います。励みになります!

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