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百合SS集  作者: 藤村
3/4

気付かないふりをする(下)








奏が征一に電話すると彼はすぐにやってきた。

派手ではないが整った容姿に似合うシンプルな服装は、彼のセンスが伺える。

小原征一は奏の従兄ということもあり、見た目はそれなりの美青年だった。



葉月綾乃は居心地の悪さを感じていた。

当たり前だ。

目の前には、大好きな幼なじみとその恋人がいるのだ。

仲睦まじく寄り添いながら話し、はにかむ姿は微笑ましいが何故か胸がむかむかしてくる。

やっぱり来なきゃ良かったと思う反面、来なかったら来なかったらできっと後悔していただろうとも思う。

喉に魚の小骨が引っ掛かったような苛立ちを感じながら、綾乃はコップに手を伸ばした。



少しくしゃりとしたストローの先端を癖のように噛むと、じりっと嫌な感触が伝わる。

甘ったるいコーラーは、氷が溶けて少し薄くなっており、不快な味がした。

もう本当、嫌なことだらけだ。

うんざりと溜め息をついた時、ふとそれに気付いた奏がこちらに手を伸ばしていた。

白い指先が頬に触れる。

覗きこんでくるのは、垂れがちな大きなひとみ。



「あやちゃん?」


「ん……大丈夫だから」



いつもなら嬉しいそれをそっと振り払う。

奏は心配そうに眉を垂れ下げていた。

隣にいた征一がその肩を優しく抱き、宥める。



「奏、落ち着いて」


「あ……うん。

あやちゃん、昔から貧血でよく倒れるからちょっと過保護になってたのかも」



鬱陶しかったかな、なんて検討違いなことを呟く奏の頭を征一が優しく撫でる。

それが視界に入った瞬間綾乃はかっとなるのを感じた。

心臓がざわつく。

喉に熱いものが込み上げてくる。

込み上げる、それは。



「あ……」



かなは、わたしのものなのに、という子供じみた独占欲にまみれた言葉だった。

口が僅かに開いて、それを呟く。

けれどそれは店内にいる客の声でかきけされる。

綾乃は頭が真っ白になるのを感じた。

なにをいってるの、と自問自答する。

けれど決壊したそれは、思考停止したのを無視して溢れてきた。



彼女の髪に触れてほしくなかった。

その頭を撫でるのはいつだって自分だったのに。

慰めるのだって、抱き締めるのだって、隣に座るのだって、ずっと自分だったのに。

すき、すき、すき。

かなが好きだ。

堪らなく、愛している。

けれどそれは幼なじみへ向けるもので。

だってそうじゃなきゃ、自分も彼女も女なのだ。

付き合えるわけ、ない。

なんで今更このタイミングで気付いたのだろう。

気付いてはいけなかったのに。

気付かないふりをしなければいけなかったのに。



「あやちゃん、もし気分悪くなったら言ってね」


「……うん」



ちらりと前を見たら幸せそうにはにかむ奏の姿。

隣にはそんな彼女を優しく見つめる征一。

やはり来るべきではなかったのだ。

綾乃は込み上げてくるものを、薄くなったコーラーと共に飲み込んだ。














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