四大元素
翌朝。
レイルたちはルーデンを出て、北へ続く街道を歩いていた。
町の姿がだんだん小さくなり、人の姿もまばらになっていく。
しばらく歩いたところで、レイルは昨日から気になっていたことを口にした。
「そういえば、武器買わなくてよかったの?」
「必要ない」
「なんで?」
当然のように返され、レイルは足を止めた。
「俺、素手で魔物と戦うの?」
「少し待て」
ガルムは周囲に人がいないことを確認する。
そして、地面へ片手を向けた。
「何するの?」
ガルムの足元の土が盛り上がった。
「え?」
土が集まる。
固まり。
細長く形を変えていく。
やがて、ガルムの手の中に一本の剣が出来上がった。
「……何それ」
「剣だ」
「それは分かるよ!」
差し出された剣を受け取る。
ずしりと重い。
土でできているはずなのに、想像していたよりずっと硬い。
「……なんでこんなことできるの?」
「俺は地の魔素操者だからな」
「……」
レイルはガルムを見る。
それからリシアを見る。
リシアは、特に驚いた様子もない。
「ガルムも魔素操者なの!?」
「そうだ」
「なんで隠してたの!?」
「聞かれなかった」
「それで済ませるのずるくない!?」
「私は知っていましたよ」
「でしょうね!」
レイルは改めて土の剣を見る。
「地って、こんなこともできるんだ」
「地を扱う者なら、修練次第でこの程度はできる」
「へえ……」
「もっとも、長く使えるものではない」
「そうなの?」
「土を固めて形にしただけだからな。普通の武器ほど保たん」
「じゃあ使い捨て?」
「そんなところだ」
レイルは土製の剣をもう一度眺める。
「同じ地でも、みんなこういう使い方するの?」
「いや」
ガルムは首を振った。
「同じ属性でも、全員が同じ扱い方をするわけではない」
歩きながら、ガルムが続ける。
「風の魔素操者もだ。風を起こすこと自体はできても、どう使うかは本人次第だ」
「例えば?」
「お前のように自分の身体を加速させる者もいれば、遠くから風をぶつけることを得意とする者もいる」
「へえ……」
今まで、自分の風の使い方が普通なのかどうかなんて考えたこともなかった。
◇
町を離れてしばらく。
レイルは土の剣を持ったまま歩いていた。
「そういえばさ」
「何だ」
「魔素操者って、みんな俺とかガルムみたいな力なの?」
「大きく分ければな」
ガルムが頷く。
「魔素操者の属性は、基本的に4つに分けられる」
ガルムは指を立てる。
「四大元素と呼ばれる、地、水、火、風だ」
レイルは指を折る。
「地、水、火、風……」
覚えるのは簡単そうだ。
「じゃあ、みんなその4つのどれかなんだ」
「基本的にはな。ただ、四大元素に属していても別の形で発現する場合がある」
「別の形?」
「ああ」
ガルムが答える。
「例えば、水の属性の中でも氷を扱う者や、風の属性の中でも雷を扱う者もいる」
「へえ……」
前言撤回。
想像していたより簡単じゃないらしい。
「元の属性が同じでも、魔素の発現の仕方には幅があるということだ」
レイルは土の剣を見る。
地。
水。
火。
風。
そこからさらに別の形へ。
「……ややこしいな」
「まだあるぞ」
「まだ?」
「4つのどこにも当てはまらない力も確認されている」
「例えば?」
「例えば、『光』と呼ばれる力が過去に確認された記録があります」
今度はリシアが答える。
「光……」
「ただ、例があまりにも少なく、詳しいことはほとんど分かっていません」
「へえ……」
レイルは隣を歩くリシアを見る。
「リシアって、こういうこと詳しいよね」
「一応、魔素操者を探すためにも学びましたから」
「なるほどね」
「…………ん?魔素?」
レイルは少し考えてから口にした。
「そういえば、村で会った兵士もサラッと言ってたけど、そもそも魔素って何なの?」
「さまざまなものに宿っている自然の力の源。だな」
ガルムが答える。
「なるほど?」
レイルが適当な相槌をするとリシアが補足してくれた。
「目には見えませんが、あらゆる物質の中に『魔素』とよばれるものが含まれているんです」
「じゃあ、今ここにも?」
「はい。空気の中にも、土の中にも、水の中にもあります」
「なるほど……」
レイルは何となく周囲を見回した。
「その魔素にもそれぞれ属性があり、その魔素を活用して使用する道具の総称を魔導具と呼んでいます」
「なるほど」
「そして、魔素を取り込み直接操る力を持つ人を魔素操者と呼んでいます」
「なるほど!」
リシアはレイルの反応に笑いながら続ける。
「ふふっ。なので普通の人は魔素を直接扱うことはできません」
「なんで俺たちだけ?」
「それが分かっていません。魔素や魔素操者については、まだ分かっていないことが多くて……」
「そんなもんなのか」
レイルの疑問は終わらない。
「生まれた時から魔素操者の人もいるの?」
「はい。ただ、後天的に発現する者の方が多いと言われています」
「へぇー」
「子供の頃に使えるようになる者もいれば、大人になってから突然発現する者もいるそうです」
「じゃあ、何かきっかけがあるの?」
「それも分かっていません」
ガルムが口を開く。
「強い感情や、大きな出来事をきっかけに発現した例の報告もある」
「そうなの?でも、俺は特にきっかけなかったと思うけど」
「ああ。特に何もない日常の中で、ある日突然使えるようになった者もいるらしい」
「本当に人それぞれなんだ」
「ああ」
レイル自身、いつから風を使えるようになったのかはっきり覚えていない。
10歳を過ぎた頃には、気づけば使えるようになっていた。
「じゃあ、魔素操者かどうかって見ただけじゃわからないのか」
「ああ。見ただけでは分からん」
「昨日会った人が、今日から魔素操者になってる可能性もありますからね」
「じゃあ、ガルムが魔素操者だって気づかなかったのも、俺が鈍いわけじゃないんだね」
「……どうだろうな」
「どういう意味だよ!?」
リシアがまた笑った。
◇
さらに北へ進みながら、レイルは昨日聞いた噂を思い出した。
「じゃあ、魔物は?」
「何がだ?」
「昨日の風の噂」
レイルは土の剣を肩に乗せる。
「魔物かもしれないって言ってただろ? 魔物も魔素操者なの?」
「違う」
今度はすぐに答えが返ってきた。
「リシアが言っただろう?魔素操者とは、魔素を直接操る力を持つ『人』の総称だ」
ガルムは続ける。
「魔物は魔素の影響を強く受けた生き物だ。中には火や水、風のような力を使うものもいる」
「俺たちと同じじゃないの?」
「似た仕組みではないかという説もあるが、詳しいことは分かっていない」
「ふーん。本当に分からないこと多いんだな」
ふと、レイルは両親を思い出した。
両親も、こういう魔素のことを研究しているのだろうか。
もし自分が魔素操者だと知ったら。
二人揃って目を輝かせる姿が簡単に想像できる。
「絶対面倒くさいな……」
「何がです?」
「いや、こっちの話」
◇
その日の午後遅く。
街道の脇に、大きな森が見えてきた。
「森ってあれかな?」
「話に聞いた場所なら、あの辺りだろう」
ガルムが周囲を見回す。
レイルも辺りを見る。
街道。
森。
揺れる木々。
今のところ、変わったものはない。
「少し森に入るぞ。警戒を怠るな」
「分かった」
三人は街道を外れ、森へ入った。
しばらく進んだところで、レイルは足を止める。
「……ん?」
「どうした?」
「なんか、風が変な感じする」
普段から風を使っているからだろうか。
上手く説明できない。
ただ、いつもの風とは何かが違う。
「ガルム、これ――」
そう言いかけた瞬間。
ごうっ。
突然、強い風が森を吹き抜けた。
「うわっ!」
木々が大きく揺れる。
レイルは腕で顔を庇った。
ガルムが即座にリシアの前へ出る。
「来るぞ」
「え?」
レイルも空を見上げる。
大きな影が、木々の上を横切った。
翼。
鋭い爪。
羽ばたくたびに、周囲の木々が激しく揺れる。
「……鳥?」
「ただの鳥ではないな」
影が大きく旋回する。
そして、その目がこちらを向いた。
レイルは手にしていた土の剣を握り直す。
昨日まで追いかけていた、謎の風の噂。
残念ながら、その正体は人間ではなかったらしい。




