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「この辺りにはいないね」、コルロルは呟く。
「見えるの?」
「人は見えないの?」
「山の影しか分からない」
「人間になると、いろいろ不便そうだなあ。分かった、朝陽が昇ったら起こすよ。今は眠るといい」
牙の突き出した口端が、きゅっと持ち上げられる。
「あなたは、どうするの? 寝なくて平気なの?」
「人間ほど睡眠は必要ない。でも、十年前、君が僕の腕の中で眠ったろう?」
「眠ったかしら。こんな落ち着かない場所で?」
「眠ったんだよ。ほんのちょっとね。それで、睡眠欲っていうのかな、それを盗っちゃったから、前よりは眠くなるよ」
言われてみれば、あたしは疲れて眠りはするけど、寝たいと思ったことは無い。あまり気づかなかったけど、睡眠を望む欲求が盗られていた、ということらしい。
「その水晶は、欲まで盗るの?」
「欲もないと、人間じゃないだろう?」
「なぜ、人間になりたいの?」
そう尋ねると、コルロルは少し間を置いた。それから答えた。
「最初は、興味本位だったんだ。怪物でいるのに飽きていたのかもしれない。自分に寿命があるのかも分からないし。途方もない時間を、ただ貪っているようだった。生きたいとは思わなかった。ただ、死ぬのは何より怖かった」
「怖い?」、怪物なのに?
「怖いよ。いつ来るかも分からない死に怯えてばかりだった。そんな自分にうんざりしてた。そこに、感情を集めれば人間になれる、というアイテムが差し出された」
三角水晶へ目がいく。中には数色の煙が閉じ込められ、絶えずゆっくりとたゆたっている。
「人間の方が、死にやすいと思うけど」
「そうだね。でも、変化が欲しかったんだ」
「そういえば、あたしがあなたに恋をしていたと言ってたけど」
「そう思ってるよ」
「それは、愛を手に入れたことにならないの? あなたに向けられた恋を盗んだんじゃないの?」、あたしはコルロルを見上げた。
「空気を読んで黙ってまーす」、ライアンが横槍を入れる。
「いい質問だ」、コルロルは口端を釣り上げ、耳をピンと立てた。「これは僕の推測だけど、この水晶の中で色となって確立するには、一定の強さや深さが必要なんだ。バケモノを前にした恐怖みたいなね。さっきは恋って言ったけど、君があの頃僕に向けていた感情は、正確には『慕う』ってものじゃないかな。慕うっていうのは、愛に数えられるかもしれないけど、本体ではないよね」
「慕う……ってことは、やっぱり恋じゃなかったのね」
「いや、恋とも言えるよ」
「言えるの?」
「もうほぼ一緒。とにかく僕は慕うって気持ちを盗んだけど、それが愛を手に入れたことにならないのは、なんとなく分かるだろう?」
腕の中で、テディーは頭を垂らしていた。ぬいぐるみにも睡眠が必要なのか疑問だけど、眠っているようだった。
「感情ってさ、多岐に渡るだろう? そのそれぞれが、喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲のどこに分類されるか、考えたことある? たとえば勇気。勇気はどこに分類される?」
なかなか難しい質問をする。あたしは少し考えたのち、「……分からない」と正直に答えた。
「そうなんだ。感情は難しい。勇気は人を奮い立たせる強い感情であるはずなのに、どこにも属さないように見える。でも、勇気が発生する原因によっては、どこにでも属すると言えるんだ。怒りによって奮い立つ勇気、哀しみによる勇気、愛を守るための勇気。勇気には必ず相棒がいる。このように、感情ってやつは連動していて奥深い。この水晶の中で色となるのは、その色に分類される感情を一定以上集めた時なんだ」
思わず、ぽかんとしてしまう。「……よく考えてるのね」
「君を探しながら、いろいろ考えたよ」
「あなたも、私を探してたの?」
「あの時、君が家族と会えたあと、すぐに追いかければ良かったんだけど。あの時は、浮かれ気分っていうのかな、どこまでも飛んでいけそうな気がして、ずいぶん遠くまで行ってしまったから」
コルロルは照れたように、視線を外す。




