11話目
搬送車へ戻るまで、誰もほとんど喋らなかった。
遠くではまだマガツキの咆哮が響いている。
だが追ってくる様子はない。それが逆に不気味だった。まるで、目的はもう達成したと言わんばかりに。後部ハッチが閉じる。薄暗い車内に重い沈黙が落ちた。
『搬送車、帰投ルートへ移行します』
ミヤの声もどこか硬い。ハヤテは座席へ背中を預け、深く息を吐いた。左腰の代用品へ視線を落とす。
細剣型。軽い。悪くはない。
だが、さっきの戦闘では僅かな感覚のズレが何度も生死に関わった。
「……クソ」
「珍しく素直に反省してるじゃない」
向かいのアヤメが水筒を投げて寄越す。受け取って一口飲む。ぬるい。
それでも喉に染みた。
「お前こそ静かだな」
「そりゃ静かにもなるわよ」
アヤメが窓の外を見ながら呟く。
「あんな不気味なの見た後でいつも通りやれって方が無理」
その言葉に誰も返さない。シドウだけが腕を組んだまま目を閉じていた。寝ているのかと思ったが、違う。考えている顔だ。
『……あの』
ミヤが遠慮がちに通信へ割り込んだ。
『先程の個体について、過去記録を照合しています』
「見つかったか?」
『いえ……正式記録には存在しません』
「正式、ねぇ」
ハヤテが鼻を鳴らす。その言い方だと、正式ではないものはある。
『未確認報告はいくつかあります』
ミヤが続ける。
『レーダーに映らない、人の影を見た、偶然の崩落で負傷した……など、断片的ですが』
「断片的ってことは」
アヤメが目を細めた。
「確証のある情報は無いって事ね」
「まぁ、もしくは隠蔽か」
通信の向こうで、ミヤが黙る。それが答えだった。車内の空気がさらに重くなる。
「……なるほどな」
シドウがゆっくり目を開いた。
「だから上が情報を欲しがる訳だ」
「知ってたのか?」
「支部長から呼び出されてな。覚えはないかって」
支部長から直々に呼び出されることはほとんどない。シドウほどのハンターでも、だ。
それが嫌に現実味を持たせる。
「ハヤテ」
「ん?」
「お前、あれと打ち合ってどう思った」
少し考える。思い返すのは、あの白線だけの顔。腕力。そして異様な動き。
「……迷いがなかった」
「ほう」
「動きが獣のそれじゃねぇ」
アヤメが嫌そうに顔をしかめる。
「やめて。笑えない」
「俺だって確信はしてない。違和感を言語化するならそうなるってだけだ」
ハヤテは続けた。
「しかも、あいつ自分から深追いしてこなかった。サルガミとかをけしかけるような動きだろ」
『やはり人型が原因……ですか?』
「わからん、少なくとも従来のマガツキとは別物だな」
嫌な感覚だった。ただ襲われる方がまだマシだ。
あれは、“見られていた”と感じるような不快感。
「……シドウ」
アヤメが低い声を出す。
「もしあれが、考えて動いてるとしたら」
「ああ」
「最悪ね」
シドウは否定しなかった。代わりに小さく息を吐く。
「だから持ち帰る」
「情報を?」
「危機感を、だ」
その時だった。搬送車が急停止する。
「っ?」
『前方反応!』
ミヤの声が鋭くなる。
『大型反応一!道路中央です!』
窓の外。崩れた高速道路の上に、巨大な影が立っていた。
「……おいおい」
ハヤテが眉を寄せる。
牛、そう呼ぶにはあまりにも巨大だった。
四脚に隆起した黒い筋肉。背中から捻じれた角のような骨が突き出している。赤熱した息が地面を焼いていた。
「ウシオ二だと……さっきのビルの崩壊はこいつか」
シドウが低く呟く。牛型マガツキの中でも最上位。単独で支部が崩壊する危険があるとされる大型個体だ。
「なんでこんなのがこんな場所に居んだよ……」
「経立絡みで活性化してるにしても、ね」
アヤメがワイヤー銃を構える。
『周辺反応増加!』
ミヤの声が続く。
『イヌガミ、サルガミも接近しています!』
「……チッ」
ハヤテが舌打ちする。タイミングが悪すぎる。いや。
「これも関係あるってか?」
「可能性は無いと言いきれん」
シドウが大剣を握り直す。
「だが、あのウシオニを放置して帰る訳にもいかん」
ウシオニが低く唸る。その重低音だけで空気が震えた。周囲の瓦礫がカタカタと揺れる。
「シドウ、どう分けるの?」
アヤメの無線にハヤテが割り込み応える。
「は、殲滅優先。ならシドウの方が早い。俺がウシオニを引きつける」
双剣を抜く。まだ馴染みきってはいない。だがやるしかない。
「ふっ、流石だな。アヤメ、ハヤテの援護をしつつ周囲の警戒を」
「言われなくても」
『皆さん、気をつけてください! ウシオ二の周囲、異常にマガツキ反応が集中しています!』
「……ハッ」
ハヤテが口端を吊り上げる。
「今日は厄日だな」




