気付かないふりをする(下)
奏が征一に電話すると彼はすぐにやってきた。
派手ではないが整った容姿に似合うシンプルな服装は、彼のセンスが伺える。
小原征一は奏の従兄ということもあり、見た目はそれなりの美青年だった。
葉月綾乃は居心地の悪さを感じていた。
当たり前だ。
目の前には、大好きな幼なじみとその恋人がいるのだ。
仲睦まじく寄り添いながら話し、はにかむ姿は微笑ましいが何故か胸がむかむかしてくる。
やっぱり来なきゃ良かったと思う反面、来なかったら来なかったらできっと後悔していただろうとも思う。
喉に魚の小骨が引っ掛かったような苛立ちを感じながら、綾乃はコップに手を伸ばした。
少しくしゃりとしたストローの先端を癖のように噛むと、じりっと嫌な感触が伝わる。
甘ったるいコーラーは、氷が溶けて少し薄くなっており、不快な味がした。
もう本当、嫌なことだらけだ。
うんざりと溜め息をついた時、ふとそれに気付いた奏がこちらに手を伸ばしていた。
白い指先が頬に触れる。
覗きこんでくるのは、垂れがちな大きなひとみ。
「あやちゃん?」
「ん……大丈夫だから」
いつもなら嬉しいそれをそっと振り払う。
奏は心配そうに眉を垂れ下げていた。
隣にいた征一がその肩を優しく抱き、宥める。
「奏、落ち着いて」
「あ……うん。
あやちゃん、昔から貧血でよく倒れるからちょっと過保護になってたのかも」
鬱陶しかったかな、なんて検討違いなことを呟く奏の頭を征一が優しく撫でる。
それが視界に入った瞬間綾乃はかっとなるのを感じた。
心臓がざわつく。
喉に熱いものが込み上げてくる。
込み上げる、それは。
「あ……」
かなは、わたしのものなのに、という子供じみた独占欲にまみれた言葉だった。
口が僅かに開いて、それを呟く。
けれどそれは店内にいる客の声でかきけされる。
綾乃は頭が真っ白になるのを感じた。
なにをいってるの、と自問自答する。
けれど決壊したそれは、思考停止したのを無視して溢れてきた。
彼女の髪に触れてほしくなかった。
その頭を撫でるのはいつだって自分だったのに。
慰めるのだって、抱き締めるのだって、隣に座るのだって、ずっと自分だったのに。
すき、すき、すき。
かなが好きだ。
堪らなく、愛している。
けれどそれは幼なじみへ向けるもので。
だってそうじゃなきゃ、自分も彼女も女なのだ。
付き合えるわけ、ない。
なんで今更このタイミングで気付いたのだろう。
気付いてはいけなかったのに。
気付かないふりをしなければいけなかったのに。
「あやちゃん、もし気分悪くなったら言ってね」
「……うん」
ちらりと前を見たら幸せそうにはにかむ奏の姿。
隣にはそんな彼女を優しく見つめる征一。
やはり来るべきではなかったのだ。
綾乃は込み上げてくるものを、薄くなったコーラーと共に飲み込んだ。




