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あたしはコルロルを見た。やつを見ると、思い出したように不愉快な気持ちが出てくる。イライラの吹雪が心に乱れ降り、どんどん積もっていく。拳を握らずにはいられなくなるような、激しい感情に支配されそうになる。
そこでふと疑問が湧いた。本当に? リーススがテントから去ったとき、あたしは怒りを感じた。でもはっきり思ったんだ。怒りじゃないと。あたしが今感じるべき感情は、怒りではないはずなんだって。
コルロルへの憎しみ……果たして本物なの? ライアンの言う通り、あたしはやつに二度も命を救われている。いくら怪物だからって、命の恩人には感謝を覚えるんじゃないかしら。
「ねえねえ、そんなことより遊ぼうよ」、テディーベアがもったりした声であたしの足を揺する。
テディーベアの頭をつかんで持ち上げてみる。「や、やめてよ、抱っこしてよ」、じたばたと丸い手足を動かすテディーベアは、砂で汚れていた。手で砂を払い、腕に抱える。
「よしきた! 行こう!」、コルロルの方へ進むあたしを見て、ライアンは勢いよく言った。
「え、君も来るの?」、しかしコルロルに驚かれてしまった。「ここは空気を読んで、レーニスと二人きりにしてくれよ」
「そんな……ここに置いていく気か? その不気味なぬいぐるみはいいのか?」
「ぬいぐるみと少女はマッチするだろう?」
ふと思い出し、マニュアル本を取り出す。確か、山での過ごし方について記されていた。
「マニュアル四十六、山に人を置き去りにしてはいけない(※とくにアルスト山ではよくない)」
「わかったよ。君、ロープかなにか持ってる?」
「俺をぶら下げていくつもりか?」
「しょうがないな、これで我慢するか」、コルロルの長い髪のような触覚が束になって動き、ライアンの胴に巻きついていく。そしてあたしを腕に抱えると、真っ黒な翼が左右に広がった。
「わわっ」、ライアンは結局、横向きにぶら下がる恰好で浮いた。「すっごーい! あはは! 飛んでる飛んでる!」、腕の中で、ぬいぐるみがはしゃぐ。
「気になってたんだけど」、あたしはライアンへ叫んだ。「あのどんぐり、どうするつもりだったの?」
姪っ子にあげるという話は、嘘だと言っていた。
「君たちは知らないんだね。君たちのお父さんは、名の知れた芸術家だったんだ。あのどんぐりは、彼の最後の作品さ。どこにも展示されなかったが、彼は死ぬ直前のインタビューの中で語ってる。娘たちに金のどんぐりを送ったと。幻の作品ってとこさ」
「父さんが? 芸術家だったの? たしかに、よく何か創ってたけど」
「君たちのあの生活を見る限り、人と関わらず細々と暮らしたかったんだろうね」
「あのどんぐりに、そんなに高値がつくの?」、棚の上に置かれたどんぐりが思い出される。保管の仕方とか、気を使わなくて良かったのだろうか。
「あれを欲しがる熱狂的なファンはごまんといる。価値はそうだな……、一生遊んで暮らせるくらいか……人の命を買えるくらいかな。ちゃんと彼のサインが入っていたしね」
どんぐりを太陽にかざしていたライアンが頭に思い浮かぶ。あれは、サインを確認していたのね。
「ねえねえ、あのね、あなた、名前はなんて言うの?」、ぬいぐるみはあたしを見上げる。
「レーニス」
「そうなの? それじゃあねえねえ、私は?」
私は? あたしに聞いてるのか。
「そうね、テディーなんてどう?」
「ぃやったー! 私テディー、うふふ、嬉しい!」、テディーは綿の飛び出した柔らかい手で、あたしの腕を何度も叩いた。体いっぱいに喜びを表現してる感じが、私には新鮮だった。
あたしは辺りに視線を巡らせた。でも夜の闇の中に、一際暗い山の形が、影となってやっと見えるくらいで、リーススを探すのは難しそうだった。




