24話目
翌朝。
基地中央区画、共用ラウンジ。
薄暗い照明の下で、古い換気扇が唸っている。金属製の長机。擦り切れた椅子。壁際には稼働音の怪しい自販機が並び、その半分には「故障中」の張り紙が貼られていた。
「……故障、増えてんなぁ」
紙コップ片手に、ハヤテがぼやく。
中身はコーヒー風味の何かだ。色は似ている。味は違う。
「文句言うなら飲まなきゃいいのに」
向かいでアヤメが呆れた顔をする。
「飲まないと目ぇ覚めねぇ」
「それでよく味覚死なないわね」
アヤメの前には整備途中のワイヤー銃。部品を分解しながら器用に工具を回している。
細い指が迷いなくネジを回し、焼けたワイヤーを交換していく。
後衛。支援型。そういう立ち位置の癖に、戦場では妙に前へ出る。
昨日もそうだった。人型が狙いを変えた瞬間。真っ先に危険域へいたのはアヤメだった。
「整備班行かないのか?」
「今混んでるのよ。どこも連日の出撃で武器壊れまくったから」
ラウンジの奥でも、何人かのハンターが武器を分解していた。
刃こぼれした大剣。焼けた銃身。補修跡だらけの装甲。もちろん新品などほとんど無い。
マガツ素材の武器は強力だが、消耗も激しい。だから皆、自分である程度整備できる。
「あんたの双剣は?」
「博士んとこ、後で整備班に渡すって」
「また変なの積まれてないでしょうね」
「否定できねぇのが困る」
ハヤテがため息を吐く。
その時、ラウンジ入口側が少し騒がしくなった。
「だから無理だって!」
「いやいけるって!」
「昨日腕吹っ飛びかけてただろお前!」
若いハンター達だ。
まだランク2程度だろう。装備も新しいというより、単に使い込まれていない。
そのうちのひとりが、ハヤテへ気づいた。
「……あ」
一瞬で空気が変わる。周囲の視線が集まった。
「独立の……」
「ハヤテだ」
「昨日もやりあったらしいよ」
ひそひそ声。ハヤテは嫌そうに顔をしかめた。
「見世物じゃねぇんだけど」
「アンタ、自覚ないの?」
アヤメが呆れる。
「単独行動班。ランク4。しかも人型と交戦済み。新人からしたら都市伝説みたいなもんよ」
「不本意だなぁ……」
すると、ひとりの新人が恐る恐る近づいてきた。
「あ、あの!」
「ん?」
「人型って……本当に居るんですか?」
ラウンジが静かになる。
誰もが聞きたがっていた。だが聞きづらかったのだろう。ハヤテは少しだけ考える。
「……居る」
短く答えた。
「強いぞ。それに小賢しい」
「ざっくり過ぎるでしょ」
アヤメが横から突っ込む。だが新人達の顔色は悪かった。
「レーダーにも映らないって……」
「しかも大型誘導って噂……」
「マジなのかよ……」
不安が広がる。当然だ。未知の敵というだけで恐怖になる。ハヤテは小さく息を吐いた。
「まぁ、死ぬほど絶望的って訳でもねぇよ」
その言葉に、新人達が顔を上げる。
「少なくとも、斬れはする。俺じゃない奴も一太刀入れてるしな」
言いながら、視線が自然とアヤメへ向く。
人型の腕を止めたワイヤー。あの一瞬が無ければ、自分でも避け切れたか怪しかった。
アヤメは気づいたのか、怪訝そうに眉を寄せた。
「……何よ」
「別に」
「気持ち悪いわね」
即答だった。
「多分」
「最後で台無しなのよ」
新人達が少しだけ笑う。空気がわずかに軽くなった。その時。
「お、居た居た」
軽い声。振り向くと、レイナが手を振りながら近づいてきた。
「朝から人気者じゃない」
「勘弁してくれ」
「無理無理。昨日の戦闘、もう支部中に回ってるわよ」
レイナの後ろには、小柄な男――ナツメもいる。
相変わらず眠そうな目だ。
「……次の遠征、決まった」
ナツメがぼそりと言った。
「早ぇな」
「人型の件で、各区域の調査優先度が上がったのよ」
レイナが机へ腰掛ける。
「で、今回は混成部隊」
「混成?」
「アンタ含めてね」
ハヤテが眉を寄せる。するとアヤメがスっと表情を消した。
「博士命令でしょ?」
「……チッ」
「隠す気ないのね」
レイナが面白そうに笑う。
「アヤメってこう言うの鋭いわよね」
「嫌な方向にな」
「実際、最近の支部は部隊間で閉じすぎてたし」
「実際、連携不足はある」
ナツメが続ける。
「シドウ達第1とカグラの第2は強い。でも戦い方が違う」
「独立はさらに別だしね」
レイナがハヤテを見る。
「アンタ、状況対応は上手いけど、周囲が合わせづらいのよ」
「悪かったな」
「褒めてるのよ。あんたに合わせられる程、こっちは動けない」
実際、その通りだった。
ハヤテは単独行動が長い。だから自分基準で動く。それでも昨日、人型はその癖を読んできた。
仲間を狙えば止まる。守りに入れば動きが鈍る。
そこまでは博士も指摘していた。
だが――。
(そういえばライジュウの時も、似た感じだったな)
ふと、以前の戦闘が脳裏をよぎる。
雷を纏った大型種。あの時も妙に動きが噛み合いすぎていた。
逃げ道を潰すような動き。偶然にしては出来すぎていた連携。
(……いや)
考えすぎかもしれない。だが、人型が他マガツへ干渉できるなら。あの時の違和感にも説明がつく。
なのに博士は、その件には触れなかった。
気づいていないのか。あるいは――。
「今回の遠征先は?」
思考を切り替えるように、ハヤテが口を開く。
「北東廃坑区」
その瞬間、ラウンジの空気が少し変わった。
「……あそこか」
「まだ諦めてないのか」
「大型反応多い区域だろ?」
周囲のハンターだけでなく、整備士達まで反応する。
レイナが肩を竦めた。
「最近また活性化してるらしいわ」
「経立絡みか?」
「可能性は高い」
ナツメが端末を操作する。
「牛型反応複数。猿種多数。あと未確認移動反応」
「未確認、ねぇ」
ハヤテは紙コップを握り潰した。嫌な予感しかしない。
だが同時に、ほんの少しだけ安堵もしていた。少なくとも、現時点で人型の反応ではない。
そう思いたかった。
「集合は明日早朝」
レイナが立ち上がる。
「今回は長距離遠征。死ぬほど歩くから覚悟しなさい」
「それ戦闘より嫌なんだけど」
「贅沢言うな」
笑い声が少しだけ広がる。
薄暗いラウンジ。疲弊した基地。壊れかけた世界。
それでも人は、こんな風に笑う。そしてその輪の中に、自分がいる。
ハヤテはふと、そんなことを思った。




