14話目
翌日。基地内ラウンジは、朝だというのに妙に薄暗かった。
照明は半分しか点いていない。残りは電力節約か、それとも単純に壊れているのか。どちらにせよ、今さら誰も気にしない。
ハヤテは壁際のソファへ深く座り、紙コップのコーヒーもどきを口へ運んだ。
「……薄い」
味がしない。いや、苦味だけは妙に残る。たぶん豆じゃない何かが混ざっている。それでも温かいだけマシだ。
ラウンジには数人のハンターがいた。
装備を整備している者。仮眠を取っている者。壁へ背を預けたまま、ぼんやり天井を見ている者。
全員、疲れた顔をしている。誰も大声では喋らない。無駄に騒ぐ元気もないのだろう。
「……別の目的、ねぇ」
昨日の博士の言葉を思い出す。
――人を襲うことが目的なら、人類はもっと前に滅んでいる。
確かに、その通りだった。各地の結界都市は今も残っている。もちろん安全ではない。外へ出れば死ぬ可能性の方が高い。
だが、それでも“絶滅”はしていない。
もしマガツキが本気で人類を滅ぼすだけの存在なら。大神の本拠地が今も残っている理由はなんだろうか。
「考えるだけ無駄か……」
呟きながら、コップを揺らす。結局、分からないことばかりだ。
マガツキはどこから来たのか。なぜ発生するのか。何を目的に動いているのか。
博士は“感情説”をあまり信じていなかった。
一般には、人の負の感情がマガを発生させると言われている。
恐怖、怒り、憎悪。
それらが積み重なってマガとなり、マガツキを生む。
だが博士は、あれは後付けの理論だと言っていた。観測結果に理由を当てはめただけの、説明のための説明。
『だって感情が原因なら、もっと昔に世界は壊れていたはずだろう?』
昨日の声が頭に蘇る。
『人類は昔から争っている。戦争も差別も飢餓もあった。それなのに、なぜ五十年前に突然こんなことになったのか』
「……まぁ、言いたいことは分かる。感情が影響したとしてもきっかけは別にある」
ハヤテは小さく息を吐いた。
だが、じゃあ何が原因なのかと聞かれても答えはない。
結局、自分ではたどり着けない答えだ。
ラウンジの入口が開く。視線を向けると、アヤメが片手を上げながら入ってきた。
「よ。生きてる?」
「昨日の今日だぞ」
「よかった。無理やり出撃してなくて」
相変わらずの軽口だ。アヤメは自販機の前へ立ち、しばらく悩んだあと炭酸飲料を取り出した。
「シドウは?」
「朝から訓練場。新人泣かせてるんじゃない?」
「容易に想像できるな……」
シドウは強い。単純な戦闘力もそうだが、何より戦場の整理が上手い。
昨日のウシオニ戦でもそれを痛感した。自分は目の前の敵を捌くので精一杯だった。
だがシドウは、周囲のマガツキの数、位置、危険度を全部処理しながら動いていた。
だから隊長なのだろう。
「なんか悔しそうね」
「そりゃまぁ」
「でもハヤテはハヤテで異常だから安心しなさい」
「慰めになってねぇよ」
アヤメが肩を竦める。
「普通、ウシオニ相手に時間稼ぎしながら“倒す算段”考えないのよ」
「考えるだけなら自由だろ」
「それを実行まで持っていけるだけ普通じゃないのよ」
呆れたように言われ、ハヤテは苦笑した。その時。
ラウンジ奥で小さな歓声が上がる。
視線を向けると、若いハンター数人が何かを囲んでいた。
中心にいたのは、ミヤだった。
「あ」
ミヤがこちらへ気付き、少し慌てたように頭を下げる。
新人オペレーターという立場もあってか、最近はよく話しかけられているらしい。
昨日の件もあるのだろう。
レーダー外個体との遭遇。その状況で最後まで通信支援を続けた新人。
基地内では、既に少し話題になっていた。
「人気者じゃない」
「勘弁してやれ。今いっぱいいっぱいだろ」
「優しい」
「何もしてないだろ」
「そこ自覚ないの面倒なのよね」
アヤメが炭酸を飲む。その時だった。ラウンジの自動扉が開く。
一瞬だけ空気が変わった。
「……2人揃っていたか」
アオバ教官だった。
いつもの軍服姿。無駄のない足取りでラウンジへ入ってくる。
周囲のハンターたちが自然と姿勢を正した。
「ハヤテ、アヤメ」
「はいよ」
「ん」
アオバ教官はふたりの前まで来ると、短く告げる。
「一時間後、会議室Bに集合だ」
「会議?」
「今回の件についてだ」
声が低い。
いつもの淡々とした口調だが、その奥に僅かな緊張が混じっていた。
「支部長判断で、各部隊リーダー級を集める」
「……マジか」
ハヤテが眉をひそめる。
それなりに大きな任務失敗や、経立級討伐の後でも、ここまで大規模な会議は滅多に開かれない。
つまり、それだけ重く見られているということだ。
「未知の人型マガツキについて、か」
「ああ」
アオバ教官が頷く。
「情報共有と、今後の方針決定を行う」
短い沈黙。ラウンジの空気が、少しだけ張り詰めた。
「……嫌な予感しかしねぇな」
「奇遇だな。私もだ」
珍しく、アオバ教官がそう返した。




