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裂界の帰還者  作者: 霞山 大和
遠征編
41/44

41話目

 ヘリのローター音が基地へ響く。

 ゴウゴウと風が吹き荒れ、砂埃が舞い上がる。

 レイナは機体が完全に停止する前に立ち上がった。

「医療班!」

 扉が開く。待機していた隊員達が駆け寄ってきた。真っ先に運び出されたのはハヤテだった。

「重症者一名!」

「止血済み!」

「意識は!?」

「飛んでる!」

 担架へ移される。その途中で一度だけ目が開いた。

「……飯」

「黙れ」

 即答だった。医療班の隊員が吹き出す。レイナは笑わなかった。

 本当に笑えなかった。

 あの状態でまだ冗談を言う余裕がある。だから余計に腹が立つ。

 担架が医務室へ消えていく。それを見届けたところで、ようやく足の力が抜けた。

「副隊長」

 声を掛けられる。

 振り返るとユウトだった。顔色が悪い。ナツメも壁にもたれ掛かっている。

 いつもなら絶対に見せない疲労だった。

「終わったな」

 ナツメが言う。

「まだ」

 レイナは首を振った。

「報告がある」

「真面目だな」

「仕事だから」

 そう返して歩き出そうとする。だが数歩進んだところでユウトが立ち止まった。

「……副隊長」

「何」

「ハヤテさん」

 続く言葉は分かっていた。

 レイナは足を止める。

「死ぬと思いました」

 小さな声だった。ナツメも何も言わない。

 ローター音だけが響いている。

「私もよ」

 レイナは答えた。

 自分でも驚くほどあっさりと。

「え」

「死ぬと思った」

 何度も。本当に何度も。オニグマの前脚を受けた時。

 ビルへ叩き込まれた時。通信越しに咳き込んだ時。使用禁止薬を打った時。

 全部だ。それでも生きていた。意味が分からないくらいに。それを当然であるかのような顔で。

「じゃあ何で……」

「何で残ったか?」

 ユウトが頷く。

 レイナは少しだけ考えた。答えは簡単だった。

「残らなきゃ全員死んでたから」

 それだけ。それ以上でも以下でもない。

 ユウトが黙る。納得した訳ではない。ただ理解したのだろう。

 ハンターという仕事の一面を。沈黙が落ちる。その時だった。

「戻ったか」

 低い声。三人が同時に振り返る。司令棟へ続く通路の先。一人の男が立っていた。

 シドウだった。

 相変わらず傷一つない。まるで訓練帰りみたいな顔でこちらを見ている。

 ユウトが反射的に背筋を伸ばした。ナツメも壁から身体を離す。

「シドウ隊長」

 レイナが呼ぶ。シドウは近付いてこない。ただ短く聞いた。

「結果は」

 レイナは答える。

「ネームドと接触」

「種類」

「オニグマ」

 僅かな沈黙。

「そうか」

 それだけだった。驚きもない。焦りもない。

 ただ事実として受け取っただけ。

「ハヤテは」

「医務室」

「生きてるな」

「ええ、まだね」

 レイナが頷く。シドウは小さく息を吐いた。

「ならいい」

 それだけ言うと踵を返す。司令棟へ向かって歩き始めた。

 ユウトが思わず声を上げる。

「あの!」

 シドウが足を止める。

「何だ」

「それだけ、ですか」

 言った瞬間、自分でも何を聞いているのか分からなくなったらしい。

 だがシドウは怒らなかった。

「何がだ」

「いや、その……オニグマですよ」

 言葉を探すユウトの代わりに、レイナが続ける。

「おそらくネームドよ」

「聞いた」

「それだけ?」

 シドウは振り返らない。

「結果は聞いた」

 淡々とした声。

「死者なし」

 そして続ける。

「なら今はそれで十分だ」

 そのまま歩き出す。呼び止める者はいなかった。数秒後には建物の向こうへ姿が消える。

 残された三人は顔を見合わせた。

「……何なんですか、あの人」

 ユウトが呟く。レイナは肩を竦めた。

「さあ」

 だが一つだけ分かることがある。シドウは驚いていなかった。

 オニグマという名前にも。ハヤテが重傷を負ったことにも。

 まるで何も大変だと思っていないように。死にかけた自分たちとは見ている世界が違う。

「行くわよ」

 レイナが歩き出す。

「報告書が先」

 ナツメが続く。

 ユウトも慌てて後を追った。オニグマ戦は終わった。

 だが終わっただけだ。何一つ解決していない。むしろここから先の方が厄介になる。

 そんな予感だけが、三人の胸に残っていた。

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