王女の事情
「全て、お話ししますね」
言ったリシアは、しばらく黙っていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……話さないの?」
「い、今、どこからお話しするべきか考えています」
「全部って言ったのそっちじゃん」
「そうなのですが……」
困ったように眉を下げる。
その姿を見て、レイルは改めて思う。
本当に、この子があのリシア王女なのか。
リシア・エル・セレスタ。
国王アルベルトの娘。
第一王女リシア。
自分の国の王族の名前くらいは、ハルネ村で暮らすレイルだって当然知っている。
ただ、その王女がどんな顔をしているのかまでは知らなかった。
ましてや、数日前から自分の家で飯を食べ、畑仕事を手伝おうとして作物を引っこ抜きかけ、森では木の根につまずき、猪を前に固まっていた少女が、そのリシア王女本人だなんて。
「…………」
「レイル?」
「ん?」
「先ほどから、ずっと私の顔を見ていますが……」
「あ、ごめんなさい」
「何か?」
「いや……」
レイルは少し迷ってから口を開く。
「リシア王女って、本当にいたんだなって」
「いますよ!?」
「いや、そういう意味じゃなくて!」
リシアが珍しく大きな声を出した。
「名前は知ってたよ。もちろん」
「では、どういう意味ですか?」
「目の前にいるのが、そのリシア王女なんだっていうのに慣れなくて」
「あ……」
「だって、昨日まで普通に一緒に飯食ってたし」
「それは……はい」
「畑で作物抜きかけてたし」
「それは忘れてください」
「森で転んでたし」
「それも忘れてください」
「猪見て固まってたし」
「レイル」
「はい」
少し睨まれた。
王女に睨まれた。
……やっぱり変な感じだ。
「それにしても」
バルドが口を挟んだ。
「何?」
「王女殿下を呼び捨てにするな」
「あ」
言われて、レイルも気づいた。
確かに相手は王女だ。
いくら何でも、呼び捨てはまずい気がする。
「じゃあ……リシア王女殿下?」
口にしてみる。
「…………」
「…………」
レイルとリシアが見つめ合う。
「…………」
「…………」
リシアは小さく笑った。
「構いません」
「しかし」
「今まで通りの話し方で、名前もリシアと呼んでください」
「いいの?」
「はい」
リシアが頷く。
「これから先も、その方が嬉しいです」
「……分かった。リシア」
「はい」
……ん?
これから先?
バルドは納得していない顔だったが、まあいいか。
王女本人に許可をもらったのだ。
堂々と今まで通りの話し方でいいのだろう。
「それで」
レイルはグラムを見る。
「じゃあ、ガルム……さんは?」
「ああ。俺には敬語にしろ」
「あ、ですよね。はい」
ただの旅人じゃなかった上に、見た目も怖い。
しかも、どうやら結構偉い人らしい。
さすがに今まで通り馴れ馴れしくするのはまずいか。
そう思いつつ、ふとリシアを見ると、少し困ったような、何とも言えない顔をしていた。
「冗談だ。今まで通りでいい」
「分かりづらいよ!」
リシアが小さく噴き出して笑った。
「では」
リシアが一度息を吸う。
表情が変わった。
「まず、私が王都を離れた理由からお話しします」
レイルも姿勢を正す。
「現在、父上……国王アルベルトは病に伏せています」
村に住むレイルにとっては、今まで名前しか知らない遠い存在だったため、病については知らなかった。
「王様、そんなに悪いの?」
「すぐに命に関わる状態ではありません」
リシアが答える。
「ですが、以前のように政務を行うことは難しくなってきています」
その声が少しだけ沈んだ。
「そのため王都では、父の後を誰が継ぐのかという話が大きくなっています」
「でも確か、王子が……」
「はい。兄です」
ユリウス・エル・セレスタ。
長男にして第一子。
王位継承の最有力候補のはずだ。
「普通に考えたら、次の王様はユリウス王子じゃないの?」
「そうですね」
リシアが答える。
「ですが、セレスタでは長子が必ず王位を継ぐと決められているわけではありません」
「じゃあ……」
レイルはリシアを見る。
「リシアも?」
「……はい」
「王様になるかもしれないってこと?」
「可能性としては」
また、目の前の少女とその言葉が結びつかない。
「…………」
「また見ています」
「ごめん」
「もう……」
リシアが少し頬を膨らませる。
王様。
いや、女王様か。
「じゃあ、リシアは王様になりたいの?」
「女王です」
「そこ?」
「一応」
「殿下……」
ガルムが頭を抱えかけている。
リシアは小さく咳払いした。
「……私は、王位が欲しくて王都を出たわけではありません」
「じゃあ、何で?」
「兄が王になった時、この国がどうなるのか。それが怖いのです」
レイルは黙った。
「兄は悪政を敷くような人物ではありません」
リシアは続ける。
「国民にも私にもとても優しい人です。ただ……」
言葉を探す。
「父を意識しすぎているのです」
「王様を?」
「はい。父のような王にならなければならない。父を超えなければならない。そう考えすぎているように、私には見えます」
「それって悪いこと?」
レイルには、いまいち分からなかった。
父親を尊敬して、父親を超えたいと思う。
それ自体は、そんなにおかしいことには思えない。
「それだけなら、きっと悪いことではないでしょう」
リシアの言い方に、続きがあると分かった。
「ですが、兄の周りには、兄の優しさに付け込んで自分の考えを国に反映させたい人もいます」
「……?」
レイルが首を傾げる。
マーサが口を挟んだ。
「例えばあんたが王様だとして、私があんたに国の動かし方を指示するってことさ」
「ああ」
それなら分かる。
「操り人形にしたいってことか」
リシアはすぐには答えなかった。
「……私は、そうなる可能性を心配しています」
「面倒くさいな」
思わず口から出た。
「レイル」
マーサが名前を呼ぶ。
「だって面倒くさいじゃん」
「……否定はしません」
リシアが小さく笑った。
「殿下」
ガルムが窘める。
「事実ですから」
「そういう問題ではありません」
王女が護衛に怒られている。
やっぱり、王女だと思うと妙な光景だ。
「だから…」
レイルは尋ねる。
「だからリシアは女王になりたいの?」
リシアの表情が止まった。
少し長い沈黙。
「……分かりません」
返ってきたのは意外な答えだった。
「分からない?」
「はい」
リシアは自分の手を見る。
「私は、自分が王に相応しいとは思っていません」
「女王じゃないの?」
「今そこはいいです」
「はい」
少し怒られた。
納得できない。
「政治についても詳しくありませんし、父のように人を導ける自信もありません。人前で話すこともあまり得意ではないのです……」
「最後のは何となく分かる」
「レイル?」
「ごめんなさい」
「……ですが」
その声が少しだけ変わった。
「自信がないからといって、何もしなくていいとは思えなかったのです」
レイルはリシアを見る。
「もし兄が王になり、その結果、多くの人が苦しむことになるのなら」
小さな声。
それでも、はっきりしていた。
「私は、自分にできることをしなければならないと思いました」
レイルは森での言葉を思い出した。
――戦えないから、逃げる……。
あの時、リシアは妙な顔をしていた。
「だから王都を出た?」
「はい」
「でも」
レイルは首を傾げる。
「それと魔素操者を探してるのが、どう繋がるの?」
「…………」
リシアがガルムを見る。
ガルムが頷いた。
「現在のセレスタには、力が足りない」
ガルムが答えた。
「力?」
「ああ」
「兵士が少ないの?」
「兵士の数だけの話ではない」
ガルムが腕を組む。
「セレスタは、大国と比べて圧倒的に軍事力で劣っている」
「そうなの?」
レイルはバルドを見る。
なぜか、バルドが少しムッとした顔をした。
「私を見るな」
「…………」
「セレスタにも軍はある。兵もいる」
ガルムが続ける。
「しかし、大国と比べて魔素操者の数が少ないのだ」
「そうなんだ」
「洗練された魔素操者が一人いるだけで戦場の状況が変わることがあるくらい、魔素操者の影響は大きい」
「どこかと争う予定があるの?」
「今はない」
「じゃあいいじゃん」
「今は、だ」
「…………」
レイルには、その違いがまだよく分からない。
ハルネ村では、隣の畑と水路のことで揉めるくらいだ。
国同士がどうとか。
大国がどうとか。
急に話が大きくなりすぎている。
「それに国内も一枚岩ではない」
「父が倒れたことで、国内の勢力が動き始めています」
リシアが話を戻す。
「兄を支持する者もいれば、私を支持する者もいます」
「リシアを支持してる人もいるんだね」
「はい」
「本人が頼んだわけじゃないのに?」
「……はい」
何だか、王都というところは本人が知らないところで勝手に話が進むらしい。
絶対住みたくない。
「そこで魔素操者ということだね」
マーサが言った。
リシアが頷く。
「はい」
「セレスタとしても魔素操者の確保は急務です」
「更に、私自身の力で集めることができれば、王位継承にも有利に運ぶでしょう」
「ちょっと待って」
レイルが二人を見る。
「つまり」
嫌な予感がする。
「リシアが女王になるために、戦力になる人を集めてるってこと?」
「違います」
即答だった。
「……違うの?」
「いえ、全てが違うわけでもないのですが……」
「でも今の話だとそう聞こえたけど」
リシアが困った顔をする。
「がんばって伝えますね」
レイルは眉を寄せる。
「確かに、セレスタには力が足りません」
「うん」
「そして魔素操者の力が必要になる時が来るかもしれないとも思っています」
そこまでは、今までの話と同じだった。
「ですが」
リシアは顔を上げる。
「これから先の苦難の道を共に歩んでくれる人を必要としています」




