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リシアとの訓練



翌朝。


レイルは宿の近くで、昨日使った槍の動きを思い出しながら棒を振っていた。

本物の槍では危ないため、今日はガルムが作った土の棒を使っている。


昨日のイノシシ討伐では、槍そのものの扱いだけでなく、風を合わせることで戦い方の幅が大きく広がった。

今日はその感覚をもう少し確かめてみるつもりだった。



「ふっ」



棒を前へ突き出す。


同時に、後ろから風を乗せる。


昨日より少しだけ速く伸びた。



「お、今の結構いいかも」



もう一度。


今度は少し強めに風で押し出す。


棒の先がわずかに横へ流れた。



「あれ?」



レイルは首を傾げる。


速くはなる。


ただ、風を強くすればいいというわけでもないらしい。



「昨日から楽しそうですね」



少し離れたところから、リシアが声をかけてきた。



「面白いよ。まだ色々できそうだし」

「次の武器も試すんじゃなかったんですか?」


「それも試したいんだけど、槍ももう少し使ってみたくて」

「忙しいですね」



レイルが棒を持ち直す。


その様子を見ていたガルムが、ふと立ち上がった。



「今日は少し相手を変えるか」



ガルムが地面へ手を向ける。


土が盛り上がり、もう一本の棒が形作られた。


それをそのままリシアへ差し出す。



「リシア」

「私ですか?」



リシアが少し驚きながら棒を受け取る。


レイルもそちらを見る。



「リシアがやるの?」

「前から少し教えてある」


「そうなの?」

「旅をするなら、自分の身くらい守れた方がいいからな」



リシアは棒を両手で持った。


慣れていないようには見えない。


レイルは少し意外そうにその姿を見る。



「全然知らなかった」

「聞かれませんでしたから」


「言ってくれてもよかったのに」

「自慢できるほどの実力じゃないですよ」



ガルムが二人を見た。



「じゃあ、早速始めてみろ」

「え、リシアと?」


「本気で殴り合えとは言っていない。相手に一本入れればいい」



レイルは自分の棒を握り直す。


リシアも同じように棒を構える。



「魔素操術(エレメント)は?」

「最初はなしだ」



魔素操術(エレメント)。


風や地といった魔素を操って使う力のことを、そう呼ぶらしい。



「分かった」

「私も大丈夫です」



二人が少し距離を取る。


ガルムはその横へ下がった。



「では、始めっ」



先に動いたのはレイルだった。


昨日何度も使った槍の感覚を思い出しながら、そのまま正面から突き出す。


だが。



「え?」



リシアの棒が、レイルの棒へ触れる。


力を受け止めず少し横へ押しただけだで軌道が外れる。


レイルはすぐに引き戻し、もう一度突く。


今度はリシアが半歩下がった。


届かない。


続けて踏み込もうとしたところで、棒の先がレイルの胸元へ向けられた。


レイルの足が止まる。



「……やりにくいな」



少し距離を取る。


リシアは追ってこない。


棒を構えたまま、こちらを見ている。



「リシアって、思ったより強くない?」

「思ったより、は余計です」



少しだけ頬を膨らませる。



「いや、褒めてるんだけど」

「分かっています」



レイルはもう一度仕掛ける。


今度は少し低い位置から棒を突き出した。


リシアは棒を下げ、また横へ流す。


そのまま滑るようにレイルの手元へ棒を伸ばした。



「うわっ」



慌てて手を引く。


だが一瞬遅い。


棒がレイルの手首へ軽く触れた。



「一本だな」



ガルムが言う。



「……ふぅ」



リシアが息を吐き満足そうにこちらを見ている。



「今のどうやったの?」

「逸らしただけです」


「だけって……」

「そんなに難しいことはしてませんよ」



リシアはそう言うが、レイルには十分難しく見えた。


もう一度構える。


今度は少し慎重に様子を見る。


リシアからは攻めてこない。


こちらが動くのを待っている。



「全然攻めてこないね」

「攻めるのはそんなに得意じゃないんです」



レイルが少しだけ笑う。

リシアも笑った。


その後も何度か仕掛けたが、結果はあまり変わらなかった。


突けば逸らされる。


距離を詰めようとすれば棒の先を向けられる。


無理に踏み込めば、手元や足元を狙われる。


力があるわけじゃない。


それなのに、一本取られてばかりだった。



「もう一回やろう」

「まだやるんですか?」


「次は風も使っていい?」

「それ、私がかなり不利じゃないですか?」



リシアがガルムを見る。


レイルも同じように視線を向けた。



「いいだろう」



リシアは少し困ったように棒を構え直した。


レイルも棒を構える。



「じゃあ、いくよ」

「はい」



ガルムが軽く手を上げる。


また勝負が始まった。



レイルは最初から風を使う。


足元へ風を集め、一気に横へ動いた。



「っ」



リシアがすぐに身体を向ける。


そこへ棒を突き出す。


リシアの棒が間に入る。


逸らされた棒を引き戻しながら、レイルは再び風で位置を変える。


正面。


横。


さらに反対側。


一度目とは比べものにならないほど動きが速い。


リシアも必死に棒を動かして対応する。



「速いです……!」



それでも、まだ当たらない。


レイルは少し笑った。



「結構ついてくるね」

「こっちは必死です!」



さらに回り込む。


今度こそいける。


そう思った瞬間、レイルは昨日のことを思い出した。


相手に風をぶつければ、体勢を崩せる。


イノシシにはできた。


なら、リシアにも。



「……」



レイルの動きが一瞬止まった。


どのくらいの強さなら大丈夫なんだ?


イノシシと同じように使えば、さすがに危ない。


そう考えた瞬間。



「えいっ」



棒がレイルの肩へ軽く当たった。



「……あ」



リシアも少し驚いた顔をしている。



「一本だな」



ガルムが言う。


レイルは肩を見てから、その場で力を抜いた。



「また負けた……」

「今、何かしようとしてましたか?」


「風をぶつけようかなって思ったんだけど」

「私に?」


「うん。でも加減が分からなくて。怪我させるわけにはいかないし」

「それで止まったんですね」



ガルムが腕を組む。



「もっと自在に扱えるようになる必要があるな」

「やっぱり?」


「ああ。感覚を掴むのは大切だ」

「なるほど……」



レイルは自分の手を見る。


イノシシなら多少強くても問題なかった。


だが、人間相手ではそうはいかない。


同じ風でも、相手によって使い方を変えなければならないらしい。



「もう一回」

「まだやるんですか?」


「今度は勝つ」

「レイルって負けず嫌いですよね」



リシアも笑いながら棒を構える。


先ほどより少し楽しそうに見えた。


ガルムはそんな二人を見て、小さく笑う。



「昨日よりは訓練らしくなってきたな」



再びレイルが地面を蹴った。




◇




訓練を終えた頃には、レイルは地面に座り込んでいた。


隣ではリシアも少し疲れた様子で息を整えている。


レイルは腰の袋から帳面を取り出した。


今日気づいたことを書き込んでいく。



相手に逸らされれば攻撃は当たらない。


速く動いても、動きを読まれれば意味がない。


相手に風を使うなら、強さの調整が必要。



そこまで書いたところで、少し考える。


そして、その下へもう一つ書き足した。



『リシアは思ったより強い』




「……レイル?」




横から声がした。


顔を上げると、リシアが帳面を覗き込んでいる。

笑ってはいるがどこか、怖い。



「な、なに?」

「それ、消してもらえますか?」


「え? なんで? 強いって書いただけだよ」

「それは……嬉しいですけど」



リシアは少しだけ視線を逸らした。



「レイルにそういうことを書かれるのは、なんだか恥ずかしいんです」

「そう?」


「はい。なので消してください」

「分かったよ」



レイルは言われた通り、その一文に線を引いた。


リシアは消されたのを確認すると、ほっとしたように息をつく。



「……でも、強いと思ってくれたのは嬉しいです」

「じゃあ残してもよかったんじゃない?」


「それとこれとは別です」

「難しいなあ」



少し離れたところで二人を見ていたガルムが、呆れたように息を吐いた。



「終わったなら片付けるぞ」

「はーい」


「今行きます」



レイルは帳面を閉じる。


槍もまだ試したい。


他の武器も使ってみたい。


風の使い方も、考えることが増えた。


村にいた頃は、自分の身体を速く動かせればそれで十分だと思っていた。


けれど、外へ出れば試してみたいことはいくらでも増えていく。


レイルは立ち上がり、棒を肩へ担いだ。



「次は勝つからね」

「私も簡単には負けませんよ」



二人は顔を見合わせて笑った。



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