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『これ、黄色……』、コルロルは水晶を見つめた。『黄色は、なんだろう』
気体が生まれると同時に、心の内へ感情が現れる。今までにない感情だった。どう表現すればいいのか、コルロルは戸惑う。生暖かい液体が、体の中を満たしていくのにも似ている。
春。その感情は、わけもなく春を連想させた。春のひだまりの中だ。湿り気のないあたたかな風が、体の隙間を吹き抜けて、いっぱいに満たしていくような……。
『君……レーニスは今、喜んでいるの?』
『えー、分かんない』、コルロルの羽を触りながら答える。『あのね、リーススと来たの』
『……そうなんだ。リーススっていうのは、君の友達?』
『リーススはね、お姉ちゃん。あたしと似てるの。みんな間違えるんだよ』
『お姉ちゃん、似てる』
『なんで喋れるのー?』
その質問に、コルロルは少し胸を張る。
『ずっと人間のことを見てたんだ。それで覚えたんだよ。これでも最初は喋れな』
『名前はー? なんていうの?』
『……コルロル……って、呼ばれてる』
『遊ぼう! コルルが鬼ッ!』、コルロルにタッチすると、はしゃいで笑いながら駆け出す。かと思うと、すぐに戻ってきて、コルロルへ両腕を伸ばした。『やっぱり抱っこ! また飛
たい!』
小さな少女を抱え、コルロルは翼を広げた。いつものように飛んだけど、いつもと同じじゃなかった。いつもと同じことをしているだけなのに、なにかが決定的に違っていた。いつもの風は、まったく真新しいものだった。目に映る景色は、色彩豊かに澄んでいた。
気持ちが逸る。自然と速度が上がる。どこへ行こう。どこへだって行ける。どこへだって行ってみたい。
『すごい……楽しい。楽しいよレーニス。これが楽しいってことなんだね。すごいよ、人間ってすごい』
天秤の秤が、一気に傾いたようだった。憎しみや恐怖。苦しい感情が天秤の片方に乗っているけど、もう片方に喜しいや楽しいを乗せてしまえば、ずんと地につく勢いで沈んでしまう。
『そうか……。喜びは、勝るのか。苦しみや恐怖に。だから、人は苦しくても生きるんだ』
『ねえコルル、結婚って知ってる?』、あたしは唐突に言った。『コルルはできるの? 結婚』
『結婚? 知ってるけど、僕はできるかな……無理めな気がするよ』
『え? なんで?』
『人間じゃないから』
あたしはそこでまじまじとコルロルの顔を眺めた。納得したのか黙る。
『でも、人間になれるかもしれないんだ。レーニスがいれば』
コルロルは胸の三角水晶について説明した。
『今日で一気に集まったよ。僕はそれで助かるんだけど、レーニス、君が帰るころには、君は変わってしまっていると思う』
『帰らない!』、あたしはコルロルにしがみつく。『あたし、コルロルのお嫁さんになる』
危うく落下しそうになる。コルロルはなんとか体制を立て直した。
『そうだ、コルルもおうちに帰ろうよ』
『それは無理だよ』
『なんで? 大丈夫だよ。リーススも嬉しいと思うし。リーススも一緒に飛びたい。あ、でも、父さんは……前に猫を連れて帰ったら、戻してきなさいって言われたから』
『猫でダメなら絶対に無理だよ』
夜が訪れた。さすがにもう帰らないといけないと悟ったあたしは、コルロルとの別れを哀しみ、泣き出してしまった。
そんなあたしを見て、コルロルは言った。『このまま、僕と一緒にいる?』
『ダメ。リーススと会えなくなっちゃう』
『即答なんだ……』
地上に戻り、コルロルはあたしを降ろした。
『君を探している二人が上から見えた。すぐ近くだよ。今日のところは家族の元へ帰るんだ。あと、さっきの話だけど……』、コルロルは口ごもる。『段階を踏んで、恋人からはじめよう』
『恋人?』
『彼氏と彼女ってこと。分かる?』
『分からない』
『結婚は知ってるのに、どういう知識の蓄え方してるの? まあいいや、とにかくまた会おう。君がもうちょっと大人になってから。そのときはレーニス、君をさらうよ』
少し離れたところから、レーニスと呼ぶ声が響いていた。あたしは声の方を振り返る。
『さあ、行っておいで。あと、念の為に訂正しておくけど、僕はコルルじゃなくてコルロルだからね』
コルロルはあたしの頭に手を乗せて、最後に言った。
『ありがとう。君のおかげで、僕は人間になれるかもしれない』
そうして人のような笑顔を残し、コルロルは闇夜へ飛び去った。




