新しい縁
三人は宿の部屋で地図を広げていた。
「さて、次はどこへ行く?」
レイルが地図を覗き込む。
昨日は野営地を出てから一日かけてルーデンへ戻り、そのまま宿で一泊した。
そして今は、次にどこへ向かうかを決めるため、三人で地図を囲んでいるところだった。
ルーデンの周辺には、大小いくつもの町や村が記されている。
「昨日までに聞いた話では、この辺りに特に変わった噂はなさそうですね」
リシアが地図を見ながら言う。
「なら、もう少し人の集まるところへ行った方がいいだろう」
ガルムがルーデンから北東へ指を動かした。
「ラゼルという町がある」
「ラゼル?」
「エルネアでも商業が盛んな町の一つだ。ルーデンよりかなり大きい」
「人も多いわけか」
「ああ。商人だけでなく旅人も多く集まる」
それを聞いて、レイルは地図へ顔を近づけた。
噂も集まりやすそうだ。
「じゃあ、そこがいいんじゃない?」
「私も賛成です」
「なら次はラゼルだな」
目的地はあっさり決まった。
「歩いていくの?」
「乗合馬車が出ているはずだ」
「乗合馬車?」
「同じ方向へ向かう人間が、料金を払って一緒に乗る馬車だ」
「そんなのあるんだ」
「人が集まる町では一般的な移動手段ですよ」
リシアが捕捉してくれた。
「じゃあ今日は準備して、明日出発?」
「ああ。その前に昨日手に入れた素材も売っておくぞ」
「そうだった!」
ゲイルバードの素材はまだ手元にある。
「それと」
ガルムがレイルを見る。
「しばらくお前の武器は俺が作る」
「全然いいけど、なんで?」
「お前はまだ、自分に合う武器も戦い方も分かっていないからな。剣に限らず様々な武器を試すといいだろう」
「なるほど!」
確かに、武器を使って戦った経験自体が初めてだった。
剣が一番合うかどうかは誰にもわからない。
「金銭的にも武器を何種類も買うことは難しいですからね」
「たしかにね。そんなに持ち歩くのも大変だ」
「その点もガルムが作ってくれるなら、解消できますから」
「気に入ったものが見つかったら、その時にまともな物を買えばいい」
「分かった。じゃあ当分はよろしく!」
いろいろな武器を試す。
どんな武器が自分に合うのだろうか。
少し楽しみだ。
◇
三人はゲイルバードの素材を売るため、ルーデンの総合商店を訪れた。
店内には日用品から武器、魔導具、魔物の素材まで、さまざまな品がきれいに並べられていた。
「おお」
「色々なものがありますね!」
店内を感動しながら見渡していたレイルとリシア。
「いらっしゃい。なにが入り用で?」
渋い声をした店主が奥から出てきて声をかけてきた。
「魔物の素材を買い取ってもらいたい」
そう言いながらガルムは店主に素材を見せる。
爪。
嘴。
羽。
店主は羽を手に取ると、すぐに目を細めた。
「こりゃあ、もしかして北の森にいたっていうやつか?」
「そうだよ」
レイルが答える。
「ほー、こいつは凄い。簡単に倒せる魔物じゃないからな。あの辺りを通る商人たちも困ってたってのに」
店主は素材を一つずつ確認していく。
「状態もいいな」
「売れる?」
「ああ。もちろんだ」
店主は素材から目を離すことなく答えた。
「……と言いたいところだが、せっかくだ。もっといい奴を紹介してやる」
「いい奴?」
「こういう素材を探してる商人がいるんだよ。ちょうど今、奥で商談していてな」
店主は店の奥へ向かって声を張った。
「ダレス! ちょっといいか!」
「どうした?」
しばらくすると、一人の男が姿を現した。
年は40歳ほどだろうか。
日に焼けた顔に、人当たりのよさそうな笑みを浮かべている。
「ほら。お客さんがいいもん持ってきてくれたぞ」
店主がゲイルバードの羽を差し出す。
「……おおっ!」
男の目が一気に輝いた。
「ゲイルバードじゃないですか!」
そのままレイルたちへ顔を向ける。
「皆さんが倒されたんですか?」
「うん」
レイルが答えると、男はさらに興味を示した。
「素晴らしい! しかも羽だけじゃないんですね!」
「えーっと……あなたは?」
「あ、これは大変失礼いたしました。わたくしはダレスと申します。商人をやっております」
「俺はレイル」
「リシアです」
「ガルムだ」
それぞれに自己紹介を済ませるとすぐに商談に移る。
「早速ですが、もしよろしければ、この素材ぜひ私に買い取らせていただけませんか?」
レイルは店主を見る。
「いいの?」
「ああ。こいつなら俺よりいい値を出すと思うぞ」
店主がニヤリと笑いながら言う。
「それに俺もダレスには普段から世話になっているからな。もちろん、これは貸しにさせてもらうが」
「当然だ!今回のあんたとの取引は少し勉強させてもらうよ!」
「まいど」
二人とも嬉しそうに笑っている。
お互い満足そうならいいか。
「俺たちは全然大丈夫だよ」
「助かります!では早速見させていただきますね」
男は爪や嘴、羽を細かく確認していく。
「いいですね。爪も欠けていませんし、羽もかなり状態がいい」
しばらく眺めたあと、顔を上げた。
「全部で15万ルクでいかがでしょう?」
「15万ルク!?」
レイルが思わず声を上げる。
「そんなにするの?」
「質が良いことはもちろんですが、少し色をつけさせていただきました」
ダレスが笑う。
「北の街道で困っていた商人も多かったので、その感謝も込めて。それに、私としてもぜひ欲しかった素材ですからね」
「ガルム、この金額ならいいよな?」
「ああ、こちらとしても嬉しい取引だ」
「ありがとうございます。それではこちらが15万ルクです。お受け取りください」
「はい、ありがと」
「いえいえ。こちらこそ、本当にありがたいです」
取引を終えると、男は改めて頭を下げた。
レイルは、ダレスが大事そうに羽を確認しているのを見ながら尋ねた。
「ダレスさんは、なんでゲイルバードの素材が欲しいの?」
「私のお客様に、少し変わった方がいましてね」
「変わった人?」
「珍しい魔物の素材を集めている貴族の方なんです」
「貴族が?」
「ええ。珍しい牙や爪で作った武器や防具、装飾品。それから剥製なんかも集めていまして」
「……すごい趣味だな」
「かなりのコレクターですよ」
ダレスが苦笑する。
「珍しいものほど喜んでくださるんですが、当然そう簡単には手に入りません。強い魔物となれば、倒せる方自体が少ないですから」
「それで素材を探してたんだ」
「そういうことです」
ダレスは三人を見る。
「皆さん、今後も魔物と戦うことはありますか?」
「たぶんね」
レイルはガルムを見ながら答えた。
ガルムは静かに頷いた。
「でしたら、珍しい素材が手に入った時は、ぜひ一度私に声をかけてください」
「高く買ってくれる?」
「もちろんです!できる限り頑張らせていただきますよ」
ダレスが楽しそうに笑う。
「それならこっちも助かるかも」
レイルも笑った。
「そうだ、ダレスさん」
「はい?」
「他にも魔物に困ってる話とか、変わった話って聞いてない?」
ダレスの表情が少し変わる。
「そういった話を探しているんですか?」
「うん。変わった現象とか、魔物の話とか」
ダレスは少し考えてから首を振った。
「今この辺りでは、ゲイルバード以外は特に大きな話は聞いていませんね。」
「そっか」
「ただ、そういう話でしたらきっと今後お役に立てると思いますよ」
「本当?」
「商人は情報がないと商売になりませんからね。どこの道が危ないとか、どこに魔物が出たとか、町で何か変わったことが起きているとか。自然と耳に入ってきます」
「色んな商人とも知り合いなの?」
「ええ。こう見えて、商人仲間の中では顔の広さにはちょっと自信がありますから」
ダレスが胸を張る。
「私が知らないことでも、知り合いを辿れば分かることは結構あります」
三人は顔を見合わせる。
かなり心強い相手かもしれない。
「じゃあ、何か面白い話が入ったら教えてくれる?」
「もちろんです」
ダレスがにこりと笑った。
「その代わり、珍しい素材が手に入った時は、ぜひ私にも声をかけてください」
「わかってるよ」
レイルも笑った。
「ところで、皆さん。今夜はお時間ありますか?」
ふいに、ダレスが尋ねてきた。
「今夜?」
「はい。せっかくこうしてご縁ができましたし、今後もぜひお付き合いさせていただきたいので」
ダレスが軽く頭を下げる。
「よろしければ、夕食をご馳走させてください」
レイルはリシアとガルムを見る。
二人とも特に反対はないようだった。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「ありがとうございます。では、夕方にまた」
◇
夕方。
三人はダレスに案内され、町の食事処を訪れていた。
以前使った店より少し立派な店だった。
テーブルには次々と料理が運ばれてくる。
「遠慮せず食べてください」
「本当にいいの?」
「もちろんですよ」
そう言われれば遠慮する理由もない。
レイルは早速料理へ手を伸ばした。
「うまっ」
「気に入っていただけて何よりです」
食事をしながら、ダレスの商売についても話を聞く。
食料。
布。
道具。
工芸品。
魔物の素材。
扱うものはかなり幅広いらしい。
「本当に色々売ってるんだね」
「需要があれば、できるだけ応えるようにはしています」
「どこを拠点にしてるの?」
レイルが何気なく尋ねる。
「ラゼルです」
「え?」
レイルはリシアとガルムを見る。
「俺たちも明日ラゼルに行く予定なんだ」
「本当ですか?」
ダレスの表情が明るくなる。
「今朝、次の目的地に決めたところなんです」
リシアが説明する。
「人が多く集まる町なら、情報も集まりやすいだろうと思いまして」
「それならラゼルはちょうどいいでしょう。私も明日の朝、戻る予定なんです」
「じゃあ同じ方向だ」
「ええ」
ダレスは少し考えると、にこりと笑った。
「でしたら、私の馬車に乗って一緒に向かいませんか?」
「一緒に?」
「はい。馬車を引いて商品を持ち帰るのですが、護衛がいてくださると心強いですし」
「街道はそこまで危険なのか?」
ガルムが確認する。
「普段はそこまでではありませんね。ただ、荷物を積んでいますし、魔物や盗賊に遭う可能性がないとは言えませんから」
「護衛をお願いする代わりに、皆さんはそのまま乗っていってください。もちろんお金はいりません」
三人は話し合う。
「どうする?」
「元々の予定と変わらないんだ。問題ないだろう」
「私もいいと思います」
「じゃあ決まりだね」
「ありがとうございます!」
ダレスは嬉しそうに頭を下げた。
「では明日の朝、馬車乗り場でお待ちしております」
◇
翌朝。
レイルたちは荷物をまとめ、ルーデンの馬車乗り場へ向かった。
そこにはすでにダレスの姿があった。
傍らにはいくつもの荷物が積まれている。
「みなさん、おはようございます!」
「おはよう、ダレスさん」
「こちらです。準備でき次第出発しますね」
レイル達は荷物を積み込み、馬車へと乗り込んだ。
やがて馬車が動き始める。
ごとごとと車輪が街道を転がり、ルーデンの町が少しずつ遠ざかっていった。
「楽だな、これ」
レイルは揺れる車内で身体を伸ばす。
「歩かなくていいって最高かも」
「護衛を兼ねてることを忘れるなよ」
「分かってるって」
ダレスが笑う。
「私は何も出ないことを祈っていますよ」
しばらくして、ダレスが興味深そうにレイルを見る。
「そういえば、ゲイルバードとはどんな戦いだったんです?」
「聞きたい?」
「ぜひ」
レイルは少し得意げに姿勢を正した。
「とにかく動きが速くてさ。強い風も吹きつけてくるし避けるのにいっぱいいっぱいだったよ」
「私だったら避けることができただけで奇跡ですね」
「俺もとにかく必死だったよ。でも、途中からやっと動きが読めるようになってきてさ。なんとか翼に一発当てられたんだよ」
「レイルさん、まだお若いのにお強いんですね。普段から何か訓練されてるんですか?」
「ガルムと毎日訓練してる!まだ始めたばっかりだけど」
「それなのにゲイルバードを?すごいじゃないですか!」
「そのあと疲れちゃって、動けなくなったけどね」
「初めての実戦だったんですよね?」
「うん」
「それなら十分すごいと思いますよ」
「そうかな」
「ええ。私なら魔物が出た時点で全力で逃げます」
「商人だもんね」
「命あっての商売ですから」
ダレスが笑う。
◇
朝にルーデンを出た馬車は、途中で何度か休憩を挟みながら北東へ進んだ。
午後になる頃には、行き交う人や馬車の数も少しずつ増えていく。
荷台いっぱいに布を積んだ馬車。
木箱を山積みにした商人。
家畜を連れて歩く人々。
「なんか、人増えてきたね」
「ラゼルが近いからですよ」
ダレスが答える。
「エルネアでも、かなり物と人が集まる町ですから」
「そんなに?」
「着けば分かりますよ」
どこか楽しそうに言う。
そして夕方。
街道の先に、大きな町が見えてきた。
「……でか」
レイルは思わず声を漏らす。
ルーデンより明らかに大きい。
町へ続く街道には何台もの馬車が並び、門の周辺だけでも大勢の人が行き交っている。
馬車が門をくぐる。
その先には、レイルがこれまで見たことのない賑わいが広がっていた。
道の両側に並ぶ店。
大きな看板。
積み上げられた商品。
声を張り上げる商人。
絶えず行き交う人々。
「すご……」
ルーデンでも人が多いと思っていた。
だが、ここはそれどころではない。
ダレスが笑う。
「ようこそ、ラゼルへ」
レイルは馬車から降りながら、もう一度町を見渡した。
人。
物。
そして、そこに集まる無数の噂。
「ここなら、色んな話が聞けそうだな」
新しい町で何が待っているのか。
少しだけ胸が高鳴った。




