31話目
ウシオニが咆哮する。砕けた道路が震え、周囲の瓦礫が跳ねた。
右前脚には深い裂傷。だが、まだ止まらない。
「来る!」
レイナの声と同時。ウシオニが地面を蹴った。
巨体とは思えない速度。一直線にハヤテへ突っ込んでくる。
「ハヤテ!」
「分かってる!」
熱風、角、重量。
通り道にある全てをまとめて叩き潰すような突進を、ハヤテは紙一重で躱した。
だが避けた先へ、巨大な尾が薙ぐ。
「っ――!」
受けきれない。咄嗟に双剣を交差させる。
ガァン!!
衝撃。身体ごと吹き飛ばされ、瓦礫へ叩き込まれた。
「ハヤテさん!」
「……すまん、ミスった!」
煙の中から声。次の瞬間、黒い影が飛び出した。
「ナツメ!」
「了解」
既に動いている。ワイヤー射出。崩れかけた高架残骸へ杭が打ち込まれる。
さらに二本。別方向。交差。
「レイナ!」
「任せなさい!」
銃声。乾いた連射音がウシオニの顔面へ叩き込まれる。
狙いは角の付け根。首。視線誘導。
ウシオニが怒り狂ったように頭を振る。
「ユウト!」
「はいッ!」
「左脚!」
ユウトが飛び込む。まだ怖いが、もう足は止まらない。
片刃剣を握り締め、ハヤテが刻んだ傷へ斬撃を叩き込む。
ギィン!!
重い。だが通る。
「もう一発!!」
さらに振り抜く。その瞬間。
「今!」
ナツメがワイヤーを巻き上げた。鉄骨が軋む。
崩落。ユウトが離れると同時に巨大なコンクリート塊がウシオニの背中へ降り注いだ。
ドゴォン!!
「ッ、うお……!」
ユウトが思わず目を見開く。
高架の一部が完全に崩れた。
土煙。瓦礫。視界ゼロ。
「……やったか?」
「その台詞やめなさい」
レイナが即答した。
直後、瓦礫が吹き飛ぶ。
ウシオニが出てきた。
血まみれ。片角が折れ、背中も崩れている。
それでもまだ立っていた。
「はは……マジかよ」
ユウトの顔が引き攣る。
「A上位だもの」
レイナが息を吐く。その横で、ハヤテは静かにウシオニを見ていた。
荒い呼吸と崩れた脚でまだ動く。
そして、遠く。瓦礫地帯の奥から、小型反応音。
ガラ……ガラ……
ナツメが端末を見る。
「……D反応増加」
「流石に寄ってきたか」
レイナが舌打ちする。
大型戦闘は音がデカい。寄ってくるのは当然だった。
長引けば不味い。その瞬間、ハヤテが双剣を回した。
「……最速だ」
「は?」
「これじゃ間に合わん」
ハヤテが笑う。獰猛な笑みだった。
「勉強はまた後でする」
「ちょ、ハヤテ?」
「ここからは独立のやり方見せてやる。最後は合わせてくれ」
レイナの眉が寄る。
「待ちなさい。突っ込みすぎるなって――」
言い終わる前だった。ハヤテが消えた。
「はぁ?!」
爆発じみた加速。一気にウシオニの懐へ潜り込む。
双剣が唸る。マガツ化。
黒い刀身がさらに伸び、獣の牙みたいに歪む。
「行くぞ、デカブツ」
斬撃は前脚。返す刃で肩。
さらに跳躍。壁面を蹴る。
「速――!」
ユウトが息を呑む。さっきまでと別人だった。迷いがない。ウシオニが迎撃に角を振るう。だがハヤテはもうそこに居ない。
「遅ぇ!」
角の上を蹴る。そのまま背中へ着地。双剣を突き立てた。
ゴギィッ!!
黒い血が噴き出す。ウシオニが暴れる。
「レイナ!!」
叫び。それだけで伝わった。
「ナツメ!ワイヤー、ビル!」
「了解」
ワイヤー射出。今度は崩れかけたビル上層。
複数固定。ハヤテがさらに蹴る。
「倒れろッ!!」
双剣を引き裂くように振り抜いた。
巨体が揺れる。そこへレイナの集中射撃。
脚の傷口、狙いは同じ場所。
「ユウト!!」
「はいッ!!」
「今度は全部乗せなさい!」
ユウトが走る。凄いものを見た。あれがハンターのトップ層。配属された頃すぐに言われた。この支部に目指すべき背中がある。
ハヤテが作った隙。レイナの射線。ナツメの拘束。
全部、今この目で見て記憶した。
「うおおおッ!!」
片刃剣を叩き込む。
直後、ビルが崩れ、轟音と共にコンクリート塊がウシオニを押し潰す。
脚が沈む。体勢が崩れる。ハヤテが叫ぶ。
「ユウト!! 仕上げだ、首やれ!!」
「――ッ!」
一瞬だけ迷う。
だが、ユウトは踏み込んだ。瓦礫を蹴る。跳ぶ。
目の前、ウシオニの首。
「はぁぁぁぁッ!!」
振り抜いた刃が食い込む。
硬い、だが止まらない。さらに押し込む。
ゴギンッ!!
巨体の首がついに落ちた。地響きが沈黙し、黒い血が崩れた道路を流れていく。
「……」
ユウトが呆然と立ち尽くす。その横を、ハヤテが歩いてきた。
血まみれ。息も荒い。だが笑っていた。
「お疲れ新人」
「……俺、やれました?」
「いい働きだ」
ハヤテが肩を叩く。
「ちゃんと大型狩ったな。1人前だ」
ユウトがゆっくりウシオニを見る。
倒れている。本当に自分達で倒した。
「……マジか」
「マジよ」
レイナが苦笑する。
「で、ハヤテ」
「ん?」
「あんた、後で説教ね」
「覚えてたらな」
「忘れないわよ」
即答。だがその顔は、少しだけ笑っていた。
ナツメが静かに端末を閉じる。
「……とりあえず、素材だけ回収してさっさと離れよう」
「暴れすぎたか」
ハヤテが双剣を肩へ担ぐ。
そして、崩れた灰色の街を見渡した。
「さて」
小さく息を吐く。
「遠征初日、まだ始まったばっかだぞ」




