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裂界の帰還者  作者: 霞山 大和
遭遇偏
21/33

21話目

 瓦礫の奥から、低い唸り声が重なって聞こえる。暗闇の中。赤い眼がいくつも揺れていた。

『中型反応増加!』

 ミヤの声が響く。

『イヌガミ多数! サルガミも接近しています!』

「撤退だ」

 カグラが即断する。

「負傷者優先。隊列維持しろ」

「了解!」

 第2部隊がすぐ動き出す。負傷者を中央へ。前後を護衛で固める。

 迷いがない。場数を踏んだ部隊の動きだった。

「ハヤテ」

「分かってる」

 双剣を構え直す。

「殿だろ?」

「最後尾を頼む」

「はいはい」

 軽く返しながらも、視線は周囲から外さない。人型の姿は見えない。ただし、見えていないだけだ。

 隙を突く動きに警戒をしない理由はない。

「来るぞ」

 カグラが低く呟く。

 瓦礫を蹴り砕いて、イヌガミが飛び出した。

「ガァァッ!!」

「遅ぇ」

 ハヤテの右剣が閃く。首が飛ぶ。さらに左。サルガミの腕を切断。勢いのまま蹴り飛ばす。

 次。

 また次。まるで時間稼ぎみたいに、次々湧いてくる。

「チッ、キリねぇな!」

「焦るな」

 カグラの長刀が横薙ぎに走る。一閃。イヌガミ二体がまとめて崩れ落ちた。

「撤退戦は倒し切る必要がねぇ」

 さらに一歩下がる。

「止めりゃいい」

「それが一番面倒なんだよ!」

 ハヤテが叫びながらサルガミの頭を踏み砕く。前へ出すぎれば囲まれる。

 下がりすぎれば追いつかれる。絶妙な距離管理。それをカグラは淡々とやっていた。

「守りながらは苦手か。右、三秒後」

笑い混じりの声に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるハヤテ。しかし、戦闘中だと意識を切り替える。

「あ、ああ」

 短いやり取り。直後、崩れた車両の陰から飛び込んできたイヌガミをハヤテが切り捨てる。

 連携としては最低限。だが、それで十分だった。

『皆さん、あと二百メートルで搬送車です!』

 ミヤの声。その瞬間。

『……え?』

 声色が変わった。

「どうした」

『大型反応……2体』

 空気が変わる。ハヤテとカグラが同時に足を止めかけた。

「位置は」

『こちらではありません』

 ミヤの声が続く。

『人型反応消失地点付近です』

「……なんだと?」

 カグラが眉をひそめる。レーダーには人型は映らない。だからこれは憶測だ。

『大型反応二体、移動開始』

「どっちへ向かってる」

『……離れていきます』

 嫌な沈黙。大型種が2体。普段なら珍しい同時行動。しかも、人型が消えた方向から現れた。

「おいおい……」

 ハヤテが顔をしかめる。

「冗談だろ」

 大型種は基本的に縄張り意識が強い。基本的に群れない。

 ましてや、同じ方向へ移動するなど聞いたことがない。

「……管理でもしてるのか?」

 カグラが低く呟く。

「人型が」

 その言葉に、ハヤテは無意識に瓦礫の奥を見た。

 暗闇。何も居ない。なのに、まだ視線だけが残っている気がした。

『搬送車、確認!』

 ミヤの声。

 前方、崩れた道路の向こうに車両が見える。

「乗れ!」

 カグラが叫ぶ。

 第2部隊が一気に加速した。最後尾。

 ハヤテが振り返る。追撃してくるマガツキの数が、急に減っていた。

「……」

 “役目が終わった”そう言われている。嫌な感覚だけが残る。

「ハヤテ!」

「今行く!」

 搬送車へ飛び乗る。

 直後、ハッチが閉まった。重い衝撃音。車両が動き出す。

 ようやく緊張が少しだけ緩んだ。

「……クソ疲れた」

「お前、疲れるって顔してねぇんだよ」

 カグラが壁へ背を預ける。

「人型相手に動きすぎだ」

「死にたくないだけだって」

「それであれなら十分異常だ」

 そう言って小さく笑う。初めてだった。

 カグラが少しだけ、ハヤテを見る目を変えたのは。

『……あの』

 通信へミヤの声が入る。

『皆さん、本当にお疲れ様でした』

「そっちもな」

『はい……』

 その声には、明らかに疲労が混じっていた。

 当然だ。新人オペレーターが処理する情報量じゃない。

 人型。大型種二体。撤退戦。

 普通ならパンクしている。

「ちゃんと休めよ」

『……はい』

 少しだけ嬉しそうな声。そこで通信が切れ――

『やぁハヤテ君、そのまま黙って聞いてくれ』

「……?!」

 別回線。聞き慣れた胡散臭い声。

『この後、少し時間あるかな?』

「いや今帰還中――」

『大型種二体の件、人型の生態について、マガツキとは何なのか』

 博士の声色が変わる。軽さが消えていた。

『君には知っておいてもらおうと思ってね』

 ハヤテの顔から、疲労が消えた。

何を知っている?

『まだ仮説だ』

 短い沈黙。そして。

『だからこそ、君にだけ先に伝えておきたい』

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