王女の誘い
「これから先の苦難の道を共に歩んでくれる人を必要としています」
リシアはそう言った。
レイルは少し考える。
「……それって結局、リシアの味方になってくれる人を集めてるってこと?」
「はい」
今度は否定しなかった。
「ですが、ただ力がある人を集めたいわけではありません」
「どう違うの?」
「そうですね。例えば……」
「うん」
「私が王女だからという理由だけで、私の命令に従ってくれる人がいたとします」
「うん」
「その人は、私が間違ったことを言っても従うかもしれません」
レイルは少し考える。
「王女の命令だから?」
「はい」
「それは……困るかも」
「私は、そういう人を集めたいわけではないのです」
リシアの言葉を引き継ぐように、ガルムが口を開いた。
「力があるだけでは意味がない」
「?」
「その力を持つ人間が、何を考え、何のために使うのか。それが重要だ」
「何のために……」
レイルは自分の手を見る。
今日、その手で兵士を殴った。
ずっと隠してきた風まで使った。
「例えばだ」
ガルムが続ける。
「知らない人間を殺せと言われたら、お前はできるか?」
「いきなり?」
「答えろ」
レイルは考えた。
「……できない」
「嫌いな相手なら?」
「それでもできない」
「金を積まれたら?」
「嫌だ」
「相応の地位をやると言われても?」
「そういう問題じゃないよ」
ガルムは小さく息を吐いた。
「つまりそういうことだ」
「どういうこと?」
「お前は王女に命令されたからといって、何でもする人間ではないということだ」
「ああ。それはそうかも」
リシアが頷く。
「私は、そういう人を探しています」
「そういう人?」
「自分で考えて、自分で決められる人です」
リシアの声は静かだった。
「私が王女だから従う人ではなく、私の考えを聞いた上で、それでも一緒に歩いてくれる人を探しています」
「…………」
「ですから、魔素操者なら誰でもいいわけではありません」
レイルは少しだけ分かってきた。
セレスタには力が必要。
リシア自身にも、これから味方が必要になる。
だから魔素操者を探している。
けれど、力さえあればそれでいいわけではないらしい。
「じゃあさ」
レイルはガルムを見る。
「ガルムも、そういう理由でリシアについてきたの?」
「いや」
「違うの?」
「俺は止めた」
「え?」
「殿下が王都を出ると言い出した時、何度も止めた」
「最初だけです」
「何度もです」
「少しだけです」
「何度もです」
二人が見つめ合う。
「……どっち?」
「何度もです」
「最初だけです」
「分かんないよ!」
ガルムがため息をついた。
「殿下が『勝手に一人でも行きます』と言い出したんだ」
「…………」
レイルはリシアを見る。
「リシアって、意外と無茶する?」
「ああ」
ガルムが即答した。
「ガルム!」
「事実でしょう」
リシアが少し頬を膨らませる。
その姿を見ていると、本当にこの少女が王位継承を巡る争いの中にいるのかと、また不思議な気持ちになった。
◇
「でもさ」
レイルは一つ気になった。
「魔素操者ってそんな少ないの?」
「もちろんです」
リシアはすぐに頷いた。
「どれくらい?」
「正確な数など誰にも分からん」
ガルムが腕を組む。
「噂を追って町をいくつも巡っても、一人も見つからんことがある」
「そんなに?」
「ああ」
レイルにはまだ実感がない。
自分がそうなのだから、探せばもっと簡単に見つかるものだと思っていた。
「だから多くの国が魔素操者を探している」
「リシアみたいに?」
「王族自らが各地を回って探すのは、まずないだろうな」
「……」
ガルムの表情が少しだけ険しくなる。
「見つけ次第軍へ入れる国もある。特別な地位や権利を与えたり、特殊な教育を受けさせる国もある」
「…………」
――王都の管理下に入ってもらう。
少し前にバルドから言われたばかりだ。
「セレスタも?」
レイルが尋ねる。
リシアは少し申し訳なさそうに頷いた。
「はい」
「やっぱりそうなんだ」
「私自身、そのやり方全てが正しいとは思っていません」
「俺は王都に行ったらどうなる予定だったの?」
「それなり以上の待遇になりますが、王都で訓練や教育を受けながら、国の管理下に置かれることになります」
「だよね……」
レイルは小さく息を吐いた。
「俺さ」
「はい」
「戦争とかしたくないよ」
リシアを見る。
「誰かを殺したいとも思わないし、国のために戦えって言われても、正直よく分からない」
村からほとんど出たこともない。
王都すら見たことがない。
そんな自分に、国のためと言われても実感など湧かなかった。
「もし俺をそういう戦力として欲しいなら、多分、リシアが思ってるような奴じゃないよ」
「知っています」
即答された。
「…………」
レイルは目を瞬く。
「知ってるの?」
「はい」
「俺、今結構真面目なこと言ったんだけど」
「私も真面目に答えています」
「じゃあ、何で?」
リシアは少し考えてから答えた。
「私は、この数日レイルを見ていました」
「俺を?」
「はい」
何となく居心地が悪い。
「レイルは、自分に力があるから偉いとは思っていません」
その言葉に、レイルはマーサを見る。
――力があるから偉いわけじゃない。
昔から何度も言われてきた言葉だった。
「森で猪が現れた時も、私に逃げるよう言いました」
「だって戦えなかっただろ?」
「はい」
リシアは素直に頷いた。
「今日もそうです」
レイルの表情が変わる。
「ずっと隠していた力だったのでしょう?」
「……うん」
「それでも、マーサさんを守るために使った」
レイルは黙った。
あの時は、考えて使ったわけではない。
気づいた時には身体が動いていた。
「だから?」
「だから私は」
リシアが真っ直ぐレイルを見る。
「そういう人に、力を貸してほしいと思っています」
「…………」
初めてだった。
これまでレイルの力について言われてきたのは、隠せという言葉ばかりだった。
見せてはいけない。
使ってはいけない。
知られてはいけない。
それが当たり前だった。
なのに、目の前の少女は。
その力を貸してほしいと言っている。
「……ずるくない?」
「え?」
リシアが目を瞬く。
「そういう言い方」
「す、すみません」
「そこで謝るんだ」
思わず笑ってしまう。
緊張していた肩の力が、少しだけ抜けた。
リシアも小さく笑った。
そして、しばらくしてから表情を戻す。
「私はまだ、自分の考えを全てレイルに理解してもらえたと思っていません」
リシアは自分の胸元へ手を置く。
「私が正しいとも限りません」
「…………」
「ですから」
少しだけ迷ってから、リシアは続けた。
「もし、レイルが」
レイルを見る。
「世界を知りたいと思うのなら……」
一度、言葉を切る。
「私たちを知りたいと思ってくれるのなら……」
静かに息を吸った。
「私たちと一緒に来てほしいんです」
「…………」
レイルは窓の外を見る。
ハルネ村。
森。
畑。
自分の家。
マーサ。
たまに帰ってくる両親。
それが、今までのレイルの世界だった。
でも。
村の外には知らない町がある。
知らない国がある。
自分と同じ魔素操者もいる。
今まで考えたこともなかったことばかりだ。
「……いつ出るの?」
「明日の朝を考えています」
「明日!?」
「すみません」
「急すぎない?」
「あまりゆっくりもしていられないので」
リシアが困ったように笑った。
「明日の朝までに、考えてもらえますか?」
「…………」
レイルはマーサを見る。
マーサは何も言わなかった。
ただ、いつものようにレイルを見ている。
「分かった」
レイルは頷く。
「考える」
「はい」
リシアも頷いた。
「待っています」
少しの沈黙の後。
マーサが立ち上がる。
「さて。帰るよ、レイル」
「うん」
何となく分かった。
リシアとガルムのいないところで話したいのだろう。
レイルも立ち上がる。
ガルムがバルドを見る。
「俺たちは今夜、ここを借りても構わないか?」
「もちろんです」
「今日の件についても、もう少し詳しく話しておきたい」
「承知しました」
リシアもレイルを見る。
「明日の朝、そちらへ伺います」
「うん、分かった」
部屋を出る前。
レイルは一度だけ振り返った。
リシアとガルム。
数日前までは、少し変わった親子だと思っていた二人。
今では、王女とその護衛騎士。
それでも。
不思議と、知らない人間になってしまったような感じはしなかった。
「では、また明日」
リシアが言う。
「……うん。また明日」
レイルはマーサと共に詰所を出た。
外の風が、少しだけ頬を撫でる。
今までなら何とも思わなかった風。
今日はなぜか、村の外から吹いてきたような気がした。




