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変わった親子


「ばあちゃん、ただいまー」

「おかえ……客人かい?」




家から出てきたマーサが、レイルの後ろへ目を向ける。

そこにはグラムが立っていた。



やはり大きい。

こうして家の前に立たれると、普段は気にしたこともなかった入口が妙に小さく見える。




「まあ、そんな感じ? 道端で拾ってきた」

「人様を犬みたいに言うんじゃないよ」


「はいはい。で、この娘さんが体調悪いみたいなんだ。診てやってくれる?」

「なんだい、病人かい。それを早く言いな」




マーサの表情がすぐに変わった。




「さっさと中に入って、診せてごらんよ」




グラムの腕の中では、リアが目を閉じていた。

ここまで歩いてくる間にも体調が悪くなったのか、先ほどより呼吸が苦しそうに見える。



マーサはリアの顔を覗き込んだ。




「熱があるね」

「見るだけで分かるの?」



「あんたは分からなかったのかい?」

「……なんとなく?」




マーサは今度はグラムを見る。




「ほら。あんたもぼさっとしてないで」

「……世話になる」

「礼は元気になってからでいいよ」




グラムがリアを抱いたまま家へ入ろうとする。


そして。



ごつん。



鈍い音がした。




「…………」

「…………」




入口の上に頭をぶつけていた。




「グラム、大丈夫?」

「問題ない」


「結構いい音したけど」

「問題ない」


「二回言った」




グラムは何事もなかったように家へ入っていく。

その背中を見ながら、マーサが呟いた。




「でっかい男だねえ」

「ばあちゃんでもそう思うよね」


「レイル」

「ん?」


「あんたも突っ立ってないで湯を沸かしな」

「はいはい」


「返事は一回」

「はい」




いつもの調子で、レイルも家へ入った。




◇




「疲れだね」




しばらくして、リアを寝台へ寝かせ、一通り身体を診たマーサが言った。




「それに軽い風邪。何日もまともに休んでないんじゃないかい?」




グラムは答えなかった。

それだけで答えになっていた。

マーサがじろりと睨む。




「こんな状態の娘を連れて何してるんだい」

「事情がある」


「事情で熱が下がるなら便利だね」

「……すまない」


「謝る相手が違うだろ。親なんだったらしっかりしな」




グラムの視線が寝台へ向く。リアは眠っていた。




「とにかく今日は動かさないこと。熱が下がっても、明日は様子を見る」

「分かった」


「あと、あんたも休みな」

「俺は問題ない」


「そういう奴が一番面倒なんだよ」

「…………」


「返事は?」

「……分かった」




レイルは思わず吹き出した。

グラムがこちらを見る。




「ごめん。でも、ばあちゃんに勝とうとしない方がいいよ」

「何か言ったかい?」


「何も言ってません」

「そうかい」




危ない、危ない。


レイルは黙って湯を運ぶことにした。

その途中、グラムが小声で尋ねる。




「いつもこうなのか」

「まあね」

「そうか」




妙に納得した顔だった。





◇





その日の夕食は、いつもより少し遅くなった。

リアはまだ眠っている。

グラムは寝台の近くから離れようとしなかった。




「ほら」




マーサが椀を差し出す。

野菜と豆を煮込んだスープだ。




「食べな」

「俺は」


「腹が減ってないとは言わせないよ」

「…………」




グラムは大人しく椀を受け取った。

レイルもパンをちぎりながら、向かいに座る。




「グラムたちは、どこから来たの?」

「遠くだ」


「遠くって?」

「遠くは遠くだ」


「なんだそれ」

「言えない事情もあるんだろ。詮索するんじゃないよ」




マーサが割って入る。




「別に詮索じゃないって」

「それを詮索っていうんだよ」

「……すまない」




今度はグラムが謝った。




「謝らなくていいよ。レイルが馴れ馴れしいだけだからね」

「ひどくない?」

「事実だろ」




レイルは不満を飲み込む代わりに、パンを口へ放り込んだ。


その時。




「……いい匂い」




小さな声がした。

寝台を見ると、リアが目を覚ましていた。




「起きたのか」




グラムがすぐに立ち上がる。




「はい……」

「まだ寝ていろ」

「でも、お腹が……」




きゅるる。

小さな音がした。

全員が止まった。

リアの顔が赤くなる。




「…………」




レイルは黙る。

グラムも黙る。

マーサだけが平然としていた。




「腹が減るのは元気になってきた証拠だよ」

「……はい」


「消化のいいものを作ってやるから待ってな」

「ありがとうございます……」




マーサが台所へ向かう。

リアは布団を鼻の辺りまで引き上げた。


レイルは耐えた。

耐えたが。




「別に恥ずかしがらなくても」

「忘れてください」


「いや、でも」

「忘れてください」


「はい」




意外と圧が強い。

グラムがほんの少しだけ口元を緩めた。




「お父さん」

「何だ」


「今、笑いました?」

「笑っていない」


「絶対笑いました」

「気のせいだ」


「お父さん」

「病人は寝ていろ」


「ずるいです」




レイルは二人を見ながら思う。

やっぱり変わった親子だ。





◇





夜。

マーサとリアはすでに眠っていた。

レイルは家の外で薪を整理していた。

別に今やる必要はない。



ただ、見慣れない人間が二人も家にいるせいか、なかなか寝つけなかった。




「何をしている」




突然、背後から声をかけられた。




「うわっ!」




振り返ると、グラムが立っていた。




「びっくりした……。グラム、足音しなさすぎじゃない?」

「そうか?」

「その身体で?」




グラムは自分の身体を見る。




「関係あるのか」

「ないのかな?」




レイルは薪を置いた。




「リアは?」

「眠っている」


「ならグラムも寝ればいいのに」

「俺は平気だ」


「それ、ばあちゃんに聞かれたら怒られるぞ」

「……それは困るな」




真顔だった。

レイルは思わず笑う。




「グラムって意外と面白いな」

「そうか?」


「最初見た時、絶対怖い人だと思った」

「よく言われる」


「やっぱり?」

「ああ」




怒る様子はない。

最初に街道で会った時より、随分と話しやすくなった。




「リア、大丈夫だと思うよ。ばあちゃん、口うるさいけど薬草には詳しいから」

「……そうか」




グラムは短く答え、それからレイルを見た。




「感謝する」

「何が?」


「俺たちを連れてきてくれたことだ」

「そんな大したことしてないって」


「それでもだ」




真面目な顔だった。

レイルは少し困る。




「じゃあ、リアが元気になったら何か奢ってよ」

「分かった」


「冗談だよ」

「そうなのか?」


「そこ真面目に受け取る?」

「では、どうすればいい」


「何もしなくていいって」

「そうか」




変な人だ。




「グラムたちって、二人で旅してるの?」

「ああ」


「ずっと?」

「そうだな」


「何のために?」




グラムが黙った。

レイルはすぐに察する。




「あ、言えない?」

「ああ」


「じゃ、いいや」




レイルは再び薪を積み始めた。

しばらくして、グラムが口を開く。




「聞かないのか」

「言えないんだろ?」


「……」

「なら聞いても仕方ないじゃん」




グラムはレイルを見る。




「……そうだな」

「変?」


「いや」




グラムはほんの少し笑った。




「お前は、そういう奴なのだな」

「どういう奴?」


「いや」

「何だよ。気になるじゃん」


「なんでもない」

「なんだよ」




今度はグラムがはっきりと笑った。





◇





翌朝。




「おはようございます」




起きてきたレイルに、リアが頭を下げた。




「もう起きて大丈夫なの?」

「はい。かなり楽になりました」




昨日とは別人のようだった。

まだ少し顔色は悪いが、普通に座っている。



改めて見ると、やはりレイルと同じくらいの年齢に見える。



長い栗色の髪に、整った顔立ち。

そして妙に姿勢がいい。



普通に座っているだけなのに、どこか上品に見えた。




「よかった。ばあちゃんの薬、苦かっただろ」




リアが一瞬だけ止まる。




「……とても」

「だよな」

「薬は苦いものだよ」




台所からマーサの声が飛んでくる。




「聞こえてましたか」

「この家は狭いからね」




リアが困ったように笑い、レイルも笑った。

グラムは無言でパンを食べていた。




「ところで」




レイルは二人を見比べる。

昨日から少し気になっていた。




「二人って、本当に親子?」




グラムの手が止まった。

リアも止まった。


ほんの一瞬。

だが、レイルは見逃さなかった。




「……どうしてそう思うんですか?」




リアが尋ねる。




「……いや、なんとなく」



グラムが言う。



「俺に似ていた方がよかったか?」




レイルはリアを見る。

グラムを見る。

もう一度リアを見る。




「ううん、リアがかわいそう」

「レイル」

「痛っ!」




マーサの杖が頭に落ちた。

リアが口元を押さえて笑う。




「何で!」

「失礼なこと言うからだよ」


「本人よりばあちゃんが怒ってるじゃん」




グラムは無表情だった。

ただ、よく見ると少しだけ眉間に皺が寄っている。




「グラム、もしかして気にしてる?」

「気にしていない」


「絶対気にしてるだろ」

「気にしていない」


「二回言った」

「レイル」

「はい、すみません」




マーサの杖が再び動く前に謝った。

リアは楽しそうに笑っていた。





◇





リアの体調が戻るまで、二人はハルネ村に滞在することになった。


村には宿屋がない。

そのため、マーサの家に泊まる。


グラムは当然のように断った。




「そこまで世話になるわけにはいかない」

「病み上がりの娘を外で寝かせるつもりかい?立派な親だこと」

「……世話になる」




あっさり負けた。

レイルは、グラムがマーサに勝つ日は来ないだろうと思った。



昼過ぎ。



レイルが畑の雑草を抜いていると、後ろから声がした。




「何をしているんですか?」

「見て分からない?」


「……草を抜いています」

「正解」


「お手伝いします」

「病人は寝てなよ」


「もう治りました」

「昨日熱出してたじゃん」


「ずっと寝ている方が身体に悪いです」

「どんな理屈なの」




リアはレイルの隣にしゃがみ、草を一本抜いた。

しばらく眺める。




「……これは?」

「雑草」




次の一本へ手を伸ばす。




「それは残して!」




リアの手が止まった。




「……危なかったです」

「今、作物抜こうとしてたよ」


「次からは大丈夫です」

「本当?」


「はい」




妙なところで自信満々だ。


結局、二人で畑仕事をすることになったが、

リアは何度も間違え、そのたびにレイルが止めた。




「ところでリアって、どこから来たの?」

「少し遠いところです」


「それは昨日も聞いた」

「では……かなり遠いところです」


「距離しか変わってないじゃん」

「…………」




リアが困った顔をする。

レイルは笑った。




「いいって。言えないなら」

「……すみません」


「だから謝らなくていいって」




しばらく二人で草を抜く。




「レイルは」

「ん?」


「ずっと、この村に?」

「うん。生まれてからずっと」


「外へ出たいと思わないんですか?」




レイルは少し考えた。




「別に」

「別に?」


「ここ、結構好きだし」

「そうなんですね」


「何もないけどな」




レイルは畑の向こうを見る。


小さな家々。


その先に広がる森。


遠くの山。


毎日見ている景色だった。




「でも、何もないから悪いってわけでもないだろ」




リアは答えなかった。

ただ、レイルと同じ景色を眺めていた。




「……いい村ですね」

「でしょ?」


「はい」

「のどかなことしか売りないけど」


「それは、とても素敵なことだと思います」




レイルはリアを見る。




「そう?」

「はい」




リアは笑っていた。

だが、ほんの少しだけ寂しそうにも見えた。





◇





その日の夕方。

マーサの家から、いい匂いが漂っていた。




「グラム」




レイルが台所を覗く。




「何してるの?」

「夕食だ」


「それは見れば分かるけど」




グラムが鍋の前に立っていた。

マーサが椅子に座り、その様子を眺めている。


「こいつが作るって言い出してね」

「グラム料理できるの?」


「ああ」

「意外」


「失礼だな」

「だってグラム、肉とかそのまま焼いて食べそうじゃん」


「レイル」

「はい」




マーサの声だけで黙る。

グラムが鍋をかき混ぜた。




「味見をしてみろ」




小皿を渡され、レイルが一口食べる。




「…………」

「どうだ」


「うまい」

「そうか」


「普通にばあちゃんより――」




レイルは途中で止まった。

背後から視線を感じる。




「何だい?」

「普通に、ばあちゃんより……」


「より?」

「……ちょっとだけ味が濃い」


「そうかい」




危なかった。


グラムが横を向く。

肩がわずかに揺れている。




「今笑っただろ」

「笑っていない」


「絶対笑った!」




そこへリアが入ってくる。




「どうしたんですか?」

「グラムが笑った」


「笑っていない」

「お父さんは意外とよく笑いますよ」


「リア」

「はい?」


「余計なことは言わなくていい」




リアがくすりと笑う。

その日の夕食は、いつもより少し賑やかだった。





◇





そして夜。


レイルたちが眠った後、グラムは一人、家の外に立っていた。


昼間とは違う顔で、暗い街道を見つめている。

やがて、背後から小さな足音がした。




「お父さん」




リアだった。




「寝ていろ」

「もう大丈夫です」


「マーサ殿に怒られるぞ」

「お父さんもですよ」


「…………」




二人は暗い街道を見る。




「追ってきていると思いますか?」




リアが小さな声で尋ねた。




「分かりません」

「そうですか」


「ですが、ここにあまり長居はできません」




リアは黙り、昼間レイルと眺めた村へ視線を向けた。

静かな村だった。

明かりの残っている家も、もうほとんどない。




「……いい村ですね」

「はい」


「もう少しだけ、いてはいけませんか?」




グラムはすぐには答えなかった。




「体調が完全に戻るまでです」

「はい」




リアは小さく笑った。




「ありがとうございます」

「いえ」




そう言って、グラムはもう一度街道を見る。

何も見えない。



虫の声と、木々の揺れる音だけが聞こえる。

いつも通りの、静かな夜。

そのずっと先。



ハルネ村からまだ遠く離れた街道を、一頭の馬が走っていた。



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