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裂界の帰還者  作者: 霞山 大和
遠征編
43/44

43話目

 訓練場に乾いた音が響いた。

 ドッ。

 ユウトの身体が地面を転がる。

「ぐっ……!」

 受け身を取る。

 だが立ち上がる前に影が落ちた。

「遅い」

 アオバ教官だった。木刀が首元へ突き付けられる。

「今死んだ」

 ユウトは奥歯を噛み締めた。返す言葉がない。

 その通りだからだ。

「もう一回」

 立ち上がる。構える。踏み込む。そして三秒後には転がっていた。

「だから遅い」

 アオバ教官がため息を吐く。

「考えてから動くな」

「でも……」

「死ぬぞ」

 即答だった。ユウトは口を閉じる。

 死ぬ。その言葉だけは重かった。最近嫌というほど見たからだ。

 あの黒い巨体。地面を砕く前脚。そしてその前に立っていた男。

「……」

 自然と視線が落ちる。

 それを見て教官が眉をひそめた。

「何だ」

「俺」

 言葉が出る。

「何もできませんでした」

 訓練場に風が吹く。

「副隊長も」

「ナツメさんも」

「ハヤテさんも」

 全員戦っていた。

 自分だけが追い付いていなかった。

「そうだな」

 否定はなかった。ユウトが顔を上げる。だが教官の表情は変わらない。

「何もできなかったんです」

「だから?」

「え」

「何もできないから辞めるか?」

 ユウトは首を振る。

「じゃあ何だ」

 木刀が肩へ乗せられる。

「できるようになれ」

 それだけだった。

「最初からできる奴なんか居ない」

 アオバ教官が視線を遠くへ向ける。

「アイツもそうだ」

 アイツ。

 誰を指しているか分かった。

「ハヤテさんが?」

「ああ」

 意外だった。

 最初から強かったと思っていた。

「あのバカは一人で何とかできると思っている」

 短い言葉だった。

「だから今も死にかけてる」

 少しだけ。ほんの少しだけ。

 教官が苦そうな顔をした。

「まったく進歩せん」

 ぼそりと呟く。

 その顔は教官というより。心配する大人の顔だった。



医務棟。

 ミヤは病室の前で立ち止まっていた。

 手には見舞い用に買った栄養ゼリー。

 それを持ったまま十分近く動けない。

「……」

 扉の向こうにいる。それは分かっている。

 だが実感が無かった。

 それなのに自分はあの戦場を知らない。知らないまま終わった。オペレーターとして少しでも力にと思っていたが、結果は通信機器の通信距離限界でモニターを見るだけ。

「入らないの?」

 後ろから声。振り返る。

 レイナだった。

「副隊長……」

「見舞いでしょ」

「えっと……」

 否定できない。

 レイナはため息を吐いた。

「なら入りなさい」

「でも」

「別に何があるわけじゃないでしょ」

 そう言って先に扉を開く。

 病室は静かだった。

 機械音だけが響いている。

 ベッドの上。ハヤテが眠っていた。

 包帯だらけ。顔色も悪い。

 それでも死んでいるようには見えなかった。

「ほんとに毎回ボロボロになってますね」

 思わず漏れる。

「ハンターなんてこんなもんよ。こいつは特にだけど」

 レイナが自嘲気味笑う。何が部隊の戦い方を教えるとか、助けられてる事実に腹が立つ。

「格好つけすぎなのよ」

レイナの震える声をミヤはそれを否定しない。

そして、少し迷ってから言う。

「何もしてないんです」

 レイナが黙る。

「皆さんが戦っている時も」

「逃げている時も」

「私は基地に居て」

 唇を噛む。

「何も知らなかった」



 研究棟。

 博士は机に広げた地図を見ていた。

 赤い印が並んでいる。

 オニグマの痕跡。そして過去の資料。

「……妙だね」

 独り言。移動経路が繋がらない。縄張りが広すぎる。行動原理も不明。

「熊として生態を考えると無理がある」

 当たり前の結論。相手はマガツキだ。

「だが、それだとしても目的が見えない。完全に縄張りを作っている訳では無い」

 答えは出ない。資料を閉じる。

 視線が窓へ向いた。

 夕暮れだった。

 基地はいつも通り動いている。

 誰かが訓練している。誰かが整備している。誰かが巡回している。

 日常は続いている。

 それでもどこか欠けている気がした。

「困ったね」

 博士は苦笑する。

「思った以上に代わりが居ない」

 それは戦力の話ではなかった。

 もっと別の基地の空気そのものの話だった。

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