王女
街道沿いの詰所へ向かう道。
バルドを先頭にレイルの隣をマーサが歩いている。
後ろにはさっき吹き飛ばしたダリオが着いて来ている。
しばらく、レイルとマーサの間には重い空気が流れていた。
「……ばあちゃん」
「何だい」
「頬、大丈夫?」
「これくらい何ともないよ」
「でも……」
「それより、あんたの手は?」
「手?」
「鎧の上から殴ったんだろ」
「あ」
言われて拳を見る。
少し痛い。
「……言われてみると痛いかも」
「馬鹿だねぇ」
「ばあちゃんのためだったのに」
「余計馬鹿だよ」
「ひどくない?」
マーサは少しだけ笑った。
その顔を見て、レイルもほんの少しだけ安心した。
◇
詰所はハルネ村から歩いてしばらくの場所にあった。
石造りの小さな建物で、普段は街道の警備や周辺の村々を巡回する兵士が使っているらしい。
その一室。
中央の机には、村で見たものよりずっと大きな魔導具が置かれていた。
透明な水晶をいくつもの金属の輪が囲み、水晶からは細い糸と針が垂れている。
「これで調べるの?」
「ああ」
バルドが答える。
「水晶に手を触れるんだ。反応によって色や針の振れ方が変わる」
レイルは魔導具を見る。
逃げたい。
正直に言えば、今でも嫌だった。
でも、ここまで来て逃げられるとも思っていない。
バルドは無言で水晶に触れるよう促した。
覚悟を決めて透明な水晶へ手を置く。
ーー淡い緑色の光が灯った。
周囲の金属の輪がゆっくりと動き始める。
針が大きく揺れた。
「おお……」
ダリオが驚く。
「……やはりか」
バルドは分かっていたかのように呟いた。
バルドはしばらく魔導具を確認してから、レイルを見る。
「レイル。君は風の魔素操者だ」
「…………」
分かっていた。
多分、そうだろうと思っていた。
それでも誰かに言葉にされると、妙な感じがした。
「魔素操者……」
自分の手を見る。
昨日までと何も変わっていない。
なのに、聞き慣れない名前で呼ばれただけで、今までの自分とは別のものになったような気がした。
「今後について説明する」
バルドの声に顔を上げる。
「今後?」
「ああ。魔素操者であることが確認された以上、王都へ報告する」
「王都……?」
「その後、君には王都へ行ってもらうことになる」
「…………え?」
マーサの表情が変わり口を開いた。
「ちょっと待ちな」
「正式な手続きだ」
バルドが答える。
「王都で改めて詳しい調査を受け、その後は王都の管理下に入ってもらう」
「管理下だって? それはいつまでなんだい」
「それは私には分からない」
「それで『はい、わかりました』なんて言うわけないだろう」
マーサが眉をひそめる。
レイルも何を言えばいいのか分からない。
王都。
行ったこともない。
どれくらい遠いのかも、よく分からない。
そもそも、行った後に自分がどうなるのか。
何も分からない。
その時、廊下の方が騒がしくなった。
「待て!」
「ここから先は――」
「どけ」
聞き覚えのある低い声。
レイルが顔を上げる。
扉が開いた。
大きな身体が入口に立っている。
「グラム?」
その後ろから、リアが姿を見せた。
「リアも?」
「……間に合いました」
リアは少し息を切らしていた。
「帰りが遅いので村の方に聞いたところ、レイルたちが兵士に連れていかれたと……」
「それで来たの?」
「はい」
「そっか……」
リアはバルドへ向き直って口を開いた。
「レイルを王都へ連れていく必要はありません」
ダリオが声を荒げる
「部外者が口を挟むことではない!」
「部外者ではありません」
「何を――」
「待て!」
バルドの制止でダリオが止まった。
バルドがリアとグラムの前に立つ。
とても緊張した表情で恐る恐る声を出した。
「…………なぜ、ここに」
リアが静かに言った。
「人払いを」
バルドの表情が変わる。
「ダリオ!詰所内にいる他の者を連れて外へ出ろ!」
「隊長?」
「早くしろ。私が許可するまで誰も近づけるな!詰所周りの警戒をしろ!」
ダリオが戸惑いながら部屋を出ていく。
扉が閉まった。
残ったのは、レイル、マーサ、リア、グラム、そしてバルド。
バルドは改めてリアを見る。
そして、片膝をついた。
「失礼致しました、リシア王女殿下」
「…………」
レイルはリアを見る。
「……え?」
もう一度、リアを見る。
「王女?」
リアが少し申し訳なさそうに頷いた。
「……はい」
「誰が?」
「私です」
「リアが?」
「はい」
「王女?」
「はい」
「…………」
レイルはマーサを見る。
マーサも、さすがに驚いている。
グラムを見る。
いつもの顔。
「……本当に?」
「本当です」
「えぇ……」
それしか出なかった。
畑仕事を知らない。
森では根につまずく。
猪を見て固まる。
育ちのいいお嬢様だとは思っていた。
だが、まさか王女とは。
そういえば。
リシア王女。
名前くらいはレイルも知っている。
この国の王、アルベルト。
その息子、ユリウス王子。
そして娘の、リシア王女。
顔など見たことはなかったが、さすがに名前くらいは知っていた。
そのリシア王女が、目の前にいる。
「じゃあ……」
レイルはグラムを見る。
「この人が……王様……?」
「違います」
リアが即答した。
「え?」
「私の護衛騎士です」
「護衛騎士?」
「はい」
レイルはグラムを見る。
「お父さんじゃないの?」
「違う」
「似てないとは思ったんだよ!」
「そうですか?」
「そうだよ!」
今度はリアを見る。
「じゃあ、リアって名前は?」
「偽名です」
「何一つ本当じゃないじゃん!」
「……申し訳ありません」
リアが少ししゅんとする。
そして、少し考えた。
「性別は本当です」
リアが小さく笑った。
「そこは疑ってないよ!」
マーサがニヤリと笑っている。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
「改めまして」
姿勢を正す。
「リシア・エル・セレスタ」
レイルを見る。
「セレスタ王国第一王女、リシアです」
「…………」
改めて言われても、やっぱり実感がない。
「そして、こちらは私の護衛騎士のガルムです」
「…………」
レイルはグラム……いや、ガルムを見る。
「グラムの名前まで違うの!?」
「ああ」
「本当に何一つ本当じゃないじゃん!」
「王女殿下」
驚くレイルをよそにバルドが口を開く。
「レイルについては正式に魔素操者であることが確認されました。規定では王都へ報告し――」
「その件だ」
ガルムが遮った。
「報告は待て」
「しかし、ガルム様…」
「必要な報告はこちらで行う。責任は俺が持つ」
バルドはしばらくガルムを見る。
「……承知しました」
「それともう一つ」
ガルムの声が低くなる。
「村での件だ」
バルドの表情が引き締まった。
「……はい」
「お前の部下がマーサ殿に手を上げたと聞いたが」
「事実です」
「兵士は国から武器を持つことを許されている。その人間が感情に任せて民間人へ手を上げれば、ただの喧嘩では済まん」
「……はい。申し訳ございません」
「処分はお前に任せる。だが、その前に」
ガルムがマーサを見る。
「謝る相手が違う」
バルドもマーサを見る。
そして、深く頭を下げた。
「部下が大変な無礼を働きました。指揮官としてお詫び申し上げます」
「……あたしは大丈夫だよ」
マーサが答える。
「腹が立つことくらい誰にでもあるさ。ま、腹が立ったからって手を出していい理由にはならないがね」
「……おっしゃる通りです」
マーサはそれ以上、何も言わなかった。
「それと」
ガルムがバルドを見る。
「この部屋で知ったことは外へ出すな」
「王女殿下の件でしょうか」
「それだけではない。殿下がこの村にいること、俺が同行していること。そしてレイルが魔素操者であることだ」
「…………」
「部下と村人全員に箝口令を敷け。上への報告も待て。必要なものはこちらで処理する」
「しかし…」
「責任は俺が持つ」
短い答えだった。
バルドが頭を下げる。
「承知しました」
話が終わった。
ように見えた。
でも、レイルにとっては何一つ終わっていない。
「……ちょっと待って」
全員がレイルを見る。
「俺にも説明してよ」
「レイル?」
リアが。
いや。
リシアがレイルを見る。
まだ慣れない。
「俺が魔素操者なのは分かった」
「正直自覚はしてたし……」
レイルは指を一本立てる。
「リアが王女なのも……まあ、まだ全然分かってないけど、一応分かった」
二本目。
「グラムがお父さんじゃなくて、名前がガルムだったのも分かった」
三本目。
「でも」
二人を見る。
「王女様が何でこんなところにいるの?」
リシアの表情が変わる。
「それに、何で国は魔素操者を探してるの?」
リシアとガルムが目を合わせる。
しばらくして、リシアが頷いた。
「分かりました」
レイルを真っ直ぐ見る。
「全て、お話しします」




