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裂界の帰還者  作者: 霞山 大和
遠征編
24/33

24話目

 翌朝。

 基地中央区画、共用ラウンジ。

 薄暗い照明の下で、古い換気扇が唸っている。金属製の長机。擦り切れた椅子。壁際には稼働音の怪しい自販機が並び、その半分には「故障中」の張り紙が貼られていた。

「……故障、増えてんなぁ」

 紙コップ片手に、ハヤテがぼやく。

 中身はコーヒー風味の何かだ。色は似ている。味は違う。

「文句言うなら飲まなきゃいいのに」

 向かいでアヤメが呆れた顔をする。

「飲まないと目ぇ覚めねぇ」

「それでよく味覚死なないわね」

 アヤメの前には整備途中のワイヤー銃。部品を分解しながら器用に工具を回している。

 細い指が迷いなくネジを回し、焼けたワイヤーを交換していく。

 後衛。支援型。そういう立ち位置の癖に、戦場では妙に前へ出る。

 昨日もそうだった。人型が狙いを変えた瞬間。真っ先に危険域へいたのはアヤメだった。

「整備班行かないのか?」

「今混んでるのよ。どこも連日の出撃で武器壊れまくったから」

 ラウンジの奥でも、何人かのハンターが武器を分解していた。

 刃こぼれした大剣。焼けた銃身。補修跡だらけの装甲。もちろん新品などほとんど無い。

 マガツ素材の武器は強力だが、消耗も激しい。だから皆、自分である程度整備できる。

「あんたの双剣は?」

「博士んとこ、後で整備班に渡すって」

「また変なの積まれてないでしょうね」

「否定できねぇのが困る」

 ハヤテがため息を吐く。

 その時、ラウンジ入口側が少し騒がしくなった。

「だから無理だって!」

「いやいけるって!」

「昨日腕吹っ飛びかけてただろお前!」

 若いハンター達だ。

 まだランク2程度だろう。装備も新しいというより、単に使い込まれていない。

 そのうちのひとりが、ハヤテへ気づいた。

「……あ」

 一瞬で空気が変わる。周囲の視線が集まった。

「独立の……」

「ハヤテだ」

「昨日もやりあったらしいよ」

 ひそひそ声。ハヤテは嫌そうに顔をしかめた。

「見世物じゃねぇんだけど」

「アンタ、自覚ないの?」

 アヤメが呆れる。

「単独行動班。ランク4。しかも人型と交戦済み。新人からしたら都市伝説みたいなもんよ」

「不本意だなぁ……」

 すると、ひとりの新人が恐る恐る近づいてきた。

「あ、あの!」

「ん?」

「人型って……本当に居るんですか?」

 ラウンジが静かになる。

 誰もが聞きたがっていた。だが聞きづらかったのだろう。ハヤテは少しだけ考える。

「……居る」

 短く答えた。

「強いぞ。それに小賢しい」

「ざっくり過ぎるでしょ」

 アヤメが横から突っ込む。だが新人達の顔色は悪かった。

「レーダーにも映らないって……」

「しかも大型誘導って噂……」

「マジなのかよ……」

 不安が広がる。当然だ。未知の敵というだけで恐怖になる。ハヤテは小さく息を吐いた。

「まぁ、死ぬほど絶望的って訳でもねぇよ」

 その言葉に、新人達が顔を上げる。

「少なくとも、斬れはする。俺じゃない奴も一太刀入れてるしな」

 言いながら、視線が自然とアヤメへ向く。

 人型の腕を止めたワイヤー。あの一瞬が無ければ、自分でも避け切れたか怪しかった。

 アヤメは気づいたのか、怪訝そうに眉を寄せた。

「……何よ」

「別に」

「気持ち悪いわね」

 即答だった。

「多分」

「最後で台無しなのよ」

 新人達が少しだけ笑う。空気がわずかに軽くなった。その時。

「お、居た居た」

 軽い声。振り向くと、レイナが手を振りながら近づいてきた。

「朝から人気者じゃない」

「勘弁してくれ」

「無理無理。昨日の戦闘、もう支部中に回ってるわよ」

 レイナの後ろには、小柄な男――ナツメもいる。

 相変わらず眠そうな目だ。

「……次の遠征、決まった」

 ナツメがぼそりと言った。

「早ぇな」

「人型の件で、各区域の調査優先度が上がったのよ」

 レイナが机へ腰掛ける。

「で、今回は混成部隊」

「混成?」

「アンタ含めてね」

 ハヤテが眉を寄せる。するとアヤメがスっと表情を消した。

「博士命令でしょ?」

「……チッ」

「隠す気ないのね」

 レイナが面白そうに笑う。

「アヤメってこう言うの鋭いわよね」

「嫌な方向にな」

「実際、最近の支部は部隊間で閉じすぎてたし」

「実際、連携不足はある」

 ナツメが続ける。

「シドウ達第1とカグラの第2は強い。でも戦い方が違う」

「独立はさらに別だしね」

 レイナがハヤテを見る。

「アンタ、状況対応は上手いけど、周囲が合わせづらいのよ」

「悪かったな」

「褒めてるのよ。あんたに合わせられる程、こっちは動けない」

 実際、その通りだった。

 ハヤテは単独行動が長い。だから自分基準で動く。それでも昨日、人型はその癖を読んできた。

 仲間を狙えば止まる。守りに入れば動きが鈍る。

 そこまでは博士も指摘していた。

 だが――。

(そういえばライジュウの時も、似た感じだったな)

 ふと、以前の戦闘が脳裏をよぎる。

 雷を纏った大型種。あの時も妙に動きが噛み合いすぎていた。

 逃げ道を潰すような動き。偶然にしては出来すぎていた連携。

(……いや)

 考えすぎかもしれない。だが、人型が他マガツへ干渉できるなら。あの時の違和感にも説明がつく。

 なのに博士は、その件には触れなかった。

 気づいていないのか。あるいは――。

「今回の遠征先は?」

 思考を切り替えるように、ハヤテが口を開く。

「北東廃坑区」

 その瞬間、ラウンジの空気が少し変わった。

「……あそこか」

「まだ諦めてないのか」

「大型反応多い区域だろ?」

 周囲のハンターだけでなく、整備士達まで反応する。

 レイナが肩を竦めた。

「最近また活性化してるらしいわ」

「経立絡みか?」

「可能性は高い」

 ナツメが端末を操作する。

「牛型反応複数。猿種多数。あと未確認移動反応」

「未確認、ねぇ」

 ハヤテは紙コップを握り潰した。嫌な予感しかしない。

 だが同時に、ほんの少しだけ安堵もしていた。少なくとも、現時点で人型の反応ではない。

 そう思いたかった。

「集合は明日早朝」

 レイナが立ち上がる。

「今回は長距離遠征。死ぬほど歩くから覚悟しなさい」

「それ戦闘より嫌なんだけど」

「贅沢言うな」

 笑い声が少しだけ広がる。

 薄暗いラウンジ。疲弊した基地。壊れかけた世界。

 それでも人は、こんな風に笑う。そしてその輪の中に、自分がいる。

 ハヤテはふと、そんなことを思った。

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