40話目
崩れた商店街を抜けた頃には、もう全員限界だった。
ハヤテは自分の足で走れていない。
レイナに肩を担がれ、半ば引き摺られるように進んでいた。
視界が揺れる。
呼吸をするだけで胸が痛い。肋骨だけじゃない。
腕も脚も悲鳴を上げている。それでも意識だけは無理やり繋いでいた。
止まれば終わる。本能がそう告げていた。
「見えた」
前方の高架道路。
その先に広場。救援ヘリの着陸予定地点。ナツメが短く告げる。
「あと三分」
「長いな」
レイナが吐き捨てる。
その声にも疲労が滲んでいた。
右脚はまだまともに動いていない。それでも立っている。この隊のリーダーだからだ。
ゴウッ。
遠くで何かが崩れる音。
全員が顔を上げる。嫌な沈黙。それを破ったのはレイナのつぶやきだった。
「……最悪」
ドォン。
また轟音。近い。確実に近付いている。
「来る」
ナツメが言った。誰も否定しない。ハヤテは死んだような顔でぽつり。
「しつこいな」
「好かれてるんじゃない?」
レイナが返す。
「かもな」
広場へ飛び出す。
その瞬間、空からローター音が聞こえ、全員が空を見上げる。
ヘリだ。救援。本当に来た。ユウトが力なく笑った。
「助かった……」
「まだ早い」
ナツメが即座に否定する。
その直後、背後で建物が吹き飛んだ。
オニグマだった。
黒い巨体。血塗れ。傷だらけ。それでも衰えた様子はない。
「ふざけんなよ」
ユウトの声が震える。
「なんでまだ動けるんだよ……」
答える者はいない。
ヘリが下降する。
あと少し。あと少しで届く。その時。オニグマが跳んだ。
巨大な影。一直線。着地点はヘリ。
「まずい!」
ナツメが叫ぶ。
パイロットも回避を試みる。
そんな中で真っ先に動いたのはレイナだった。
「させるかっての!」
立て続けに放たれた5発の弾丸がオニグマの体へ吸い込まれる。
だが止まらない。全員理解した。あれがぶつかれば終わる。全員死ぬ。
だから、ハヤテはポーチから使用禁止薬を取り出していた。博士の研究室から拝借した薬剤。昔使われていた劇薬の残り。無理やり身体を動かす代物。
代償も大きい。
迷いはなかった。
「ハヤテ!」
レイナが気付く。
「馬鹿!」
制止が飛ぶ。だが飲み込んだ。薬液が喉を焼く。
一瞬。心臓が止まった気がした。
次の瞬間。
ドクン。
全身へ熱が走る。
消えていた感覚が戻る。
痛みも。疲労も。全部。
「最悪だな。まじで最悪だ」
思わず笑った。さっきまで鉛のように感じていた身体が動く。
たしかにこれなら幾らでも戦えそうだ。ためらいなく地面を蹴る。
オニグマへ向かって。
「調子に乗りすぎだ」
双剣を構える。
そして、真正面からぶつかった。
衝撃。全身の骨が軋む。僅かに拮抗した後に押され始めた。
だがヘリへの追突は止めた。
一秒。
二秒。
その僅かな時間でヘリが高度を取る。
「乗れ!!」
ハヤテが叫ぶ。
レイナが歯を食いしばる。ユウトが叫ぶ。ナツメが振り返る。
それでも乗る。
ここで全滅を選ばない。
ヘリが浮く。
その瞬間。ハヤテの足が折れた。
「――っ」
力が抜ける。終わった。
そう思った。
だが、ワイヤーが飛んだ。ナツメだった。ハヤテの胴へ巻き付く。
「帰るぞ」
無感情な声。
次の瞬間に身体が宙へ引き上げられた。
オニグマの爪が足元を通過する。
あと数十センチ。
本当にそれだけだった。
ヘリの床へ転がり込む。
誰も喋らない。
ローター音だけが響く。下を見る。
オニグマがいた。広場の中央。見上げている。追ってはこない。
ただそこに立っていた。ハヤテはゆっくり息を吐く。
「……生きてるか」
「ギリギリ」
レイナが答えた。
「全員?」
「全員」
その言葉を聞いた瞬間。
意識が途切れた。




