リシアの力
「今日はこの辺りで野営だな」
「ここで?」
「もうじき日も落ちるし、その身体では歩いて帰れないだろう」
「……確かに。ちょっと厳しいかも」
レイルは自分の脚を見ながら言った。
「だが森の中は避ける。少し街道側へ戻って、安全な場所を探すぞ」
「分かった」
ガルムは倒れたゲイルバードを見る。
「先に行って準備していろ。俺はこいつの処理をしていく」
「処理?」
「素材になる部分を持って帰るために捌く」
「売れるんだっけ」
「ああ。ゲイルバードは売れる部位が多いぞ」
「ならよかった。じゃあ、処理はよろしく」
「じゃあ私たちは、先に食事の用意をしておきますね」
「ああ、頼む」
そう言ってガルムがゲイルバードのもとへ向かおうとした時だった。
「ガルム」
リシアが呼び止める。
「どうした」
「レイルの治療をしてもいいですか」
リシアはレイルの方を見る。
ガルムは少し考えた後、周囲へ視線を向けた。
「……警戒は怠るな」
「はい。ありがとうございます」
そうして、レイルとリシアは先に森を出た。
◇
森から少し離れたところに、街道からも外れた開けた場所があった。
周囲に人の気配もない。
二人は、そこで野営の準備をすることにした。
「じゃあ、野営の準備しようか」
「レイル。その前に治療をしましょう」
「大丈夫だって。血ももうそんなに出てないし」
「そういう問題ではありません」
珍しく強い口調だった。
リシアがレイルの前に膝をつく。
傷のある腕へ手を伸ばした。
「少しじっとしていてくださいね」
リシアが小さく息を吸う。
その手のひらから、淡い光が漏れた。
「……え?」
柔らかな光がレイルの腕を包み込む。
温かい。
痛みが少しずつ薄れていく。
そして、裂けていた皮膚がゆっくりと閉じていった。
「傷が……」
やがて光が消える。
完全に傷が消えていた。
「…………」
レイルは自分の腕を見る。
それから、リシアを見る。
「……今の何?」
リシアは少し困ったように笑った。
「私も魔素操者なんです」
「…………」
しばらく頭が止まった。
「え?」
もう一度、自分の腕を見る。
そして、リシアを見る。
「リシアも!?」
「はい」
「ガルムだけじゃなかったの!?」
リシアが申し訳なさそうに笑う。
「黙っていて、すみません」
「でも、なんで昨日ガルムと一緒に教えてくれなかったの?」
「ガルムに止められていたんです」
「ガルムに?」
「はい」
リシアは治ったレイルの腕を見る。
「私が傷を治せると知ったら、レイルが魔物との戦いで無意識に油断するかもしれないから、と」
「…………」
言われて、レイルは今日の戦いを思い返す。
ゲイルバードの爪を避けきれず、何度も傷を負った。
もし最初から、あとで治してもらえると知っていたら。
少しくらいなら傷ついても大丈夫だと、どこかで考えていたかもしれない。
「……否定できないな」
「でしょう?」
「なんでちょっと嬉しそうなの」
「あはは」
リシアが小さく笑う。
「それだけではありません」
「まだあるの?」
「はい」
リシアは自分の手のひらを見る。
「私の力は、四大元素のどれにも当てはまらない、『聖』という属性なのです」
「聖?」
「はい」
「どんな属性なの?」
「私にも、傷を癒す力だということくらいしか分かっていません。『聖』という名前も、古い文献に残されていたものです」
「そんなに珍しいの?」
「古い記録によれば、数代に一人程度だそうです」
「そんなに!?」
思わず声が大きくなる。
リシアが慌てて口元に指を立てた。
「レイル」
「あ、ごめん」
レイルも慌てて声を落とす。
リシアは周囲を確認してから続けた。
「ですから、この力についても、できるだけ知られない方がいいのです」
「……珍しいから?」
「それもあります」
リシアが頷く。
「私は王女ですから。ただでさえ身分を知られれば、利用しようとする人もいます」
「うん」
「それに加えて、珍しい力まで持っていると知られれば……」
「もっと面倒なことになるね……」
「はい」
レイルは少し黙った。
王女という身分。
そして、数代に一人とも言われる珍しい力。
どちらか一つでも厄介そうなのに、リシアはその両方を持っている。
「じゃあ、これも他の人には言わない方がいいんだね」
「お願いします」
レイルはすぐに頷いた。
「分かった。リシアが王女だってことも、この力のことも、勝手に誰かに話したりしない」
「ありがとうございます」
リシアが少し安心したように笑う。
「まあ、隠し事には慣れてるし」
「確かにそうですね」
今度は二人で笑った。
「でも」
レイルは、もう一度治った腕を見る。
「そんなに秘密にしないといけないのに、俺には見せてよかったの?」
リシアは少しだけ目を細めた。
「もう、一緒に旅をする仲間ですから」
「…………」
予想していなかった言葉に、レイルは少し照れくさくなった。
「そっか」
「それに」
リシアが続ける。
「目の前で怪我をしているのに、治せるのに何もしないのは嫌でした」
「リシアらしいな」
「そうでしょうか?」
「なんとなく」
リシアがくすりと笑う。
「今の私では、小さな傷を治す程度ですけどね」
「十分すごいじゃん」
リシアは少し真剣な表情になる。
「深い傷や、失った手足まで元通りにできるわけではありません。ですから……」
リシアがレイルを見る。
「この力を知ったからといって、無茶はしないでくださいね」
「……はい」
妙な迫力があった。
「では、他の傷も見せてください」
「え?」
「腕以外もあるでしょう?」
「さっきのところだけで大丈夫だよ?」
「駄目です」
「はい……」
結局、腕だけでなく頬や脚の傷まで治されることになった。
最後の傷を治し終える頃には、リシアの額に薄く汗が浮かんでいた。
「リシア、大丈夫?」
「これくらいなら平気です」
そう言うものの、少し疲れているように見える。
やっぱり、便利なだけの力ではないらしい。
◇
治療が終わった頃、ガルムが戻ってきた。
手にはゲイルバードから取った素材を持っている。
「終わったぞ」
「何取れたの?」
「爪と嘴、羽だ。それと、食べられる部分の肉も持ってきた」
ガルムは素材を荷物のそばへ置く。
「素材は全部売れば、10万ルク近くにはなるだろう」
「10万!?」
思わず身を乗り出す。
「そんなにするの!?」
「市民が簡単に倒せるような魔物じゃないからな」
「じゃあ、魔物いっぱい倒したら結構稼げる?」
「ああ。だが、あまり調子に乗ると痛い目を見るぞ」
「分かってるよ」
ガルムはゲイルバードの肉を持ち上げる。
「じゃあ、早速これを食べるか」
「待ってました!」
「お腹すきましたもんね」
◇
三人は焚き火を囲んでいた。
ゲイルバードの肉は、想像以上に美味かった。
ほどよい歯ごたえ。あふれる肉汁。
ぜひまた食べたい。
レイルはぐーっと身体を伸ばす。
傷はほとんど痛まない。
けれど。
「……やっぱり身体重い」
脚に力が入りにくい。
全身がだるい。
「傷は治ったのに」
「私の力が癒すのは傷だけですから」
ガルムが焚き火へ薪を放り込む。
「魔素を扱うために消耗した力まで戻るわけではない」
レイルは自分の手を見て、風を起こそうとする。
ほんの少しだけ空気が動いた。
「……まだ全然だ」
「今日はもう使うな。休めばまた使えるようになる」
「分かった」
初めて知った自分の限界。
力があるからといって、いくらでも使えるわけではない。
「こんな感じで旅を続けていくんだね?」
「はい。魔素操者らしい噂があれば、これからも確認しに行くつもりです」
「今回みたいに魔物だったら?」
「その時は、可能であれば討伐します。理由は三つあります」
リシアは指を一本立てる。
「まず、本当に魔素操者が関係していないか確認するためです」
二本目。
「それから、周辺に暮らす人や街道を通る人たちの安全のため」
そして、三本目。
「素材を売れば、旅のお金になります」
「最後だけ急に現実的だな」
「大事なことですよ。旅にはお金が必要ですから」
リシアが微笑む。
「今回は魔素操者は関係ありませんでしたが、あのゲイルバードがいなくなったことで、あの街道を通る人たちは少し安全になりました」
「…………」
「私たちもお金を稼げましたし」
レイルは少し考える。
自分が倒したわけではない。
最後に倒したのはガルムだ。
それでも。
「俺、役に立てた?」
リシアは一瞬だけ目を丸くする。
それから笑った。
「はい、もちろんです」
「最後はガルムだったけど」
「それでもです」
悪い気はしない。
少しくらいは、誰かの役に立ったらしい。
レイルは焚き火を見る。
「……やっぱり」
「何ですか?」
レイルは少し笑った。
「村を出てよかったかも」
リシアは少し驚いたようにレイルを見る。
そして。
「はい」
静かに笑った。




