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裂界の帰還者  作者: 霞山 大和
遠征編
25/34

25話目

 ラウンジを出たあと、ハヤテは中央通路をぶらついていた。

 遠征への出撃まで、まだ少し時間がある。整備班へ顔を出す前に、なんとなく基地の中を歩きたくなった。

 天井の低い通路。剥き出しの配線。補修跡だらけの壁。時折、遠くから金属を叩く音が響いてくる。

「あ、ハヤテさん」

 インカム越しではなく、直接声がした。

 振り向くと、端末を抱えたミヤが小走りで近づいてくる。

「珍しいな」

「え?」

「ミヤから話しかけてくるの」

 そう言うと、ミヤは少しだけ目を逸らした。

「……別に、そんなに避けてません」

「前は俺見るたび緊張してただろ」

「そ、それは……」

「今は?」

「……多少は慣れました」

 小さな声だった。ハヤテは少し笑う。

「そりゃ良かった」

「からかわないでください……」

「今回は優しめだろ」

「基準がおかしいんです」

 ミヤが困ったように眉を下げる。

「今日は非番じゃなかったのか?」

「そうだったんですけど、落ち着かなくて……資料整理です。遠征任務のマッピング更新とか、反応記録の再確認とか……」

「あー……まぁ、今の時期はしゃーないか」

 人型出現以降、基地全体の空気が変わった。誰もが少しだけ張り詰めている。

「ちゃんと寝れてるか?」

「……三時間くらいです」

「新人の働き方じゃねぇな」

「地獄です」

「即答だな」

 ハヤテが苦笑する。少し疲れた顔。だが以前より、ミヤの表情は柔らかかった。

「アヤメさんは?」

「整備班。武器バラして頭抱えてる頃じゃね」

「想像できます……」

 並んで歩き出す。

 基地内部は騒がしかった。整備員。運搬員。負傷兵。忙しなく人が行き交っている。その途中、通路の先に長い列が見えた。

「……配給か」

 壁際へ沿うように人が並んでいる。

 老人、母親、子供、戦えない一般居住者達。

 配られているのは乾燥保存食と、小さな缶詰。量は少ない。

 列の最後尾近くでは、小さな子供が母親の服を引っ張っていた。

「おなかすいた」

「もう少しだからね」

 母親は笑っていた。だが、その顔は痩せている。

 ハヤテは無意識に目を逸らしかける。だが、逸らさなかった。

「……減ってんな」

 小さく呟く。ミヤも静かに頷いた。

「最近、外周農園が襲撃されて……」

「ああ、聞いた」

「肥料も燃料も足りません。今ある物資も、かなり切り詰めてるみたいです」

 重い空気。だが、列に並ぶ人達は騒がない。もう慣れてしまっているのだ。

 不足することに。失うことに。

「ねぇ、お兄ちゃん」

 不意に、子供がハヤテを見上げた。

「ハンター?」

「ん? ああ」

「つよい?」

「ぼちぼちだな」

「マガツキやっつけて」

 真っ直ぐな目だった。ハヤテは少しだけ言葉に詰まる。

「……頑張るよ」

 それしか言えなかった。子供は嬉しそうに笑う。母親が慌てて頭を下げた。

「すみません」

「いい子だな。気にすんなよ」

 その場を離れる。少し歩いてから、ミヤがぽつりと呟いた。

「……期待、されてるんですね」

「俺にっていうか、ハンター全体にな」

 ハヤテは頭を掻いた。

「まぁ、期待されてるうちはマシだろ」

「え?」

「完全に諦められたら、誰も見なくなる」

 ミヤが少しだけ黙る。それから、小さく笑った。

「ハヤテさんって、たまに変なところで真面目ですよね」

「たまにってなんだ」

「普段が普段なので……」

「否定できねぇ」

 少しだけ、空気が軽くなる。

「せっかくの遠征だ。物資も多少拾って帰りたいとこだな」

「探索班みたいなこと言ってます」

「食い物は大事」

「それは本当にそうです」

 ミヤがくすっと笑った。そのまま通路を抜け、整備区画へ入る。途端に熱気が押し寄せた。

 火花、金属音、油の臭い。そこら中で武器が分解され、修理されている。

「うわ……今日も戦場ですね」

「ここ止まると前線終わるからな」

 ハヤテが周囲を見回す。

 すると。

「おい、ボンクラ」

 奥から工具が飛んできた。

「危なっ?!」

 反射的に受け止める。スパナだった。

「人に工具投げんな!」

「避けられなかったら死んでるだろお前」

 ガンッ、と大きな音。

 整備台の向こうから、ひとりの女が顔を出した。

 短く切った黒髪とツナギ姿、額にはゴーグル。そして目付きが悪い。

 それが無ければ、おおよそ美人に分類されるだろう。

「また武器ぶっ壊しやがって」

「不可抗力ですよ」

「お前の場合、大体可抗力だ」

 整備主任――ユイ。

 北海道支部でも数少ない、“ハンター用武器”専門整備士だ。

 ハヤテの双剣も、シドウの大剣も、アヤメのワイヤー銃も、ほぼ彼女が面倒を見ている。

「例の双剣は?」

「今バラしてる」

「どう?」

「最悪」

「だろうなぁ……」

 ユイが舌打ちする。

「片方完全に炉心焼け。出力無理やり上げすぎだ」

「戦況的にしゃーないだろ」

「その“しゃーない”を押し付けられる整備側の気持ち考えろ」

 正論だった。ユイは工具を放りながら続ける。

「で、博士から話は聞いた」

「……何を」

「遠征増やすんだろ、お前」

「まぁ」

「だったら装備も変えるか? 元々、自爆武器のデータ取りでエストックにしてたろ」

 ガコン、とケースが置かれる。

 中には、見慣れない黒い短剣が収まっていた。

「新素材?」

「牛型上位種の骨格素材。軽い代わりに通しやすい」

 ユイが自慢げに胸を張る。

 そこに目がいきそうになるのを、ハヤテは無理やり剣へ戻した。すると横から、じとっとした視線を感じる。

「……」

「な、なんだよ」

「別に」

 ミヤが無表情でそっぽを向いた。

「いや絶対なんかあるだろ」

「ありません」

「嘘下手か」

 ユイが鼻で笑う。

「で、能力は?」

「前みたいに新たな刃が出るようなマガツ化までは行かないけど、活性化で刀身が少し伸びる」

「へぇ、いいなそれ」

 ニヤリとユイが笑う。

「遠征で死なない程度に試してきなよ」

「言い方」

「どうせ無茶すんだろ」

「否定できねぇ」

 ミヤが恐る恐る武器を覗き込む。

「綺麗……」

「見た目だけな」

 ユイが鼻を鳴らした。

「武器なんざ、壊れる前提で振るわれる。でも壊れちゃいけない。それが戦闘中なら尚更」

 その言葉には妙な重みがあった。整備士は前線へは出ない。だが壊れた武器と、帰ってこなかった人間を何度も見てきている。

 だからこそ、ハンターとは別方向に擦り切れている。

「明日出るんだろ」

「ああ」

ユイは双剣を手渡してくると顎で促していくる。

「なら今試し振りしな。最終調整は朝までにしといてやる。感謝しろ」

軽く振りながら慎重に感覚を確かめる。

「もうちょい重心が奥でもいいな……いつも助かります整備主任様」

「気持ち悪い」

「おいっ」

 即答だった。ミヤが小さく吹き出す。

 その笑い声を聞いて、ハヤテは少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。

 その時、基地内放送が響いた。

『遠征任務参加者は、二十一時までに装備確認を完了してください』

 周囲の空気が少し変わる。

 整備員達の動きが速くなる。ハンター達も武器を受け取り始める。

 出撃前の空気だった。

 静かに。だが確実に。

 基地全体が、“外”へ向けて動き始めていた。

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