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裂界の帰還者  作者: 霞山 大和
遭遇偏
11/34

11話目

 搬送車へ戻るまで、誰もほとんど喋らなかった。

 遠くではまだマガツキの咆哮が響いている。

 だが追ってくる様子はない。それが逆に不気味だった。まるで、目的はもう達成したと言わんばかりに。後部ハッチが閉じる。薄暗い車内に重い沈黙が落ちた。

『搬送車、帰投ルートへ移行します』

 ミヤの声もどこか硬い。ハヤテは座席へ背中を預け、深く息を吐いた。左腰の代用品へ視線を落とす。

 細剣型。軽い。悪くはない。

 だが、さっきの戦闘では僅かな感覚のズレが何度も生死に関わった。

「……クソ」

「珍しく素直に反省してるじゃない」

 向かいのアヤメが水筒を投げて寄越す。受け取って一口飲む。ぬるい。

 それでも喉に染みた。

「お前こそ静かだな」

「そりゃ静かにもなるわよ」

 アヤメが窓の外を見ながら呟く。

「あんな不気味なの見た後でいつも通りやれって方が無理」

 その言葉に誰も返さない。シドウだけが腕を組んだまま目を閉じていた。寝ているのかと思ったが、違う。考えている顔だ。

『……あの』

 ミヤが遠慮がちに通信へ割り込んだ。

『先程の個体について、過去記録を照合しています』

「見つかったか?」

『いえ……正式記録には存在しません』

「正式、ねぇ」

 ハヤテが鼻を鳴らす。その言い方だと、正式ではないものはある。

『未確認報告はいくつかあります』

 ミヤが続ける。

『レーダーに映らない、人の影を見た、偶然の崩落で負傷した……など、断片的ですが』

「断片的ってことは」

 アヤメが目を細めた。

「確証のある情報は無いって事ね」

「まぁ、もしくは隠蔽か」

 通信の向こうで、ミヤが黙る。それが答えだった。車内の空気がさらに重くなる。

「……なるほどな」

 シドウがゆっくり目を開いた。

「だから上が情報を欲しがる訳だ」

「知ってたのか?」

「支部長から呼び出されてな。覚えはないかって」

 支部長から直々に呼び出されることはほとんどない。シドウほどのハンターでも、だ。

 それが嫌に現実味を持たせる。

「ハヤテ」

「ん?」

「お前、あれと打ち合ってどう思った」

 少し考える。思い返すのは、あの白線だけの顔。腕力。そして異様な動き。

「……迷いがなかった」

「ほう」

「動きが獣のそれじゃねぇ」

 アヤメが嫌そうに顔をしかめる。

「やめて。笑えない」

「俺だって確信はしてない。違和感を言語化するならそうなるってだけだ」

 ハヤテは続けた。

「しかも、あいつ自分から深追いしてこなかった。サルガミとかをけしかけるような動きだろ」

『やはり人型が原因……ですか?』

「わからん、少なくとも従来のマガツキとは別物だな」

 嫌な感覚だった。ただ襲われる方がまだマシだ。

 あれは、“見られていた”と感じるような不快感。

「……シドウ」

 アヤメが低い声を出す。

「もしあれが、考えて動いてるとしたら」

「ああ」

「最悪ね」

 シドウは否定しなかった。代わりに小さく息を吐く。

「だから持ち帰る」

「情報を?」

「危機感を、だ」

 その時だった。搬送車が急停止する。

「っ?」

『前方反応!』

 ミヤの声が鋭くなる。

『大型反応一!道路中央です!』

 窓の外。崩れた高速道路の上に、巨大な影が立っていた。

「……おいおい」

 ハヤテが眉を寄せる。

 牛、そう呼ぶにはあまりにも巨大だった。

 四脚に隆起した黒い筋肉。背中から捻じれた角のような骨が突き出している。赤熱した息が地面を焼いていた。

「ウシオ二だと……さっきのビルの崩壊はこいつか」

 シドウが低く呟く。牛型マガツキの中でも最上位。単独で支部が崩壊する危険があるとされる大型個体だ。

「なんでこんなのがこんな場所に居んだよ……」

「経立絡みで活性化してるにしても、ね」

 アヤメがワイヤー銃を構える。

『周辺反応増加!』

 ミヤの声が続く。

『イヌガミ、サルガミも接近しています!』

「……チッ」

 ハヤテが舌打ちする。タイミングが悪すぎる。いや。

「これも関係あるってか?」

「可能性は無いと言いきれん」

 シドウが大剣を握り直す。

「だが、あのウシオニを放置して帰る訳にもいかん」

 ウシオニが低く唸る。その重低音だけで空気が震えた。周囲の瓦礫がカタカタと揺れる。

「シドウ、どう分けるの?」

 アヤメの無線にハヤテが割り込み応える。

「は、殲滅優先。ならシドウの方が早い。俺がウシオニを引きつける」

 双剣を抜く。まだ馴染みきってはいない。だがやるしかない。

「ふっ、流石だな。アヤメ、ハヤテの援護をしつつ周囲の警戒を」

「言われなくても」

『皆さん、気をつけてください! ウシオ二の周囲、異常にマガツキ反応が集中しています!』

「……ハッ」

 ハヤテが口端を吊り上げる。

「今日は厄日だな」

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