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裂界の帰還者  作者: 霞山 大和
遠征編
33/33

33話目

 朝。

 簡易テントを畳み終えた頃には、空はすっかり白み始めていた。

 昨夜の焚き火跡からは、まだ僅かに煙が上がっている。

「生きて朝を迎えられましたね」

 ユウトが伸びをしながら言った。

「目標低くない?」

 レイナが呆れたように笑う。

「でも大事なんですよね?」

「なんだ、飲み込み早いな」

 ハヤテも同意した。

 遠征に出れば、帰れない人間もいる。朝を迎える。

 それだけで価値がある世界だ。

 撤収作業を終え、一行は昨日の戦闘跡を確認しながら進んでいた。

 ウシオニが暴れた道路。砕けたビル。抉れた地面。大型種との戦闘痕は遠くからでも分かる。

「結構やりましたね」

 ユウトが苦笑する。

「ほぼハヤテだけどね」

 レイナが肩を竦めた。

「いやいや、指示役はレイナだろ?それにマガツキのせいだ」

レイナは肩を竦めて見せる。そして、ユウトを指さした。

「何気に1番破壊力あるのはうちの新人よ」

「首落としただけですし」

「十分だ」

 ユウトは少し照れ臭そうに頭を掻いた。昨日より表情が柔らかい。

 大型種を相手に生き残った。それだけでも経験値は大きい。

 その横で、ナツメがふと足を止めた。

「……変だな」

 小さな呟き。

「何が?」

 レイナが振り返る。

「死骸がない」

「解体したじゃない」

「そっちじゃない」

 ナツメは周囲を見渡した。

「寄ってくるはずのやつがいない」

 ハヤテも周囲を見る。言われてみれば確かにそうだった。

 大型種の死骸と血の匂い。普段ならDランクのマガツが群がってくる。

 最悪、サルガミ辺りまで寄ってくることもある。

 だが、静かだった。ハヤテは考えられる可能性に思考を巡らせる。

「まぁ、昨日暴れたからな」

 ハヤテが言う。

「警戒してるとか?」

「可能性はある。なら、いい」

 ナツメの答えたその顔はあまり納得していなかった。

 移動を再開する。瓦礫地帯。崩れた住宅街。放棄された商業区画。

 遠征自体は順調だった。危険な反応もない。順調すぎるくらいに。十分ほど歩いた頃だった。

「……なぁ」

 今度はハヤテが口を開く。

「ん?」

「最悪は想定しておくべきだよな」

 レイナが周囲を見る。

 風。瓦礫。軋む鉄骨。聞こえるのはそれだけ。

 Dランクがいない。サルガミもいない。反応そのものがない。

 ナツメが端末を見た。眉が寄る。

「反応減ってる」

「減ってる?」

「さっきから」

 ユウトも流石に気付いたらしい。

「縄張りですか?」

「そうかもしれない」

 レイナは答えた。だが声が硬い。

「かもしれない?」

 ハヤテが聞く。レイナは少し考えてから言った。

「昔ね」

「うん」

「こういう場所を見たことがある」

珍しく真面目な声だった。

「討伐失敗した区域」

 ユウトが息を呑む。

 レイナは続けた。

「強い個体が居座ると周りが消えるの」

「食われる?」

「逃げる」

 そこで言葉を切る。

「でも、ここまで綺麗に消えるのはあんまり見ない」

 少しだけ、嫌な空気が流れた。その時だった。

「止まれ」

 ナツメの声。全員が即座に伏せる。ナツメは双眼鏡を差し出した。

「前」

 ハヤテが受け取る。

 崩壊した大型商業施設。その向こう。最初は瓦礫だと思った。

 黒い塊。

 崩れた建物の残骸。そう見えた。

 だが違う。

 ゆっくりと上下している。

 呼吸。頭目から見てもわかるくらいの深く、大きな動き。

 ハヤテの眉が僅かに動く。

「……なんだありゃ」

 双眼鏡の先。黒い毛皮。異様に盛り上がった背中。巨体。

 熊。

 そう見える。だが何かが違う。

 距離がある。それなのに存在感だけが異様に大きい。見ているだけなのに圧迫感がある。

 隣を見る。

 ユウトは固まっていた。

 レイナも無言。

 そして、ナツメが珍しく視線を逸らさない。

「熊種」

 小さく呟く。

「ただ」

 一拍。

「特徴が一致するマガツキを見たことない」

 その言葉でハヤテの中の警戒心が少しだけ強くなった。

 ナツメは物知りだ。特にマガツキの情報なら支部でも上位に入る。

 そのナツメが知らない。それは少し珍しい。

 だが、同時に胸の奥が少しだけ高鳴る。

 未知。強敵。博士ならそれを喜んで進歩の礎だと言うだろう。

 そして独立になってから何度も追い求めたものだ。追い求めさせられたものだ。

「ハヤテ」

 レイナが低く呼ぶ。

 嫌な予感がした。そんな顔だった。

 だが、ハヤテは双剣へ手を掛ける。

「確認だけだ」

「その台詞、信用無いわよ」

「知ってる」

 苦笑する。

 そして遠くの黒い巨体が、ゆっくりと頭を上げた。

 まるで、最初からこちらに気付いていたかのように。

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