ガルムの情報収集
レイルとリシアが大通りへ向かっていくのを見届けると、ガルムは一人、別の道へ歩き出した。
ガルムが向かったのは依頼所だ。
依頼所は、町の人間から持ち込まれた様々な仕事を掲示し、引き受ける者を募る場所だ。
荷運びや採取、害獣退治など内容は様々で、特別な登録もなく誰でも依頼を受けられるため、旅人が旅費を稼ぐ手段として利用することも多い。
ガルムたちがこれから旅を続けていく上でも、何度も利用することになるだろう。
それに、人から頼まれた仕事をこなすことは、レイルとリシアにとって良い経験になる。
それで旅費の足しにもなるなら、なお都合がいい。
さらに、依頼所には町やその周辺で起きていることも自然と集まってくる。
仕事も探せて、情報も集まる。
ガルムにとっては利用しない理由のない場所だった。
◇
依頼所の中へ入ると、壁際に大きな掲示板が設置されていた。
すでに何人かがその前に立ち、貼られた依頼書を眺めている。
ガルムも空いた場所から順に目を通していった。
近郊の農家から出された害獣退治。
薬草や木の実の採取。
荷物の運搬。
中には、周辺に出る小型の魔物を退治してほしいという依頼もある。
基本的には、町で暮らしていれば起こりそうな小さな困りごとが多い。
「依頼をお探しですか?」
受付から声をかけられた。
ガルムが顔を向けると、若い男がこちらを見ていた。
「いや、悪いが今日は下見だ」
「構いませんよ。ごゆっくりご覧ください。初めて見る顔ですが、旅のお方ですか?」
「ああ。昨日ラゼルに着いたばかりでな。数日は滞在する予定だ」
「そうでしたか。ラゼルは入ってくる依頼も多いので、ご希望に合うものが見つかるといいですね」
「そうだな。今度は連れも連れてくるつもりだ」
「はい。お待ちしております」
ガルムはもう一度掲示板へ目を向ける。
「ところで、今は強い魔物や珍しい魔物の討伐依頼はないのか?」
「討伐ですか? 今は出ていませんね。ただ、素材の納品依頼ならいくつかありますよ」
受付の男が、掲示板の一角を指した。
そこには、魔物の牙や皮、角などを求める依頼書がまとめられている。
中には、ガルムでもあまり見かけない魔物の素材もあった。
何気なく依頼主へ目をやる。
「……ダレス商会」
その隣も、そのまた隣も見覚えのある名前だった。
受付の男が笑う。
「ダレス商会さんは、魔物の素材をよく探していますからね。珍しいものなら、掲示してあるもの以外でも買い取ってくれることがありますよ」
「なるほどな」
珍しい魔物の素材を欲しがる客がいるとは聞いていたが、ダレス自身も普段からかなり広く集めているらしい。
「では、また明日邪魔させてもらう」
「ええ。いつでもどうぞ」
ガルムは受付に軽く手を上げ、依頼所を後にした。
◇
次にガルムが向かったのは市場だった。
今度は、実際に街道を行き来している者たちから話を聞いておきたい。
市場へ入ると、朝から多くの荷車が行き交っていた。
ガルムは積まれた荷物や馬車の様子を眺めながら歩き、ちょうど木箱を下ろしていた男に声をかける。
「忙しいところすまない。あんたはどっちから来た?」
「ん? 東だよ。ベルナ街道を通ってきた」
「東か。道中はどうだった?」
「特に何もないな。昨日は天気も良かったし、予定より早く着いたくらいだ」
「魔物は?」
「遠くで小さいのを見たくらいだな。こっちには寄ってこなかったよ」
「そうか。邪魔したな」
短く礼を言い、その場を離れる。
しばらく市場を歩くと、今度は野菜を積んだ荷車のそばで休んでいる男たちを見つけた。
話を聞けば、北にあるノルド丘陵の麓から来たらしい。
「北の方は?」
「平和なもんだよ」
一人が笑う。
「今年は獣が畑まで下りてくるのが少し早いくらいかな」
「魔物じゃないのか?」
「足跡を見る限り、イノシシらしい。何にせよ畑を掘り返されて、農家は怒ってるけどな」
隣の男も苦笑する。
「そのうち依頼所に駆除の仕事でも出るんじゃないか?」
「なるほどな」
先ほど掲示板で見た害獣退治も、この辺りから出されたものかもしれない。
少なくとも、北にも大きな問題はなさそうだ。
ガルムはさらに市場の中を歩く。
ラゼルは各地から品物が集まる町だけあって、行き交う者の出身も様々だった。
何人かと話をしたが、どの方面も今のところ大きな異変はないらしい。
ひとまず、それが分かれば十分だ。
「……ん?」
歩いていたガルムの足が止まった。
店先に、小さな袋がいくつも並んでいる。
赤茶色の粉や乾燥させた葉、見慣れない実を細かく砕いたものまであった。
「これは何だ?」
「いらっしゃい。南から入ってきた香辛料ですよ」
ガルムは一つの袋を手に取る。
「変わった色だが、どんな味なんだ?」
「少し辛味がありますね。肉に合いますよ」
「ほう」
「特に、少し癖のある肉なんかにはいいですね」
ガルムは袋に顔を近づけ、香りを確かめる。
「なるほど」
すぐ隣の袋にも目を移した。
「こっちは?」
「そっちは少し甘い香りが出ます」
「魚にも合いそうだな」
「ええ。ソースに混ぜてもいいですよ」
店主が不思議そうにガルムを見る。
「旦那、料理人ですか?」
「違う」
「その割には随分研究熱心ですね」
「旅の途中で料理はするからな」
「なるほど。それで詳しいんですね」
ガルムは気にする様子もなく、二種類の香辛料を買った。
その後も市場を歩きながら、街道を通ってきた御者や旅人と何度か話をしたが、やはり特に問題はないようだ。
ラゼルの周辺は、今のところ平和そのものだった。
そう確認できた頃には、ガルムの手に持つ荷物も随分増えていた。
香辛料だけではない。
見慣れない野菜や保存の利く食材まで増えている。
ガルムは無言でそれらを見下ろした。
どれも旅で使える。
「……問題ないな」
なぜか言い訳のように呟き、一人で納得した。
◇
夕方になると、ガルムは市場を離れ、旅人が多く集まる酒場へ向かった。
旅人から話を聞くなら、やはりこういう場所が一番だ。
ガルムは空いている席へ腰を下ろし、肉料理とパンを頼んだ。
しばらくすると、向かいに座っていた男が声をかけてくる。
「旦那も旅の途中か?」
「ああ」
「どこから来た?」
「ルーデンの方からだ。あんたたちは?」
「俺たちはベルナ街道だよ。東の方を回ってきた」
どうやら三人組の旅人らしい。
「東はどうだった?」
「平和なもんだったな」
一人が杯を傾ける。
「そういや途中で、ずぶ濡れの奴は見たけどな」
「ずぶ濡れ?」
「ああ。ルーゼの森の近くだ」
「何があったんだ?」
ガルムが尋ねる。
「近道しようとして道を外れたら、草の下が沼だったらしい」
「そのまま突っ込んだってよ」
「荷物まで全部濡らしてな」
三人が笑う。
そこへ料理が運ばれてきた。
ガルムが焼いた肉を一口食べると、香草の匂いが鼻を抜けた。
悪くない。
「そういや、ルーゼの森の奥で煙も見たな」
一人が、ふと思い出したように言った。
「煙?」
「ああ。街道から少し離れたところだ。まあ、誰かが野営でもしてたんだろうけどな」
向かいの男が首を傾げる。
「でも、わざわざあんな森の奥で野営するか?」
「言われてみればそうだな」
「何か採取でもしてたんじゃないか?」
男たちは好き勝手に話している。
「火事ではなかったのか?」
「そこまで大きくなかったからな」
「そうか」
ガルムもそれ以上は追及しなかった。
少しすると、近くの卓から別の話が聞こえてきた。
「ノルド丘陵の近くで、地面が随分掘り返されてたらしいぞ」
「何か埋めたんじゃないのか?」
「獣の足跡が残ってたってさ」
「なら、どうせイノシシか何かだろ」
「だな」
昼間、市場で聞いた話と似ている。
おそらく害獣の仕業だろう。
今度は奥の席から、大きな声が聞こえてきた。
「俺は昨日、空を泳ぐ魚を見たぞ!」
声の主は、すでにかなり酔っている。
「また始まったよ」
仲間らしい男が呆れた。
「本当だ! でっかい魚が空をふわふわ飛んでたんだ!」
「お前、昨日の昼から飲んでただろ」
「酒と魚は関係ない!」
「酒を飲んでないときに言え」
周囲から笑い声が上がる。
すると、別の酔っ払いも負けじと話へ加わった。
「俺なんて夜中に歩く木を見たぞ!」
「お前もかよ」
「でっかい木が、こう……左右に揺れながら歩いてた!」
男が両腕を上げ、ふらふらと歩いてみせる。
「揺れてたのは、お前自身だろ」
酒場が笑いに包まれた。
ガルムも思わず口元を緩める。
くだらない話も多い。
だが、街道を行き来する者たちの話には、時々思わぬ情報が混じることもある。
全部を真に受ける必要はないが聞いておいて損はなかった。
「旦那は何か探してるのか?」
向かいの旅人が聞く。
「いや。周辺の様子を知っておきたいだけだ」
「旅してるなら大事だよな」
男が杯を持ち上げる。
「まあ、この辺は平和だよ。俺たちも何事もなく来られたしな」
「ああ。それなら何よりだ」
ガルムは残っていた料理を口へ運ぶ。
それから近くを通った店員を呼び止めた。
「この料理に使っている香草は何だ?」
「え?」
「さっきから気になっていてな。市場で売っているのか?」
向かいの旅人が笑う。
「旦那、結局飯の方が気になってるじゃねえか」
「……む。そんなことはない」
「まあ、飯の美味さも旅には大事だもんな」
「よく噛んで味わって食べろよ」
「子供扱いはよせ」
また笑いが起きた。
◇
宿へ戻る頃には、すっかり夜になっていた。
部屋に入ると、レイルとリシアもすでに戻っている。
「ガルム、おかえり」
「ああ」
レイルの視線が、すぐにガルムの両手へ向いた。
「……結構買ったね」
「ああ」
「情報集めてたんじゃなかったの?」
「買い出しも兼ねていたからな」
「何買ったんですか?」
リシアが袋を覗き込む。
「見たことのないものがありますね」
「この辺りには珍しい食材が多かった」
「楽しかったんですね」
「情報収集だ」
「否定になってませんよ」
リシアが笑った。
レイルもつられて笑う。
「それで、何か分かりました?」
「今のところ、街道に大きな問題はないらしい」
「それは良かったですね」
「ああ」
ガルムは荷物を置きながら続ける。
「それと、依頼所も見てきた」
「どうでした?」
「依頼所って何?」
レイルがすぐに食いついた。
「町の人間から持ち込まれた仕事を受けられる場所だ」
「へえ。そんな場所があるんだ」
「また見に行けばいい。お前たちにも経験になりそうな依頼がいくつかあったぞ」
リシアもうなずく。
「お金も稼がないといけないですしね」
「そういうことだ」
ガルムは市場で買った香辛料の袋を取り出した。
「しばらくラゼルにいる間は、定期的に顔を出すつもりだ。依頼も入れ替わるし、顔を覚えてもらって損はない」
そう答えたガルムは、香辛料の袋をじっと見る。
レイルが気づいた。
「……それ、今日使うの?」
「いや。今日はもう食ってきたから、明日試す」
「かなり楽しみにしてるじゃん」
「まあな」
意外にも否定しなかった。
「明日の朝飯、楽しみにしてるね」
「ああ。いろいろ試してやる」
ガルムはそう言いながら、買ってきた食材を一つずつ取り出して並べていった。




