25話目
ラウンジを出たあと、ハヤテは中央通路をぶらついていた。
遠征への出撃まで、まだ少し時間がある。整備班へ顔を出す前に、なんとなく基地の中を歩きたくなった。
天井の低い通路。剥き出しの配線。補修跡だらけの壁。時折、遠くから金属を叩く音が響いてくる。
「あ、ハヤテさん」
インカム越しではなく、直接声がした。
振り向くと、端末を抱えたミヤが小走りで近づいてくる。
「珍しいな」
「え?」
「ミヤから話しかけてくるの」
そう言うと、ミヤは少しだけ目を逸らした。
「……別に、そんなに避けてません」
「前は俺見るたび緊張してただろ」
「そ、それは……」
「今は?」
「……多少は慣れました」
小さな声だった。ハヤテは少し笑う。
「そりゃ良かった」
「からかわないでください……」
「今回は優しめだろ」
「基準がおかしいんです」
ミヤが困ったように眉を下げる。
「今日は非番じゃなかったのか?」
「そうだったんですけど、落ち着かなくて……資料整理です。遠征任務のマッピング更新とか、反応記録の再確認とか……」
「あー……まぁ、今の時期はしゃーないか」
人型出現以降、基地全体の空気が変わった。誰もが少しだけ張り詰めている。
「ちゃんと寝れてるか?」
「……三時間くらいです」
「新人の働き方じゃねぇな」
「地獄です」
「即答だな」
ハヤテが苦笑する。少し疲れた顔。だが以前より、ミヤの表情は柔らかかった。
「アヤメさんは?」
「整備班。武器バラして頭抱えてる頃じゃね」
「想像できます……」
並んで歩き出す。
基地内部は騒がしかった。整備員。運搬員。負傷兵。忙しなく人が行き交っている。その途中、通路の先に長い列が見えた。
「……配給か」
壁際へ沿うように人が並んでいる。
老人、母親、子供、戦えない一般居住者達。
配られているのは乾燥保存食と、小さな缶詰。量は少ない。
列の最後尾近くでは、小さな子供が母親の服を引っ張っていた。
「おなかすいた」
「もう少しだからね」
母親は笑っていた。だが、その顔は痩せている。
ハヤテは無意識に目を逸らしかける。だが、逸らさなかった。
「……減ってんな」
小さく呟く。ミヤも静かに頷いた。
「最近、外周農園が襲撃されて……」
「ああ、聞いた」
「肥料も燃料も足りません。今ある物資も、かなり切り詰めてるみたいです」
重い空気。だが、列に並ぶ人達は騒がない。もう慣れてしまっているのだ。
不足することに。失うことに。
「ねぇ、お兄ちゃん」
不意に、子供がハヤテを見上げた。
「ハンター?」
「ん? ああ」
「つよい?」
「ぼちぼちだな」
「マガツキやっつけて」
真っ直ぐな目だった。ハヤテは少しだけ言葉に詰まる。
「……頑張るよ」
それしか言えなかった。子供は嬉しそうに笑う。母親が慌てて頭を下げた。
「すみません」
「いい子だな。気にすんなよ」
その場を離れる。少し歩いてから、ミヤがぽつりと呟いた。
「……期待、されてるんですね」
「俺にっていうか、ハンター全体にな」
ハヤテは頭を掻いた。
「まぁ、期待されてるうちはマシだろ」
「え?」
「完全に諦められたら、誰も見なくなる」
ミヤが少しだけ黙る。それから、小さく笑った。
「ハヤテさんって、たまに変なところで真面目ですよね」
「たまにってなんだ」
「普段が普段なので……」
「否定できねぇ」
少しだけ、空気が軽くなる。
「せっかくの遠征だ。物資も多少拾って帰りたいとこだな」
「探索班みたいなこと言ってます」
「食い物は大事」
「それは本当にそうです」
ミヤがくすっと笑った。そのまま通路を抜け、整備区画へ入る。途端に熱気が押し寄せた。
火花、金属音、油の臭い。そこら中で武器が分解され、修理されている。
「うわ……今日も戦場ですね」
「ここ止まると前線終わるからな」
ハヤテが周囲を見回す。
すると。
「おい、ボンクラ」
奥から工具が飛んできた。
「危なっ?!」
反射的に受け止める。スパナだった。
「人に工具投げんな!」
「避けられなかったら死んでるだろお前」
ガンッ、と大きな音。
整備台の向こうから、ひとりの女が顔を出した。
短く切った黒髪とツナギ姿、額にはゴーグル。そして目付きが悪い。
それが無ければ、おおよそ美人に分類されるだろう。
「また武器ぶっ壊しやがって」
「不可抗力ですよ」
「お前の場合、大体可抗力だ」
整備主任――ユイ。
北海道支部でも数少ない、“ハンター用武器”専門整備士だ。
ハヤテの双剣も、シドウの大剣も、アヤメのワイヤー銃も、ほぼ彼女が面倒を見ている。
「例の双剣は?」
「今バラしてる」
「どう?」
「最悪」
「だろうなぁ……」
ユイが舌打ちする。
「片方完全に炉心焼け。出力無理やり上げすぎだ」
「戦況的にしゃーないだろ」
「その“しゃーない”を押し付けられる整備側の気持ち考えろ」
正論だった。ユイは工具を放りながら続ける。
「で、博士から話は聞いた」
「……何を」
「遠征増やすんだろ、お前」
「まぁ」
「だったら装備も変えるか? 元々、自爆武器のデータ取りでエストックにしてたろ」
ガコン、とケースが置かれる。
中には、見慣れない黒い短剣が収まっていた。
「新素材?」
「牛型上位種の骨格素材。軽い代わりに通しやすい」
ユイが自慢げに胸を張る。
そこに目がいきそうになるのを、ハヤテは無理やり剣へ戻した。すると横から、じとっとした視線を感じる。
「……」
「な、なんだよ」
「別に」
ミヤが無表情でそっぽを向いた。
「いや絶対なんかあるだろ」
「ありません」
「嘘下手か」
ユイが鼻で笑う。
「で、能力は?」
「前みたいに新たな刃が出るようなマガツ化までは行かないけど、活性化で刀身が少し伸びる」
「へぇ、いいなそれ」
ニヤリとユイが笑う。
「遠征で死なない程度に試してきなよ」
「言い方」
「どうせ無茶すんだろ」
「否定できねぇ」
ミヤが恐る恐る武器を覗き込む。
「綺麗……」
「見た目だけな」
ユイが鼻を鳴らした。
「武器なんざ、壊れる前提で振るわれる。でも壊れちゃいけない。それが戦闘中なら尚更」
その言葉には妙な重みがあった。整備士は前線へは出ない。だが壊れた武器と、帰ってこなかった人間を何度も見てきている。
だからこそ、ハンターとは別方向に擦り切れている。
「明日出るんだろ」
「ああ」
ユイは双剣を手渡してくると顎で促していくる。
「なら今試し振りしな。最終調整は朝までにしといてやる。感謝しろ」
軽く振りながら慎重に感覚を確かめる。
「もうちょい重心が奥でもいいな……いつも助かります整備主任様」
「気持ち悪い」
「おいっ」
即答だった。ミヤが小さく吹き出す。
その笑い声を聞いて、ハヤテは少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
その時、基地内放送が響いた。
『遠征任務参加者は、二十一時までに装備確認を完了してください』
周囲の空気が少し変わる。
整備員達の動きが速くなる。ハンター達も武器を受け取り始める。
出撃前の空気だった。
静かに。だが確実に。
基地全体が、“外”へ向けて動き始めていた。




