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風のうわさ


「ここにするぞ」



ガルムが足を止めた。


目の前には三階建ての大きな建物。

入口の上には、ベッドの絵が描かれた看板がぶら下がっている。



「でかい宿だなー」

「普通ですよ」



リシアが笑いながら教えてくれた。


ハルネ村には宿屋なんてなかった。

たまに旅人が来れば、村の誰かの家に泊める。それで十分だったからだ。


レイルは少し緊張しながら二人について中へ入った。

一階は食堂になっていた。

今の時間は営業していないのか、ガランとしている。



「いらっしゃい」



奥から恰幅のいい女性が出てきた。



「三人だ。部屋は空いているか?」

「空いてるよ。三人一部屋でいいかい?」


「ああ」



ガルムが答えた。


レイルは思わず横を見る。



「一部屋?」

「そうだ」


「三人で?」

「ああ」


「…………」



レイルはリシアを見る。



「何ですか?」

「いや……いいの?」


「何がです?」

「だって、リシアって……」




王女だろ。




そう言いかけて、慌てて飲み込んだ。


ここでは身分を隠すと決めたばかりだ。

リシアはレイルの言いたい意味を理解したらしい。



「ああ。構いませんよ」

「いいんだ」


「これまでも一緒に野宿していたでしょう?」

「それはそうだけど」



言われてみればその通りだ。


ガルムが宿の女性に代金を払い、鍵を受け取ったあと、小さな声で言った。



「一人にする方が危険だ」

「ああ」



それなら納得できる。


王女だということを忘れそうになるが、リシアはリシアで色々と大変らしい。



「二階の奥だよ」

「助かる」



三人は荷物を持って階段へ向かった。




◇




荷物を部屋に置き、一階へ戻る。



「飯!」

「聞き込みもだぞ」



「飯食いながらでいいじゃん」

「……まあ、そうだな」



珍しく勝った。


三人は近くの店に入り、席へ座った。


メニューを頼み、しばらくして、パンと肉の煮込みが運ばれてくる。

レイルは一口食べる。



「うまっ」



ガルムも煮込みを口へ運んだ。



「悪くない」

「ガルムの料理と、どっちが美味い?」


「俺だな」



即答だった。



「自信あるな」

「料理は負けん」


「何と戦ってるんだよ」



リシアが笑いながらパンをちぎって食べている。



「それで、どうやって探すの?」



レイルは煮込みを食べながら尋ねた。



「この店の店主や宿の主人、あとは商人などから話を聞く」



ガルムが答える。



「こういう場所には色々なところから人や噂が集まりますからね」

「なるほど。じゃあ俺、聞いてくる」



立ち上がろうとしたレイルをガルムが制止した。



「待て」

「何?」


「あまり直接的に聞きすぎるなよ」

「じゃあ、どう聞くの?」


「噂だけを聞けばいいのです」



リシアが答えた。



「最近、北の方で変わったことがなかったか。それだけで十分です」

「風のことは?」


「こちらから詳しく言いすぎない方がいい」



ガルムが言った。



「聞いた本人や身近な者が魔素操者(エレメンタ)だった場合、素性を隠すために正確な情報を隠される可能性がある」

「レイルやマーサさんもそうしてませんでしたか?」


「そうだね……」

「なのでちょっとした噂話でもいいんです」


「それにせっかくの料理が冷めるぞ。食べ終わってからでいいだろう」



ガルムが珍しく静かに笑って言った。



「それはたしかに!!」



リシアも楽しそうに笑っている。




◇




食事を終えたあと、三人は店の主人から話を聞いた。



「北の方で変わったこと?」



主人は腕を組んだ。



「そうだねえ……ああ。最近、荷馬車の荷物が吹き飛ばされたって話なら聞いたな」



レイルが反応する。



「本当!?」


「北から来た商人が言ってたね」

「場所は分かりますか?」



リシアが尋ねる。



「ここから北へ一日くらい行った、街道沿いの森の近くだよ」



それほど遠くない。



「他には?」

「そうだねえ。魔物みたいな鳴き声を聞いたって話もある」


「魔物?」



レイルは思わず聞き返した。



「さっきの話も魔物のしわざかねぇ。最近は北へ行く商人も嫌がってるんだよ」

「どんな魔物ですか?」


「そこまでは知らないね。遠くから大きな影を見たとか、羽音を聞いたとか、その程度さ」

「そうか、感謝する」



ガルムは少し考えてから主人に礼を言った。




◇




「どう思う?」



宿を出てから、レイルが尋ねる。



「十中八九、魔物のせいだろうな」

「そっか」



期待していた分、少し残念だった。


自分以外の風の魔素操者。

もしかしたら会えるかもしれないと思っていたのに。



「まだ決まったわけではありませんよ」

「魔物を隠れ蓑にした魔素操者(エレメンタ)の可能性もありますから」



リシアが言った。



「それに魔物でもいいのです」

「そうなの?」


「近隣住民は困っているでしょうし、素材は売れますから」

「素材って売れるの?」


「魔物の種類や部位によりますが」

「なるほど」


「今日は必要な物を揃える」



ガルムが言った。


レイルは顔を上げた。



「じゃあ、明日その森に行くんだ?」

「ああ」


「魔物がいるかもしれないんだよな?」

「ああ」



今まで狩りは何度もした。

猪にも会った。

だが、魔物を相手にしたことは一度もない。



「レイル」

「何?」



ガルムはレイルを見て、当たり前のように答えた。



「もし魔物が出たらお前が戦え」

「俺!?」


「いい訓練になる」

「いや、そうだけど!」


「ちょうどいい」

「怖いよ!」



隣でリシアが笑っている。



「大丈夫ですよ。危なくなったらきっとガルムが助けてくれます」



レイルはガルムを見る。



「ちゃんと助けてよ?」

「ギリギリまでは自分で何とかするんだぞ」


「もう少し早めに助けて!」



リシアが楽しそうに笑う。

レイルは小さく息を吐いた。



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