27話目
崩れた高速道路の高架下。
灰色の空から落ちる粉塵が、風に流されていた。ハヤテ達は瓦礫の隙間を縫うように進んでいる。
基地を出てから既に三時間。周囲の景色は、完全に“外”の色へ変わっていた。
「止まって」
先頭を歩いていたレイナが片手を上げる。一行が即座に足を止めた。
少し先の崩れたコンビニ跡の影。そこに、黒い影が蠢いている。
「Dランク。三体」
ナツメが双眼端末を覗き込みながら呟く。
四足。犬に似た骨格。
だが皮膚は黒くひび割れ、口元だけが異様に裂けている。
「イヌガミ亜種か?」
「違う。あれはただのノヅチ」
「遠征だと斥候が輝くな。早く通信機器の改善が進んで欲しいね」
遠方の通信聞きは小型化が進んでいない。遠征時はオペレーターが不在なのだ。
ユウトは剣の柄へ手をかけていた。
「……やりますか?」
「やらない」
レイナが即答した。
「え?」
ユウトが目を丸くする。
「倒せますよね?」
「倒せるわよ」
「なら――」
「遠征は、“勝つ”より“消耗しない”方が大事」
レイナの声は淡々としていた。
「Dランクでも、血と音は撒く。そうなると別の群れを呼ぶ可能性がある」
「特にこの辺はな」
ハヤテが周囲を見回す。
「廃坑区周辺はマガツ密度が高い。雑魚処理で騒ぐと、大物を引く」
「……なるほど」
ユウトは素直に頷いた。
ハヤテは少しだけ目を細める。
変に反発しない。理解したら飲み込む。若手にしては珍しいタイプだった。
「じゃ、どうするんです?」
「迂回」
ナツメが地図端末を操作する。
「右側崩落路地。視線切れる」
「オッケー。ハヤテ、最後尾お願い」
「はいはい」
小声でやり取りしながら移動を始める。
ノヅチ達は気づいていない。
瓦礫を踏む音すら抑えながら、一行は静かにその場を抜けた。
◇
「……なんか意外でした」
10分ほど離れてから、ユウトがぽつりと言った。
「何が?」
「ハヤテさんって、もっとガンガン行くタイプかと」
「失礼だな」
「実際そういうイメージあるわよ」
レイナが笑う。
「単独行動班。人型交戦済み。近接特化。噂だけ聞くと猪突猛進タイプ」
「雑な人物紹介だなぁ……」
「でも実際、戦闘中はかなり前に出る」
ナツメが静かに言う。
「対応力が高い。判断も速い。近接戦ならハンター全体で見ても上位」
「褒められてる?」
「半分」
ナツメは表情を変えない。
「代わりに、守りが終わってる」
「おい、言い過ぎだ」
「防衛戦、護衛戦、拠点維持。そういう“固定された戦い”だと強みが減る」
「……」
ユウトが驚いた顔をする。
「え、そんなことあるんですか?」
「あるわよ」
今度はレイナが答えた。
「この間の戦い方は敵と自分の位置だけ集中してた。敵は動きにくく、自分は自由に」
「自由に?」
「味方を攻撃しないようにするにはバラけた方が戦い安いでしょ?それを意図的攻撃させたりいなしたりで重ねるのよ。そしてこっちは真正面に剣を振るだけで当たる」
レイナはハヤテを見る。
「逆に、“ここ守れ”って言われると途端に難しくなる。それは自分が相手に強いることだから」
「……否定はしねぇ」
ハヤテは頭を掻いた。
「守るって、要は自分の位置の調整は守る対象次第だからな」
「あと火力不足」
ナツメが追撃する。
「純粋な出力だけなら、この4人でも下からの方が早い」
「お前、容赦ねぇな」
「事実」
即答だった。
ユウトは少し考え込む。
「じゃあ、ハヤテさんって一人はきつくないです?火力が出ないなら殲滅できずに囲まれますよね?」
「それを補うための武器のマガツ化と手数よ」
レイナが頷いた。
「でも、だからこそ組ませる価値がある」
「価値?」
「ハヤテは対応力が高すぎるのよ」
風が吹く。
遠くで金属板が軋む音がした。
「普通のハンターなら避ける場面でも、無理矢理突破できちゃう」
「褒めてる?」
「だから周りが置いてかれるって話」
ハヤテが苦い顔をする。
「実際、独立前はよく怒られてたな……」
「シドウに?」
「アオバ教官」
「あー……」
全員が納得した顔になった。
「でもね」
レイナが続ける。
「だから私が居る」
「お?」
「アンタが前で暴れても、崩れた部分をこっちで拾える」
レイナは肩へ担いだライフルを軽く叩く。
「第3部隊は“崩れない”戦い方が得意なの」
「堅実型だもんな」
「悪く言えば地味」
「生存率高いイメージですね」
ユウトが言う。
「実際データ的に高い」
ナツメが返した。
「レイナが前線制御。俺が索敵。遊撃対応をハヤテに投げる」
「雑に言うなぁ」
「でも相性はいいと思うわよ」
レイナが笑う。
「少なくとも、“止まるだけ”の編成じゃない」
その時だった。ナツメが急に立ち止まる。
「……静かすぎる」
一瞬で空気が変わった。
「どうした?」
「この区域、Dランク反応が少ない」
端末を睨みながらナツメが言う。
「さっきから群れの密度が変だ」
「大型の縄張りか?」
「それなら小型が完全消失するのはおかしい」
風が吹く。
瓦礫の街は静まり返っていた。
嫌な静けさだった。
ハヤテは無意識に周囲へ視線を走らせる。
――ライジュウ戦の時も、こんな感じだった。
妙に静かで。マガツキの気配だけが、どこか不自然だった。
「……ハヤテ?」
レイナの声で意識が戻る。
「いや」
小さく首を振る。
「なんでもねぇ。ただ――」
視線を、廃ビル群の奥へ向ける。
「なんか、嫌な感じがする」




