気付かないふりをする(上)
※3/3サブタイ変更
彼氏ができたの、と彼女は言った。
白い頬が赤く染まっていて、蕩けそうな瞳で、誰が見てもかわいらしい恋する乙女の表情で、親友の花坂奏は残酷にもそう告げたのである。
目の前の席に座っていた葉月綾乃はいつも通りぼんやりとした顔でストローを噛む。
数秒後、彼女はゆるゆると口を開いた。
「……エイプリルフールはまだだよ、かな」
「嘘じゃないよ!
本当なんだってば、ほら!」
眉をつり上がらせて怒る奏は、スマートフォンは綾乃の前へ突きつける。
画面には、良く言えば穏やかな、悪く言えば優男風の全体的に色素の薄い容姿の青年が映っていた。
照れくさそうにはにかむ顔を、綾乃は知っている。
黒目がちな瞳が僅かに見開いた。
「……征一さん?」
「うん! 実はね、正月に家に来た時に告白したらOKしてもらえたの」
小原征一。
奏の従兄ということぐらいしか知らないが、何回か会ったことがある。
正直、つまらなそうな人という印象しか綾乃の中にはない。
そんな人と付き合うのか。
綾乃はストローを唇で食みながら、ぼんやりと目の前で幸せそうに笑う奏を見る。
長くて柔らかそうな黒髪に小柄な体型、整った目鼻立ちの幼なじみのは昔から異性受けが良い。
というのも、奏が外見華やかな美少女ということもあるがなによりも純情で女の子らしい女の子だからだ。
本を読むのが好きで手先も器用でお菓子作りが趣味で、男子曰く彼女通り越してお嫁さんにしたいタイプ。
けどそんな付加価値なんかよりも、綾乃は奏自身が大好きだった。
昔からずっとずっと。
変な意味ではなく、純粋に幼なじみとして。
「実はこの後会うの。
良ければ、あやちゃんついてきてくれない?」
「……別にいいよ」
この後用事ないし、と綾乃は頷く。
奏はじゃあ征一さんに連絡するねと言い、軽やかな足取りで店の外へ出ていった。
華奢な背中で、茶色い髪が踊っている。
嬉しそうな奏の服装は、女友達と遊ぶにしては随分と気合いの入ったかわいらしいワンピースだ。
ピンクのパンプスがかわいらしい。
そういうことかと気付いた瞬間、綾乃は無性に舌打ちをつきたくなった。
けれど、その腹のそこから込み上げる感情の名前は一向にわからない。
ただただ、歯噛みするだけだった。




