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裂界の帰還者  作者: 霞山 大和
遠征編
38/44

38話目

 肺が潰れるような衝撃だった。

 避けた。そう思った。だが実際には避け切れていなかった。

 オニグマの前脚が脇腹を掠め、そのまま体ごと吹き飛ばされる。

 ゴウッ、と景色が流れた。

 次の瞬間にはビルの外壁へ叩き付けられ、コンクリートが砕け散る。

「――っ、がぁ……!」

 呼吸ができない。息を吸おうとしても肺が動かない。

 口の端から血が垂れる。立ち上がろうとして膝が折れた。

 視界が揺れる。最悪だ。体がもう言うことを聞かない。

 腕も脚も重い。出血のせいか。それとも単純な損傷か。どちらでもよかった。結果は同じだ。

 限界が近い。

 瓦礫を踏み砕く音が響く。オニグマだった。ゆっくりと近付いてくる。黒い毛皮。血に濡れた巨体。傷だらけだ。

 自分が付けた傷もある。

 レイナの銃撃。ナツメの援護。ユウトの一撃。

 全部残っている。

 だが、それだけだった。

 歩みは止まらない。速度も落ちない。

 むしろ。

「……速くなってるな」

 思わず漏れた。最初は大振りだった。力任せだった。

 だが違う。今は踏み込みが鋭い。振り抜きが短い。追撃も早い。戦っている内に分かる。こちらの動きを見ているわけじゃない。学習しているわけでもない。ただ最初より力を出している。

 それだけだ。

 だから余計に質が悪い。

「ふざけんな……」

 笑いそうになる。死にかけているのは自分なのに。今まで相手していたのは全力じゃなかった。

 そう思わせるだけの差があった。オニグマが前脚を持ち上げる。

 終わる。

 そう思った瞬間だった。


 パンッ!!


 乾いた銃声が響く。

 オニグマの頭が僅かに揺れた。レイナの銃声だ。

 続けて。

 シュッ!!ワイヤーが飛ぶ。ナツメだった。

 崩れかけたビルの鉄骨へ巻き付き、オニグマの肩を強引に引く。

 巨体が僅かに傾く。

 その隙に。

「おおおおおおお!!」

 ユウトが飛び込んだ。

 大剣が振り抜かれる。

 狙いは首。

 迷いのない一撃だった。


 ガギィンッ!!


 鈍い音。

 血は飛ぶ。だが首ではなく前脚の関節からだった。奇襲に対してしっかりと防御して見せたのだ。

ユウトの顔が青ざめる。オニグマが振り向いた。

 巨大な瞳。

 殺意。

 それだけで新人の体が固まる。

「ッ?!」

「ユウト!!」

 レイナの怒鳴り声。

 間に合わない。そう思った。

 だから、体が勝手に動いた。

「そっちは駄目だろ……!」

 痛む腕を無理やり振る。肩が悲鳴を上げる。

肋骨が軋む。それでも双剣を投げた。

 黒い刃がオニグマの顔面へ突き刺さる。巨体がこちらを向いた。

 成功だ。最悪の成功だった。

「ハヤテ!」

 レイナの声。

 無視した。

 そんな余裕はない。息を切らしながら周囲を見る。

 崩れた商店街。傾いたビル。折れかけた支柱。

 そして、積み上がった瓦礫。

「……レイナ」

「何」

「ビル落とせるか」

 一瞬の沈黙。すぐ理解したらしい。

「ナツメ」

「見てる」

 返事は早かった。既に確認していたのだろう。

「南側の二棟」

「支柱が死んでる」

「崩せる?」

「やれる」

 淡々とした返答。

 だが呼吸は荒い。見れば全員が逃げた時よりボロボロだった。おそらくオニグマが暴れて離れたマガツキ達と交戦したのだろう。ナツメも限界だった。

「待ってください!」

 ユウトが叫ぶ。

「それ俺達も巻き込まれませんか!?」

「巻き込まれる」

 ナツメが即答する。

「えっ」

「だから走る」

 レイナが言った。

 当たり前のように。

「崩れる前に逃げるの」

「簡単に言いますね!?」

「簡単じゃないわよ」

 レイナの額から汗が落ちる。脚は引きずっている。

 肩も上がっていない。それでも銃を構えていた。

「でも他に方法ある?」

 ユウトは答えられない。

 もうそれしか全員生き残る方法がないからだ。そもそもそれすらかけるにはあまりに確率が低い作戦だった。

 しかし、考える暇などない。オニグマが咆哮が聞こえる。

 ビルの窓ガラスが砕け、地面が震え、瓦礫が跳ねる。

 そして、巨体が再び踏み込んだ。

「準備!」

 レイナが叫ぶ。ナツメがワイヤーを撃つ。

 ユウトが大剣を握る。ハヤテは血を吐きながら立ち上がる。

 全員満身創痍だった。

 それでも、まだ誰も諦めていない。

 迫る黒い暴力を睨みながら。崩れかけたビル群へ向かって駆け出した。

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