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裂界の帰還者  作者: 霞山 大和
遠征編
26/35

26話目

 基地中央区画――会議室C。

 夜も更けた時間だというのに、中にはまだ人の気配が残っていた。

 壁際では古い換気扇が唸り、薄暗い照明が机の上だけを照らしている。

「揃ったな」

 前に立つアオバ教官が低く言った。

  室内にはハヤテ、レイナ、ナツメ。そして、もう一人。

「……なんで俺まで」

 壁際で小さくなっていた若い男がぼやく。

 二十歳前後だろう。短い茶髪に軽装寄りの装備。腰には片刃剣。

「若手枠」

 レイナが即答する。

「嫌な響きだなそれ……」

「第3部隊所属、ユウト」

 アオバ教官が淡々と続ける。

「経験を積ませる。お前ら三人で見ろ」

「俺もまだ若手側なんだけど」

 ハヤテが呟く。

「お前は例外だ」

「便利な言葉だよなそれ」

 室内の端。

 ミヤが慌てて端末を操作していた。

「え、えっと……遠征区域データ表示します!」

 壁面モニターへ地図が投影される。基地から北西。赤く塗り潰された旧工業地帯。

「未開拓領域“灰落区”」

 アオバ教官が続ける。

「過去に経立確認例あり。現在もマガツ活動が活発な区域だ」

「危険度は?」

 ナツメが短く問う。

「平均C〜B。深部はA想定」

 ユウトの顔が露骨に引き攣った。

「Aって、普通に大型ですよね……?」

「単独討伐困難個体だ」

 アオバ教官が即答する。

「大型種の大半がここに含まれる。部隊単位で狩れるようになって、一人前だ」

 壁面モニターへ簡易ランク表が映る。

 S――ネームド

 A――大型種・単独討伐困難

 B――上位ハンターなら単独討伐可能

 C――中型種

 D――小型種

 E――未分類・観測不足

「Eってなんです?」

 ミヤが恐る恐る聞いた。

「エラー個体」

 博士が後ろから答えた。

「分類不能。あるいは情報不足。人型は現在ここだね」

「……未知だから危険って訳か」

 ハヤテが呟く。

「その通り」

 博士が笑う。

「強い弱いではなく、“何をしてくるか分からない”」

 ユウトが小さく息を呑む。

「ちなみにCって?」

 ミヤがさらに聞く。

「サルガミ、イヌガミ辺りだ」

 レイナが答えた。続けて、ハヤテが口を開いた。

「Cは一般的なマガツ、このままDも質問でそうだから答えるとその辺にウヨウヨしてる小さいヤツらは軒並みDだ。下手すりゃ名前すらない」

「Cって、一般的で済ませていい強さじゃないですよね?」

「慣れるわよ」

「嫌だなぁその慣れ」

 室内に少しだけ笑いが漏れる。だが、アオバ教官はすぐ空気を戻した。

「今回の目的は地図更新及び周辺調査。危険度C以下は基本無視。B以上を優先的に観測・排除する」

「ネームドは?」

 ハヤテが聞く。そこで少しだけ空気が変わった。

「この区域には過去、ネームド確認例がある」

 アオバ教官が言う。

「ただし現在位置は不明」

「……不明?」

 レイナが眉を寄せる。

「行動範囲が広すぎる」

 ナツメが代わりに呟いた。

「観測地点が毎回違う。定住傾向なし。移動速度も異常」

「結果、縄張り特定が出来ない」

 博士が続ける。

「だから討伐優先度が下がった。と言うよりは、放置優先が上がった形だね」

「討伐隊を組めないからか」

 ハヤテが言う。

「それもある」

 アオバ教官が頷く。

「加えて、この地域における他ネームドの確認数が減った」

「……食った?」

 ユウトが青ざめた顔で言った。

「不明だ」

 アオバ教官は即答した。

「だが、この区域だけ異様に大型種密度が低い時期があった」

 静かな空気。そして博士が、少し楽しそうに笑う。

「まぁ、遭遇しないのが一番だね」

「した時のことを考えない理由にはならないだろ」

 ハヤテが即座に返した。


     ◇


 翌朝。武器庫前は朝早くから騒がしかった。

 整備員が弾薬箱を運び、ハンター達が装備確認をしている。

 油の臭い。鉄の音。ついでに怒鳴り声。

 生き残るための音だった。

「お、珍しく待ちぼうけしてる」

 工具箱を抱えたユイが、武器庫奥から顔を出した。

「俺だって待つ時は待つ」

「アンタの場合、大抵武器壊してから来るでしょうが」

 呆れたように言いながら、ユイは作業台へ視線を向ける。そこには刀身が外れたハヤテの双剣。

「まだ調整中?」

 レイナが覗き込む。

「ウシオニ素材混ぜた影響」

 ユイが答えた。

「昨日見せたやつより更に出力は上がった。でも癖が強い」

「へぇ」

「ハヤテ向きではあるけどね」

「褒めてる?」

「半分」

 ナツメは黙ったまま、壁際で弾倉を確認している。

 一方ユウトは、並べられた遠征装備を見て顔を引き攣らせていた。

「多くないですか荷物……」

「遠征だからな」

 ハヤテが答える。

「帰る保証がない以上、持てるもんは持つ」

 保存食。浄水剤。予備弾薬。簡易安置用のテント。

 基地外で生き残るための道具が、床へ並べられていた。

 その光景を見ながら、ミヤが小さく呟く。

「……戻ってくる前提じゃ、ないんですね」

 少し掠れた声だった。

 武器庫の喧騒に紛れそうなほど小さいのに、妙に耳へ残る。

 ハヤテは視線だけを向ける。

 ミヤは並べられた装備を見つめたまま、不安そうに眉を寄せていた。

「前は、遠征ってもっと……その、探索任務みたいな印象だったんです」

 ぽつり、ぽつりと話す。

「でも実際は、“帰れなくなるかもしれない場所”へ行く準備なんだって……なんか、今さら実感して」

 言い終えてから、少し困ったように笑った。

「すみません、変なこと言いました」

「いや」

 ハヤテはしゃがみ込み、床の弾薬ケースを持ち上げる。

「正しい感覚だと思うぞ」

 軽く持ち上げたケースを、ユウトの荷物の上へ放り投げる。

「うおっ?!」

「外は普通に死ぬ。慣れてる俺らの方が、多分ちょっと麻痺してる」

 ユウトが文句を言いかける横で、ミヤは静かにハヤテを見る。

「……それでも行くんですね」

「仕事だからな」

 いつもの軽い調子。だが少し間を置いて、ハヤテは続けた。

「それに――帰ってこないと、整備班がうるせぇし」

「誰がうるさいって?」

 即座にユイが睨む。

「アンタらが死ぬと、こっちは直す相手いなくなって困るの。勘違いすんな」

「はいはい」

 そのやり取りに、小さく笑いが漏れる。ほんの少しだけ、張り詰めた空気が和らいだ。

 ミヤもつられるように笑って――けれど最後には、やはり不安を隠しきれない顔で遠征装備を見つめる。

 外は危険だ。誰もが知っている。それでも。

 武器庫の扉は開かれ、整備員達は武器を運び、ハンター達は黙々と装備を背負っていく。

 止まれない。

 この基地は、“外”から目を逸らした瞬間に終わる場所だからだ。

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