ルーゼの森の火
翌日。
レイルたちは朝からルーゼの森へ向かっていた。
昨日見つけた焦げ跡については、依頼所にも同じような報告が何件か入っていた。
三人は昨日の採取場所から、改めて森の中を調べることにした。
「この辺だったよね」
「ああ。昨日見つけたのはこの辺りだ」
ガルムが周囲を見回す。
草地には、昨日確認した小さな焦げ跡がまだ残っていた。
レイルはそこから森の方へ目を向ける。
「じゃあ、中も見てみよう」
「そうするか」
三人はそのまま森へ入った。
◇
森の中は、外から見たよりも木々が密集していた。
足元には落ち葉や低い草が広がり、ところどころに細い獣道のようなものもある。
レイルは地面を見ながら歩いていた。
「……あった」
少し先で足を止める。
木の根元の草が、小さく黒く焦げていた。
昨日見つけたものとよく似ている。
「またですね」
「こっちにもある」
リシアが少し離れた場所を指す。
そちらにも、同じように焼けた跡が残っていた。
ガルムがしゃがみ込み、地面を見る。
「やっぱり焚き火には見えないね」
「ああ。薪も炭もない」
レイルも近くへ寄る。
焦げている範囲は狭い。
一か所だけではなく、少し離れた場所にも点々と続いていた。
「人じゃないのかな」
「その可能性は高くなったな」
ガルムが立ち上がる。
すると、レイルが焦げ跡の横に残った小さな跡へ気づいた。
「これ、足跡?」
ガルムが視線を落とす。
地面には、小さな四つ足の跡がいくつも残っている。
「これは……」
レイルは焦げ跡と足跡を交互に見る。
「火を使う魔物もいるの?」
「ああ」
ガルムは森の奥を見る。
「もう少し先まで確認するぞ」
「うん」
三人はさらに奥へ進んだ。
しばらく歩くと、少しずつ焦げた跡が増えていく。
木の根元。
低い草。
枯れた枝。
どれも大きく燃え広がったものではない。
だが、同じような跡が何か所も続いていた。
その時、レイルが鼻を動かす。
「……なんか焦げ臭くない?」
リシアも周囲を見回す。
「そうですね……」
ガルムが前方へ目を向ける。
「近いな」
三人は足音を抑えながら進む。
少し先。
低木の向こうから、薄い煙が上がっていた。
「煙だ」
レイルが小声で言う。
三人は慎重に近づく。
草の一部が小さく燃えている。
そのすぐ近くで、何かが動いた。
赤茶色の毛。
細長い体。
狐によく似た姿。
ただ、普通の狐より一回り大きい。
耳の先と尾の先が、焦げたように黒い。
「……狐?」
レイルが小さく呟く。
ガルムの表情が少しだけ変わった。
「イグニスフォックスだな」
レイルがそちらを見る。
「あれが火の魔物?」
「ああ。炎を吐いて獲物を仕留める」
「強いの?」
「一匹なら大したことはない。ただ、群れで動くことが多い」
リシアが周囲を見回す。
「今見えるのは一匹だけですね」
「そうだな」
そう話しているとイグニスフォックスもこちらに気づいた。
低く唸りながら身体を沈め、三人を睨んでいる。
「やる?」
レイルが視線を外さずに聞く。
ガルムは一度周囲へ目を向けると、そのまま地面へ手をかざした。
土が盛り上がり、三本の棒が形作られていく。
一本をレイルへ。
もう一本をリシアへ。
最後の一本をガルム自身が手にした。
「今回は三人で?」
「ああ。何匹いるか分からんからな」
レイルは受け取った棒を握り直す。
リシアも自然に構えた。
イグニスフォックスは三人を睨んだまま、低く唸っている。
そして次の瞬間。
「アオォォン!」
森の中へ、鋭い遠吠えが響いた。
一瞬の静けさ。
その直後、右手の草むらが大きく揺れた。
一匹。
その奥から、さらにもう一匹。
左手の木陰からも赤茶色の影が姿を現す。
その後ろから、さらに二匹。
レイルは思わず周囲を見回した。
「……増えたね」
さっきまで一匹しか見えなかったはずが、気づけばあちこちに赤茶色の影がいる。
さらに奥でも草木の揺れる音がした。
リシアが棒を握る手に力を込める。
「何匹いるんですか……」
「数えるのは後だ」
ガルムも棒を構えた。
イグニスフォックスたちは、少しずつ三人を囲むように広がっていく。
いくつもの口元に、小さな炎が灯った。
正面にいた一匹が大きく口を開く。
火の塊がレイルへ向かって飛んできた。
「うわっ!」
レイルは風で身体を横へ押し出した。
火がすぐ脇を通り過ぎ、背後の草へ落ちる。
小さく炎が上がった。
「本当に火を吐くんだ……」
別の一匹も口元へ火を集める。
レイルは棒を構えながら、その炎を見た。
昨日、イノシシを相手に試したことを思い出す。
相手に風をぶつければ、体勢を崩すことができた。
なら、飛んでくる火にも。
「それっ」
「レイル、待て!」
ガルムの声が飛ぶ。
だが、間に合わない。
レイルの放った風が、飛んできた火へぶつかった。
次の瞬間、炎が一気に膨れ上がった。
「えっ……!?」
小さかった火の塊が、レイルの視界を埋めるほど大きく広がる。
避けるには遅い。
「伏せろ!」
ガルムが地面へ手を叩きつけた。
三人の前で土が一気に盛り上がり、分厚い壁となる。
直後。
膨れ上がった炎が土壁へ激突した。
熱気が壁の脇から吹き抜け、レイルは思わず腕で顔を覆う。
数秒して炎が消える。
土壁の表面は黒く焼け、一部が崩れ落ちていた。
「……危なっ」
レイルが呟く。
ガルムが鋭い目を向けた。
「レイル! 何をしている!」
「……ごめん」
「あいつらは火で、お前は風だ。やみくもにぶつけても勝てない」
「……うん」
「実戦で油断していれば、それだけで命を落とすぞ」
「分かった」
レイルは強く棒を握り直した。
属性には相性がある。
以前、ガルムから教わったことだ。
知識として覚えていたつもりだった。
だが、実際に風をぶつけた炎は、想像していたよりはるかに大きくなった。
あれをまともに受けていたら。
そう考えると、背中に冷たいものが走る。
「風を使うなってこと?」
「違う。使い方を考えろ」
「……そっか」
火へ直接ぶつけなければいい。
自分の身体を動かすことにも使える。
相手が火を吐く前なら、体勢を崩すこともできるかもしれない。
武器に風を乗せることだってできる。
風が使えないわけではない。
どう使うかを考えればいい。
レイルはイグニスフォックスたちへ視線を戻した。
「来ます!」
リシアの声に反応し、レイルが前を見る。
二匹のイグニスフォックスが同時に地面を蹴った。
別の方向では、さらに二匹の口元に炎が集まっている。
レイルは風を足元へ集めながら、棒を構えた。
イグニスフォックスの群れが、一斉に三人へ襲いかかった。




