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裂界の帰還者  作者: 霞山 大和
遠征編
32/33

32話目

 ウシオニの解体は、ほとんど作業だった。

「角から行く! ユウト、そっち支えて!」

「は、はい!」

 レイナの指示が飛ぶ。

 ハヤテは双剣を振るい、まだ熱を持つ外殻へ刃を滑り込ませていた。

 ズグッ――。

 黒い血が溢れる。

「ったく、硬ぇな……」

「文句言ってる暇ある?」

「ない」

 即答だった。大型を倒した直後は危険だ。

 血臭。振動。熱。全部が他マガツを呼ぶ。

 だから時間を掛けられない。必要素材だけを剥ぎ取り、すぐ離脱する。

 ナツメは周囲警戒を続けながら、淡々と素材ケースへ部位を放り込んでいた。

「右側、D反応増加」

「あと十分以内には切り上げるわよ!」

 レイナが怒鳴る。

 ユウトは汗だくになりながら素材を運んでいた。

 初大型討伐の興奮なんて、とっくに吹き飛んでいる。

「大型って、倒した後の方が怖いんですね……」

「だから大型討伐は“帰るまで”なのよ」

 レイナが短く返す。その間にも、ハヤテはウシオニの胸部を切り開いていた。

「……あった」

 取り出したのは、赤黒く脈打つ塊。

 核。大型マガツキの高純度素材だ。

「持ち帰ればユイが泣いて喜ぶな」

「整備班主任を化け物みたいに言わないで」

「実際ちょっと怖いだろ」

「否定はしない」

 レイナが即答した。


     ◇


 日が落ちる頃、一行は廃ビル上層へ移動していた。

 野営。だが、キャンプみたいな穏やかなものではない。

「ここなら入口絞れる」

 ナツメが淡々と言う。

 崩れた雑居ビルの五階。

 階段は途中で落ちていて、侵入経路はワイヤー一本だけ。

「低級は匂いで寄る。大型は振動」

 ナツメが床へ金属片を並べながら続ける。

「だから火は小さく。あと、この線踏むと音鳴る」

 細いワイヤーが通路へ張られていた。空き缶と金属片を組み合わせた簡易警報。

「うわ……手慣れてる」

 ユウトが若干引いていた。

「慣れたくねぇ知識だな」

 ハヤテがぼやく。

「死にたくなければ覚える」

 ナツメは相変わらず淡々としている。さらに壁際へ粉末が撒かれる。

「マガ避け?」

 レイナが聞く。

「低級には効く。多分」

「その“多分”やめてくれません?」

 ユウトの顔が引き攣った。だが実際、外では“絶対”なんて存在しない。

 全員それを知っている。

「見張りは交代制」

 レイナが言う。

「最初ナツメ、次ハヤテ、最後私」

「俺だけ睡眠短くない?」

「アンタ寝起き悪いでしょ」

「おい、偏見だろ。否定できねぇけど……」

 その頃には、簡易ランタンの灯りだけが室内を照らしていた。

 保存食を齧る音。遠くで響く崩落音。風が割れた窓から吹き込む。

 基地とは違う静けさだった。

「……外で寝るの初めてです」

 ユウトが小さく呟く。

「最初はそんなもんよ」

 レイナが缶を開けながら言った。

「そのうち“壁が薄い方が落ち着く”とか言い出す」

「嫌すぎる未来だ……」

 少し笑いが漏れる。だが疲労は重い。

 ユウトはそのまま壁際へ寄り掛かり、すぐ眠ってしまった。

「いい才能だな」

「限界だったんでしょ」

 レイナが肩を竦める。ナツメは既に見張り位置へ移動している。

 結果、ランタン近くに残ったのはハヤテとレイナだけだった。

「……」

「……」

 少し沈黙。先に口を開いたのはレイナだった。

「意外だった」

「何が」

「あんた」

 レイナが缶を傾ける。

「もっと単独主義かと思ってた」

「実際そうだぞ」

「でもちゃんと合わせようとしてたじゃない」

「まぁ、練習中」

「下手だったけど」

「うるせぇな」

 レイナが笑う。

 小柄な身体。生意気な顔。でも、妙に面倒見がいい。不思議な先輩だった。

「……昔は違ったの?」

「ん?」

「部隊行動」

 ハヤテが少し黙る。ランタンの火が揺れた。

「……まぁ、昔は普通に組んでた。それこそ、シドウとも同じだったよ」

「へぇ」

「けど、色々あってな」

「その“色々”が気になるんだけど」

「やだよ、話したくない」

 軽く流す。だがレイナはそれ以上追及しなかった。代わりに、ぽつりと言う。

「でも、助けられた人は多いわよ」

「は?」

「あんたに」

 ハヤテが眉を寄せる。レイナは視線を窓の外へ向けたまま続けた。

「私、前はこの辺担当だったのよ。危険区域になる前ね。ここを手放した撤退戦で遅れた人達を助けようとしたの」

「……」

「その時、大型に囲まれてもうダメだと思った……でも、独立班が囮してくれた」

 ハヤテの動きが少し止まる。

「正直、名前も知らなかった」

 レイナが笑う。

「でも、“死ぬと思ったところで、外から無茶苦茶やる奴らが突っ込んできた”って話、結構有名だったのよ」

「……」

「あとで聞いた。“あれハヤテ達だった”って」

 静かな声だった。

「だから会議室で見た時、ちょっとびっくりした」

「もっと怖い奴想像してた?」

「うん」

「失礼だな」

「今も割と怖いわよ」

 即答。だが、その顔は少しだけ柔らかかった。

「……独立ってさ」

 レイナが続ける。

「自由そうに見えるけど、実際は逆よね」

「まぁな」

 ハヤテが笑う。

「目的のために与えられた権限。特権と引き換えに与えられる仕事は死地での綱渡り」

 その言葉だけ、少し重かった。

 レイナは何も言わない。ただ、少しだけ視線を細める。

「だからアンタ、“守る戦い”苦手なんだ」

「……」

「前だけ見て暴れる方が得意」

「……悪いかよ」

「言ってないでしょ。よ」

 レイナが缶を置く。

「だから後ろをやる奴が必要になる」

 その瞬間。通路側から声。

「交代」

 ナツメだった。いつの間にか戻ってきている。

「周辺静か。でも北側で大型っぽい振動一回」

「近い?」

「まだ遠い」

 レイナが立ち上がる。

「じゃ、次ハヤテ」

「了解」

 ハヤテも立ち上がる。

 その時。

「……ねぇ、ハヤテ」

「ん?」

 レイナが少しだけ笑った。

「今日のあれ、結構かっこよかったわよ」

「どれ」

「“独立のやり方見せてやる”」

「……」

「調子乗んなって思ったけど」

「褒めてねぇな?」

「半分は褒めてる」

 ハヤテが苦笑する。そしてそのまま、暗い通路の見張り位置へ歩いていった。

 外は静かだった。静かすぎるくらいに。

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