42話目
遠征から帰還してから2日後。
会議室の空気は重かった。誰も口を開かない。
テーブルを囲むのはレイナ、ナツメ、ユウト。
そして部屋の前に立つ白衣の男。博士だった。
机の上には資料が山積みになっている。
「まず先に」
博士が口を開いた。
「ハヤテ君は一命を取り留めた」
その一言でユウトの肩から力が抜ける。
レイナも表情こそ変えないが、わずかに視線を落とした。
「ただし」
博士は続ける。
「まだ目を覚ましていない」
静寂。
今度は誰も安堵しなかった。
「医務班の見立てでは命に別状はない。ただし覚醒時期は不明」
言葉を選んでいる。
それが逆に状況の重さを物語っていた。
「安心したまえ」
博士が肩を竦める。
「彼のことだ。どうせ目を覚ました瞬間に飯を要求する」
誰も笑わない。
博士も期待していなかったらしい。
「さて、本題だ」
照明が落ちる。
スクリーンに映し出されたのは黒い巨体。会議室の空気がさらに重くなった。
「本部から情報が開示された」
ユウトが顔を上げる。
「本部?」
「そう、本部。問い合わせたのは支部長だ」
博士が資料を切り替える。
「その結果、極秘指定になっていたデータの一部が開示された」
「極秘……」
「私も同じ感想だよ」
博士はため息を吐いた。
「こんな危険な個体の情報を隠していた理由は理解できない」
その一言でレイナの目が細くなる。
責任問題。だが今は後回しだ。
オニグマ。大型の中でも危険な種で間違いないだろう。
遭遇件数。帰還件数。討伐記録。次々と情報が開示される。ただ、それらは既に既知に近いものだった。
「少ないですね」
ユウトが呟く。
「遭遇しても帰れないからだ」
博士が即答した。会議室が静まる。
「討伐成功例はある」
画面が切り替わる。
複数支部合同。大規模作戦。大型火器投入。包囲網構築。どれも尋常ではない戦力だった。
「最低でも複数部隊規模」
レイナが息を吐く。
「最初から勝負になってなかったってことね」
「そういうことだ」
「さらに問題がある」
博士が別の資料を開く。
三年前の交戦記録。
「本部所属部隊が接触」
隊員名。編成。結果。
「ランク5が一名戦死」
ユウトが息を呑む。
シドウ級。
そう言われた方が分かりやすい。そんな人間が死んでいる。
「討伐失敗」
博士は淡々と続けた。
「以後消息不明」
その後もスライドしていく資料を眺めていく。
「妙ですね」
それ誰よりも熱心に見ていたナツメが口を開く。
「今回の個体です」
博士が頷く。
「途中から動きが変わった」
「私も感じた」
レイナが答える。
「後半の方が速かった」
「成長ですか?」
ユウトが聞く。
「違う」
博士は即答した。
「そして三年前の記録にも同じ記述がある」
戦闘時間経過に伴い危険度上昇。その一文が表示される。
「理由は不明」
怒り。興奮。別要因。結論は出ていない。
ただ一つだけ確かなことがある。
「長引くほど危険になる」
誰も反論しなかった。
「そして最後だ」
北海道地図が映る。各地に赤い印。
「これは?」
「痕跡だ」
博士が答える。
「先の資料で消息不明となっているのは北海道だ。つまり、同一個体の可能性がある」
会議室の空気が凍る。
「だけど同一なら移動速度がおかしい」
「じゃあ、別個体なら?」
ユウトが聞く。
「北海道にあのオニグマクラスが複数存在することになる」
誰も言葉を失った。
一体でも災害。複数なら戦略級脅威。
しばらく沈黙が続いた。最初に口を開いたのはレイナだった。
「で?」
博士を見る。
「結局どうするの」
会議室の視線が集まる。博士は少しだけ笑った。
「いい質問だ」
資料を閉じる。
「支部長は不在」
「ハヤテ君は寝たまま」
「本部は当てにならない」
そして。
「それでもオニグマは生きている」
誰も否定できない。だから博士は言った。
「討伐準備を開始する」
ユウトが顔を上げる。
「今の戦力でですか?」
「今の戦力だからだよ」
博士は真顔だった。
「次に遭遇した時、何も準備していなければ今度こそ死人が出る」
その言葉に誰も反論できない。
あの日、全員が見た。あと一歩で全滅だった。
「各自、情報収集と戦力確認に入る」
博士が支部長代理として告げる。
「これは命令だ」
会議室に緊張が走る。
オニグマ戦は終わった。
だが討伐は終わっていない。
むしろ、ここからが始まりだった。




