22話目
搬送車が基地へ戻る頃には、空は完全に夜へ沈んでいた。
重い駆動音と共に正門が開く。
外壁上では警戒灯がゆっくり回り、銃座の影が不気味に揺れている。
帰還したという安心感より、“まだ襲われていないだけ”という空気の方が強かった。
ハッチが開く。
「負傷者優先! 通路空けろ!」
第2部隊が慣れた動きで降りていく。
担架。武器回収。マガツキ素材の搬送。
誰も無駄話をしない。それだけ今日の任務は重かった。
「……疲れた」
ハヤテが小さく呟く。
「顔に出てないわよ」
隣を歩くアヤメが肩を竦めた。
「お前もな」
「私は後衛よ。そんなことよりこの後は整備班。ワイヤー焼けてるし」
そう言いながらも、アヤメはちらりとハヤテを見る。
「アンタは?」
「んー……少し寄るとこある」
「博士?」
「察しがいいな」
「分かりやすすぎるのよ」
そこでカグラが横を通り過ぎる。
「お前ら、今日はもう休め」
「隊長命令?」
「ベテランからの忠告だ」
「珍しく優しいじゃない」
「死人が増えると面倒なんだよ」
ぶっきらぼうに言い残し、第2部隊の方へ戻っていく。ハヤテはそれを見送りながら、小さく息を吐いた。
「……じゃ、行ってくる」
「ほどほどにね」
アヤメが軽く手を振る。
ハヤテも片手を上げ、そのまま研究区画へ歩き出した。
「……」
ハヤテの背中を見つめながら、アヤメは少しだけ考え込む。ハヤテが独立部隊となったきっかけは博士のひと声だったらしい。その後からハヤテは周りから離れ、1人でよく分からない任務にもよく出るようになった。そして帰還直後に博士から直接連絡。
「……なんか嫌なのよね」
独り言。
そのまま、少し距離を空けて後を追った。
◇
研究区画。
分厚い隔壁を抜けた瞬間、薬品臭が鼻についた。
相変わらずの研究室だ。机の上には解体途中のマガツキ素材。泡立つ試験管。意味の分からないのは無駄にコードが大量に刺さっているモニター群だ。
「やぁ、お疲れ様」
白衣姿の博士が椅子を回した。
「毎回思うけど、酷ぇ部屋だな」
「研究者への偏見だよそれは」
「おい、主語をでかくするんじゃねぇ。俺はあんたに言ってるんだよ」
ハヤテが椅子へ腰掛ける。
博士は軽く笑いながら端末を操作した。モニターへ映し出されたのは、今日の戦闘記録。
熱源反応。大型種の移動経路。そして、ぽっかり空いた空白地帯。
「まず結論から言おう」
博士が指を立てる。
「人型は“知能”を持っている可能性が高い」
「……まあ、驚きはねぇな」
「だが、人間ほど高度じゃない」
映像が切り替わる。大型種二体の移動ログ。
「この動き方。正直、獣のそれから外れることは無い。しかし、誘導がある可能性は高い」
「誘導?」
「例えば狼や蟻。フェロモンや鳴き声で群れを動かす」
博士は画面を拡大した。
「調査は必要だが、直前まで発見出来なかった事とマガツキキのレーダーの反応を見ると……このように人型が通った経路に沿って、大型種が動いている。縄張り意識の強い大型が、だ」
「偶然じゃねぇって?」
「恐らくね」
博士は椅子へ深く腰掛けた。
「私は、“フェロモン説”を推している」
「フェロモン……?」
「マガツキ特有の物質、“マガ”を利用した信号伝達だよ。大型種を刺激し、誘導する」
「虫かよ」
「実際、生物の行動原理なんてそんなものさ。蟻の行列は餌の場所までおしりから匂いを地面につけて誘導してるしね」
博士は肩を竦める。
「だから私は、人型も“高度な獣”だと思っている」
「どのくらいだ?」
「せいぜい猿程度かな」
ハヤテは眉をひそめた。
「……あの脅威が猿は十分嫌なんだが」
「人間ほど複雑ではない、という意味だよ。道具を使う猿もいる。群れを率いる個体もいる」
「なるほどな」
「学習能力は高い。だが人間みたいな他の種族を飼うまでは至っていない。私はそう見ている」
博士は戦闘映像を止める。
そこには、人型がハヤテの動きを避ける瞬間が映っていた。
「特に興味深いのはここだ」
「あ?」
「君への対応速度が異様に速い」
「そりゃ嬉しくねぇな」
「いや、重要なんだよ」
博士は真面目な顔になる。
「人型は“対応しやすい敵”を優先して狩っている節がある」
「……どういう意味だ」
「ハヤテ君。君、守る戦いが苦手だろう?」
ハヤテの表情が止まった。
「単独戦闘では非常に強い。対応力も高い。状況判断も速い」
博士は淡々と続ける。
「だが護衛戦になると精度が落ちる」
「……」
「理由は簡単だ。君は“相手を見る”戦い方をするからだよ」
映像が切り替わる。
ウシオニ戦。人型戦。複数の記録。
「敵の動きを見て、その場で最適解を積み上げる。だから未知への対応が異常に速い」
「悪いことみたいに言うな」
「悪くない。むしろ才能だ」
博士は即答した。
「だが、その戦い方は“固定された守り”に向かない」
拠点防衛。護衛対象。味方の援護。
そういう“守るべき条件”が増えるほど、ハヤテの動きは制限される。
「君は戦場全体を支配するタイプじゃない。変化へ噛みつく側だ」
「……シドウとは逆ってか」
「まぁ、彼の場合は得意の押しつけだけどね」
ハヤテは小さく舌打ちした。
自覚はある。だから元々単独行動が多かった。拍車をかけたのは独立行動班という性質だ。
誰かを守りながら戦うより、一人で暴れていた方が強い。
「それともう一つ」
博士が指を立てる。
「火力不足」
「うるせぇな」
「実際そうだろう?」
否定できなかった。ハヤテの戦い方は手数と対応力。
削り合いには強い。だがシドウのように“一撃で終わらせる”力はない。それを補うための武器もこの間壊れた。
「大型相手だと顕著だ。致命打が足りない」
「分かってるよ」
「だから君は“崩し役”なんだ」
博士は笑う。
「敵を見切り、流れを乱し、隙を作る。そこへ高火力を叩き込む」
「……チーム前提か」
「珍しく素直だね」
「いつも言われるが、俺はどう思われてんだ?」
少しだけ沈黙が落ちた。博士はそのままモニターを閉じる。
「だから今後の方針も決まる」
「なんか言えよ……で、なんだ?」
「人型は追う。だが同時に、基地全体の戦力強化を進める」
博士が静かに言う。
「君は今後、単独行動を減らすべきだ」
「は?」
「色々な部隊と組み、大型種を狩る。経験を共有する」
「教育係やれって?」
「近いね」
ハヤテは露骨に嫌そうな顔をした。
「向いてねぇだろ」
「だが必要だ」
博士の声色が少しだけ重くなる。
「もし人型が本当に学習しているなら、“シドウ対策”をされるのが最悪なんだよ」
「……」
「だから戦力を分散させる必要がある。誰か一人に依存した時点で終わる」
その言葉に、ハヤテは少し黙った。
確かに、今の基地はシドウへの依存が強すぎる。
「君はその穴を埋める側だ」
「買い被りだろ」
「いいや?」
博士は笑った。
「君は既に、“未知への対処”だけなら支部トップクラスだよ」
軽い口調。だが珍しく本気だった。
ハヤテは頭を掻く。
「……めんどくせぇ話になってきたな」
「世界は大体そういうものさ」
研究室の外では、遠く警報灯が赤く明滅していた。
終わりの見えない夜の中。人類はまだ、敵の正体すら掴めていない。




