13話目
搬送車が基地へ戻った頃には、空は薄暗く染まり始めていた。
重々しい駆動音と共に正門が開く。
分厚い外壁。幾重にも重ねられた鉄板。増設を繰り返した継ぎ接ぎの砲台群。その姿は要塞というより、崩れかけた建物を無理やり延命しているようにも見えた。
中へ入った瞬間、ようやく張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
「……帰ってきたか」
ハヤテが背もたれへ頭を預けた。
正直、疲れていた。ウシオニだけならまだいい。問題は、あの人型だ。
頭の奥に嫌な感触が残っている。観察されていたような感覚。試されていたような不快感。
「ハヤテ」
シドウがハッチ前で振り返る。
「アオバ教官への報告は俺が。お前、今日は休め」
「はいはい」
「本当に休め」
「……善処します」
シドウが小さくため息を吐く。そのまま搬送車を降りていった。
「私は整備班のとこ寄ってから戻るわ」
続いてアヤメも立ち上がる。ワイヤー銃を肩へ担ぎながら、ふと振り返った。
「ねぇ、無茶して死なないでよね」
「努力はする」
「努力じゃダメ。あんた自分の命が軽すぎよ」
軽く手を振って、アヤメも去っていく。搬送車に残ったのはハヤテだけだった。
『……あの』
通信越しに、ミヤの声がする。
「ん?」
『お疲れ様でした』
「そっちもな」
少し間が空く。通信は切れていない。何か言いたそうだった。
「どうした?」
『いえ……その……』
歯切れが悪い。いつもの事務的な口調とも違う。ハヤテは小さく笑った。
「なんだ?吐いたか?」
『吐いてません!』
即答だった。
「なら上等」
『ですが……』
ミヤの声が少し小さくなる。
『怖かったです。私が戦う訳でもないのに』
ハヤテは黙って続きを待った。
『何も見えないのに、突然反応が消えて……それなのに皆さんは戦ってて、もし通信が遅れたら、間違えたらって考えたら……』
言葉が止まる。新人だ。しかも実戦経験も浅い。今日みたいな任務は荷が重かっただろう。
「……でも、ちゃんと見れてたじゃん」
『え?』
「ウシオニの熱量上昇も、周囲の接近も、崩落も」
「全部先に拾ってただろ」
実際、何度も助けられている。新人にしては十分すぎた。
「現場で一番ヤバいのは、怖がらない奴だよ」
『……』
「怖いから確認する。怖いから周りを見る。そっちの方が生き残る。緊急事態なんて日常茶飯事だが、それを最初からやり切れる人間は立派さ。自信もっていいよ」
少なくとも。恐怖を忘れたハンターは大抵長生きしない。そしてそれを見届け、心の死んだオペレーターを何人も見てきた。
『……ありがとうございます』
「おう」
そこで通信が切れた。完全に切る前、向こうで小さく息を吐いたのが聞こえた気がした。搬送車を降りる。
基地の中は相変わらず薄暗い。通路の照明は半分以上死んでいるし、点いているものもチカチカ瞬いていた。
すれ違う整備員たちの顔にも疲労が滲んでいる。資材運搬用の台車には、使い回された装甲板。
補修跡だらけの銃器。割れたマスク。まともな新品など、ほとんど見かけない。
「世紀末だなほんと……」
壁際では腕を失ったハンターが義手調整を受けていた。
別の場所では、血塗れの担架が運ばれていく。誰も立ち止まらない。もう見慣れている。日常だからだ。
ハヤテはポケットへ手を突っ込み、そのまま研究区画へ向かった。扉を開く。途端に薬品臭さが鼻についた。
「おや、お帰り」
白衣姿の男――博士が顔を上げる。机の上には解体途中のマガツキ素材。さらに隣では、何やら得体の知れない液体が泡立っていた。
「うわ、今日も酷ぇ部屋」
「第一声がそれかい?」
「はは、褒めてる」
「なら良し」
博士は満足そうに頷いた。絶対褒め言葉として受け取っていない。
「それで?」
博士が椅子へ深く腰掛ける。
「未知の人型マガツキと接触した感想は」
「情報速ぇな……最悪」
即答だった。
「まぁ、オペレーター質から見ていたからね。感想もまた率直だ」
「速い、硬い、見えない、読めない。ついでに嫌な感じがする」
「ふむ」
博士がメガネを押し上げる。
「嫌な感じ、とは?」
「気のせいと言われればその程度だが、知性みたいなものを感じた……なんつーか、獣じゃなかった」
博士の目が細くなる。
「なるほど」
「なんだよその反応」
「いや、少し安心した」
「は?」
「君が同じ感想で」
その言葉に、ハヤテは眉をひそめた。
「……博士、なんか知ってんのか?」
「知らないさ」
博士は笑う。だがその笑みは薄い。
「だから困ってる」
研究室に沈黙が落ちる。遠くで基地の警報音が小さく鳴っていた。博士は机の上のマガツキ素材を軽く指で叩く。
「マガツキは人を襲う生物だと、皆そう思っている」
「そういえば出撃前の話で否定してたな」
「否定って程でも。ただ、それが主目的なら人類はもっと前に滅んでると仮定しているだけさ」
博士は静かに続けた。
「大神の拠点は今も残っている。非科学的な物は嫌いだが、結界と呼ばれる領域がある。大規模侵攻も滅多に起きない。まるで“別の目的の途中で人を襲っている”みたいだ」
「……」
「そして今日の個体。考えさせられるね。目的は明らかに有りそうな動きだった」
ハヤテは壁へ背中を預ける。頭の奥に、あの白い輪郭が浮かんだ。
レーダーに映らず。殺意があるかとも思えばすぐに退いた。力だけでいえば上位の強さに入る能力はありつつ、奇妙な行動を取る。
「……少なくとも、今までのマガツキとは違う存在だ。博士、やっぱりなんか知ってるのか?」
「いや、出回っている以上の話は僕も知らない。本当だよ?だが、学者たるものそこから考察し、仮定し、検証する。興味があるなら説明しようか?」
「……長いか?」
「全部を話せばね」
「3分」
「無茶を言うね」
博士は椅子へ深く座り直し、指を組んだ。
「まず前提として、マガツキは統一された生物群じゃない」
「いきなり難しいな」
「犬型、猿型、牛型……性質も行動も違う。だが、それでも共通点はある」
博士が机の上のマガツキ素材を軽く叩く。
「人を襲うこと自体は共通しているが、“執着”が薄いんだ」
「執着?」
「普通の生物なら、捕食は生きるために行う。だが彼らは妙だ。襲う時もあれば、そっぽを向く時もある。満腹だとしても、ハンターを見て、敵だと認識していても同じことが起こるのはおかしい。生きるために防衛本能は働く」
「……まぁ、確かに」
「だから僕は、“人類殲滅”が目的ではないと考えている」
「ここ最近で何度も聞いたな」
博士は頷き、そこで一度言葉を切った。
「そして今日の個体だ」
研究室の空気が少しだけ重くなる。
「あれは君たちをどうするつもりだったのかだ。正直、分からない。あげるとすれば、偶然新種と出くわして、相手はこっちを知らないから逃げた。あるいはこっちの存在を見に来た。あとは……何かに支持を受けたとか、ね」
「……知性があるとでも?」
「可能性としては考えていいって話さ。少なくともあれは本能だけで動いていない可能性がある。猿やカラスだって道具を使うだろう?同じ程度のことはできると仮定しても問題はあるまい」
ハヤテが嫌そうに顔をしかめる。
「やめろよ」
「ん?」
「そのうち『実は会話できます』とか言い出しそうで嫌なんだけど」
博士が吹き出した。
「ははは、それは流石にロマンがありすぎる」
「否定になってねぇんだよなぁ……」




